新しい依頼
軽急便がやってきた。道路に横付けし、運転手が畳一畳分くらいのウレタン2枚を下に敷き、大まかに木枠で囲った老人の絵をそっと乗せる。あとは「ガッチャ」と呼ばれる小型のチェーン荷締め機でガッチリ固定する。
「絵画ですから慎重に運んでくださいね」
と心配げに言うと、
「任せてください」
と頼もしい返事。いつもこの横手さんというドライバーを指名している。軽急便本社に問い合わせ、美術品の扱いになれた人を紹介してもらったのだ。
車が去っていった。額縁などに入れ込むのは肖像美術協会の仕事だ。こっちは描くだけ。あとは違う仕事だ。その道のプロがいるのであろう。任せるだけだ。
(評判が良ければいいが)
手塩にかけて描いたものだ。愛着もある。まあ、今回は絶対の自信作だ。間違いないだろう。
夕方、スマホがコールしている。肖像美術協会の人だ。開口一番喜びを爆発させる。
「素晴らしい!素晴らしかったですよ。新垣先生!感動いたしました。きっとあちら様もお喜びになるでしょう。つきましては次のご依頼なんですが」
( 転身早いな!)
メールが送られてくる。添付画像を開くと、まだ十歳くらいの女の子の写真が。
「小児がんにて亡くなった子だそうです。お名前は酒井さん。小さな写真だけじゃなく大きな絵画にも残したいそうなんです。ご両親からの依頼文送りますね」
「拝啓、新垣先生。ぶしつけながらこのような
新しいメールがきていた。確かに横顔ばかりだ。
「それらの写真から娘の顔を復元してはもらえないでしょうか。写真では薬の副作用で髪の毛が抜け落ちニット帽をかぶっていますが、そこも自然な髪の毛が生えた状態で。難しい依頼だということは重々承知しております。新垣先生にしか頼めないことと思っております。なにとぞ宜しくお願い申し上げます」
雪太は、天をあおいだ。これはなんだろう、何かの試練か?
「先生、届きましたか?先生、先生?」
「聞こえてます。ちょっと即答しかねますね。1日考える時間を下さい。明日の10時頃にまた正式にお返事いたしますんで」
「分かりました。いいご返事お待ちしております」
えらいことになった。数枚の横顔の写真から、正面の顔を推測してくれだなんて。
これまでで最も難しい仕事になるだろう。こういう仕事を得意にしている画家さんはいないのだろうか。協会に聞いてみると「思い当たりません」の一言。逆に
「新垣先生ならばこそと思い、こちらも推薦したのです」
と、ハードルを上げてくる。
「もし、おれがだよ」
「うんうん」
と静江。
四人でちゃぶ台に座って晩飯を食べている。
「その依頼を受けて、80%でも娘さんの顔を復元できたら喜んでくれるやんね」
「うんうん」
「逆に60%じゃがっかりされるかな?」
「う~ん、がっかりかなあ、それにしても厄介な依頼だね」
「まあねえ。おれもこんなのは初めてだからさー、なんていうのかな。重いの。ご両親が必死に娘さんの思い出を記憶につなぎ止めようとしているのも痛いほど分かるしさー」
ふう、と息をはき、また飯をかっ食らう。
「先生、先生と持ち上げられても、しょせんこの程度でびびる、小さな人間ですよ私は」
「でも、前に進まないわけには……」
「いかない!」
静江が湯飲みを出してくる。いつもの紅茶かと思いきや……
「ごく。あれ?、緑茶じゃん」
「これから、秋なんで。仕込んでおきやした」
「まあ、どっちも好きだからいいけど。って、おきやしたってなんだよ。岡っ引きか」
静江の下らないボケをいちいち拾う雪太。夫婦の約束事。雪太の闇が晴れていく。
しばらくして雪太が吠える。
「おれは80%に賭ける!っていうかもう逃げるって選択肢、ないよね」
「さすが
なんかスゲーやる気が出てきたんですけど。
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