第20話 再始動

 薄れいく意識の中、僕は夢を見ていた。

 黒い地面に照り返す日光と、コンクリートで出来たビル。

 いつも使ってた通学路。

 

 ああ。これは、前世の夢だ。


「――君は、運命って信じる?」


 黒い髪の女の子の声が聞こえる。


「運命で結ばれた男女は、来世でも結ばれるんだって。ロマンチックだよね」


 楽しそうに回る彼女を僕は見ている。

 誰だったか思い出せないけど、とても大切な人な気がした。


「――君。もしも生まれ変わっても、必ず私に会いに来てね」


 そう、そうだ。

 君は可愛い顔して、いつも理不尽な事ばかり言う。

 名前は……確か……。


「……ノノ?」


* * * *


 僕は目を覚ます。

 胸を貫く、長い爪、目の前で笑う悪魔。

 鼓動を再開する心臓、曇りなく映る視界。


「うおおおおおお」


 僕は突き刺さった爪を握り潰す。


「な、なんだ?」


 立ち上がり、突き刺さった爪を抜く。


「な、何故生きている!? た、確かに心臓を貫いたはずだ!」


 なぜかって?

 僕にも分からない。

 ただ、死ねなかったってことだけは確かのようだ。


「まあ、いい。今度は心臓を潰してやるよ!」


 男が走り出したのが目に映る。

 しかし、非常に遅い。

 右手の拳を強く握り、向かってくる男の顔面へと構える。


「ぐおおおお」


 叫び声と共に男の顔はつぶれ、その場に仰向けに倒れた。

 続けて、胴体へ拳を振り下ろす。


「ああああがああああああああああああ」


 断末魔が響き、男の体は地面へとめり込む。

 

「これはリナリーの分だ……そして次は……」


 もう一度、胴体を力いっぱい殴る。


「これは兄さんの分だ」


 もう一度。


「これはリドリーの」


 もう一度。


「これはエステルの」


 もう一度。


「これはミーアの」


 もう一度。

 すでに庭にはクレーターのような大穴が開いていたが僕は力を緩める気は一切なく、また拳を振り上げる。


「そしてこれは……死んだ父の分だ!」


 渾身の力を込めて、拳を振り下ろす。

 その一撃は、周囲の大地を砕き、辺りを囲んでいた炎を消し飛ばした。


「立てよ、負けないんだろ人間ごときに」


 目の前でぐちゃぐちゃに潰れた男に皮肉たっぷりで言い放つ。

 もちろん、返事など期待していない。


「……消えろ」


 まるで分かっているかのように僕は男の胸に腕を突き刺した。

 その奥にある、石に触れ、それを男の体から抜き取る。


「や、やめろ……か、返せ! いやだ、いやだ……消えたくない……消えたくなああああい」


 僕がその石を握りつぶすと、男の体は霧のように消えた。

 炎も消え、男も消えた、全てが終わったはずなのに、やってくるのは安堵より不安。

 自分自身に起こった不可解な現象の不安だ。

 

 僕は確かめるように胸を触る。

 服は引き裂けているが、体には傷一つない。

 それどころか、火傷した右手も、深くえぐられた右腕も綺麗に直っている。


 その時、僕は一つの可能性に気付く。

 気付きたくなかった可能性……何の因果か今、自分が男にそうしたように……。


 胸の首飾りを恐る恐る取り出す。

 そこにあったはずの黒い石は、綺麗になくなっていた。


 可能性が、確信に変わる。

 僕は……。


「いや、僕の事よりも……」


 不安を消し去るように首を横に振り、僕は傷ついた人を助け出そうと動き出した瞬間――。


「ホウ?」


 振り下ろされた炎の軌跡を残す、ソードを左腕で受け止める。


「気ニ入ッタゾ、上級悪魔グレートデーモンヲ人間ノ身デアリナガラ倒ス、ソノ強サ」


 かなり強く掴んでいたはずの剣先をシヴァは力ずくで外すと、僕から距離を取る。


「イヤ、モウソノ身ハ、人間トハ言エナイカモシレナイガナ」

「どういうことだ?」

「言葉ノママノ意味ダ」

「僕が人間じゃない……まあ、そうだろうな」


 奴の言うとおり、僕の異常は人間でなくなったからの物であることは間違いなかった。


「なあ、お前と戦って勝ったら、僕の質問に答えてくれないか?」

「ソレハ出来ヌ相談ダナ」

「何故だ? お前は強いものと戦いのだろうが」

「何故ダト? オ前ハ自分ガ強イト勘違イシテイルヨウダナ」

「なに?」

「ダガ、コレカラ更ニ強クナレ。ソノ時ハ、我ガオ前ノ望ミヲ叶エヨウ」


 それだけ言い残すと、シヴァは目にも止まらぬ速さで消えた。

 僕が警戒する中、僕の目にも止まらぬ速さでその姿を消したのだ。


「どうやら、はったりじゃないみたいだな……」


 いずれ会い見える時のことを思い、全身が震えた。


「急ごう……」


* * * *


 僕は屋敷に残っていた馬車の荷車部分に、全員を乗せてセントリアの王都へと走った。

  

 思ったより早くつき、夜が明ける頃には王都に着く事が出来た。

 自分でも思うが、冗談抜きで人間をやめてしまったようだ。


 衛兵に事情を話し、すぐに医療教団の本拠地がある『アスレ地区』へと案内してくれた。

 その間、僕が荷馬車を引いている事に突っ込まなかった、この人はすごいと思う。


 僕は医療教団の責任者と名乗る『チャールズ』大司祭に大事な部分は伏せて事情を説明し、みんなの治療をお願いした。

 その間に僕は、残っているはずの母を捜すために、魔術学校へと足を運ぶ。


「常識的に考えてくれよ! こんな時間に開いてる訳ないだろ!」


 と学校の前に居た衛兵に怒鳴られてしまった。

 確かにそれもそうだ……完全に時間の感覚が狂ってしまっている。

 そういえば、殆ど寝ていないのにも関わらず、眠くない……。


「さて、今出来ることはなんだ……」


 黒い石、黒いフード、ジャッカル公爵……ジャッカル公爵か。


「探してみるか」


* * * *


 セントリアの王都は、中央にそびえたつ王宮を中心として、地区ごとに身分で分けられる造りをしている。

 中央の王宮を一周囲うように壁が立ち、その外を公爵、また壁を挟み侯爵、また壁を挟みと繰り返し、最後が平民街となっている。

 魔術学校や、医療教団があるのは商業街と呼ばれる平民街と男爵街の間にある地区であり、ここから公爵街まで向かうには4つの壁を越えなければならない。

 しかも、各壁を通るには通行証が必要となるのだが……。


「まあ、上は開いてるからな……」


 壁を登り、空から内側を目指す。

 これなら通行証の必要などない。


「さて、ここか」


 誰もいないことを確認して、地面に降りる。

 早朝で人通りがないのは幸いだったが、不審な動きをすればすぐに衛兵に見つかってしまうだろう。

 しかも、どこもかしこもでかい庭が付いてるものだから視線は通りやすい。

 

「気をつけよ……さて、一番でかい家か、中心部に近い家を見て回ろう」


 まあ、裏で怪しい事をする奴だ、恐らく相当な金持ちか、王家に近しい人間であることは間違いない。

 後ろ盾がなければ人間は思い切って悪事の出来ない、臆病なものだからな。


* * * *


 想像通り、王宮の壁のすぐ近くに、この地区でも一番でかい屋敷を発見した。

 見た目に変わった所は感じない、どちらかといえば古い格式ある、由緒ある家柄の屋敷だ。


「……まあ、見た目で分からないなら入るしかないな」


 僕は躊躇うことなく敷地に侵入し、屋敷の裏手まで回る。

 

「まあ、開いてないよな……」

 

 流石にことを焦りすぎている気もしなくもないが、僕としてはなんでもいいから早く情報が欲しかった。


「一度、戻るか……」


 諦めて戻ろうとしたとき、どこかから声がする。

 耳を澄まし、声を聞く。


「……例の連中が運び込まれてきたらしい」

「なんだって? 隣国に向かうって話じゃなかったのか?」

「それが、何者かの襲撃にあったらしい。まあ、好都合じゃないか。今のうちに石を狙える」

「そうだな、我らが手中に戻ってきてくれたのは好都合だ。次こそベルカ様のために……」


 窓越しに部屋の会話が聞こえてきたらしい。

 どうやら、この屋敷が怪しいのは当たったらしいので、とりあえずは良しとしよう。

 それにすぐに戻らないと、なにやら危ない雰囲気を感じる。

 

 僕は屋敷を飛び出し、すぐに医療教団のある。アスレ地区へと戻った。 

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少年は知り、そして成長する。 ハクビシン @ganndamu

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