第19話 襲撃者(後篇)
屋敷に戻ると、そこら中で凄惨さを感じる事が出来た。
「ひ、酷すぎる……」
どの死体も眠るように死んでいた。
それはつまり、不意打ちで殺されたということだ。
「くそ……どうしてこんな事に……」
いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。
とにかく武器を探そう……確か、父の書斎にいくつか武器が置いてあった筈だ。
僕は父の書斎へと急ぐ。
「リ、リナリー……」
廊下の壁を背もたれにして、リナリーが座っていた。
僕が駆け寄ると、彼女は目を開け、僕を見る。
「ア、アッシュ……ぼ、坊ちゃま……いけません、お逃げください……」
「いや、事情はもう分かっている。すぐに助けるから傷を見せて」
「い、いえ……私は……もう……」
「駄目だ! 傷を見せろ」
嫌がるリナリーの体を調べる。
すると、背中に大きな裂けたような傷はあった。
「ひ、酷すぎる……」
急いで止血をする必要があるが、傷口が広すぎる。
とにかく、傷を塞がないと……。
「も、もう……大丈夫ですよ」
「大丈夫なわけあるか! 服裂くぞ」
リナリーの着ている服を引き裂き、肌を露出させる。
「うっ……」
肩から腰にかけての大きな切り傷。
深さはないが、傷が広すぎる。
「……ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれ」
火の陣。
「
魔術は基本、一度発動すれば陣が消える。
だけど、例外がある……術者の血液で書いた陣は消えない。
消えないということは、魔術を世界の理にねじ込む事が出来る。
「ごめん、リナリー……」
作り出した槍を、彼女の背中にあてがう。
「ああ、くっ……ああん……」
リナリーの悲鳴が廊下中に響く。
悲鳴と共に、皮膚の焼ける音も……。
「もう……少し。だから……」
何とか傷口を焼き、塞ぐことには成功した……。
だが、リナリーの体力はもう限界だ。
すぐにでも、安静にさせなければ……。
「よいしょっと……少しだけ我慢してて」
リナリーを背負い、屋敷の外を目指す。
もう、全てを失う覚悟はできた。
* * * *
屋敷の外へ出ると、庭ではボロボロの兄と、男が激しい剣の打ち合いを続けていた。
炎から遠い場所にリナリーを寝かせると、僕は彼女の懐から短刀を取り出す。
「リナリー、借りるよ」
僕は短刀を構え、兄の元へと合流する。
「兄さん、遅くなった」
「気にするな、丁度準備運動が終わった所だ」
兄と並んで対峙する男は、怒っているように見えた。
「き、貴様ら……魔王様の復活の邪魔をしてくれさって……もっともっと血が、血が必要なんだ……ああああああああああああああ」
男は叫びながら、向かってくる。
兄と左右に別れ、両側から男の攻撃に対応していく。
異様に長い腕は、リーチの錯覚を引き起こし、距離感が取りづらい。
「――っ……」
かわしたつもりが刃先が当たり、細かい傷が増えていく。
「ああああ、いいぞぉ……もっと、もっと血を……よこせえええ!」
異常な迫力で迫ってくる男に僕は気圧される。
「気をつけろ! アッシュ」
「はい、兄さん……」
兄が疲弊しているのが息遣いから伝わってくる。
これ以上に戦いはリナリーの生死にも関わってくる……。
僕がなんとかしなければ……。
「兄さん、僕が隙を作るから、あいつの足を狙って」
「だ、だが……どうするつもりだ?」
「まあ、任せてよ」
兄に耳打ちすると、僕はわざとらしく男の懐へと突っ込む。
男はヌルリと回避し、僕から距離を取り短刀を構えるが、僕は右腕を犠牲にして男の動きを止める。
「兄さん!」
「うおおおおおお」
兄の一撃が、男の左足を捉え、切断する。
「よっし……これで……」
僕は右腕から短刀を抜き取り、短刀を男へ向ける。
「アッシュ! 大丈夫か……お、おまえ腕が!?」
兄が駆け寄ってくると、僕の右腕を掴む。
「な、なんだこれ……」
僕の右腕は震えていた。
大量の出血で筋肉が痙攣を起こし、手は先ほどのリナリーの治療で指が癒着するほど火傷を負っていた。
それでも不思議と痛みを感じていない。
「大丈夫だよ、兄さん……それより、止めを」
震える右手から短刀を左手に移し、倒れた男を見る。
「ふ、ふふふ」
男が急に笑い出す。
「ふはははははは。非常に残念だ……あなた達を綺麗に残せなくて」
男の体が風船のように膨らんでいく。
どんどんと膨らみ、ついに背丈は2メートルを越えた。
手足も太くなり、切ったはずの左足も復活していく。
「ば、化け物……」
男の皮膚は硬質な黒いものへと変わり、口は大きく割れ、背中には大きな翼が表れる。
頭部からは2本の角が生え、目は赤く光っている……その風貌は、まさに悪魔そのものだ。
「兄さん、もしかしたら僕達は……」
「それ以上言うな、私達は一秒でも長く生き残る事だけを考えろ」
僕だって、出来ればそうしたい。
でも、時間をかければかけるほど、リナリーが生きる確立が下がっていくんだ。
「ああ、気分がいい……今ならお前達を一撃で殺せるな。さあ、命乞いをしてみせろ」
「……命乞いをしたら見逃してくれるのか?」
「ふ、ふふ……はははは。面白い事をいうな人間……今すぐやってみろ」
兄と視線を交わす。
「「……命をお助けください」」
同時に僕達は膝を折り、頭を地面につける勢いで下げた。
「ふははは、実に気分がいい! もっとだ、もっと情けなく泣いて見せろ人間!」
男が僕達に顔を近づけてくるのを確認し、僕と兄さんは同時に短刀を投げる。
狙いは男の赤く光るでかい目だ。
「ぐおおおおおおおおお!」
兄さんの短刀は深く刺さり、僕は外した。
それでも男は痛みで悶絶している。
「兄さん、ごめん」
「大丈夫だ。しかし、よく思いついたな」
「あいつの体がでかくなったのを見て、恐らく目も大きくなると予想して、先に手をうっただけだよ」
そう、どんなに強大な生物でも視界を奪ってしまえば、勝機はある。
まあ、僕が外してしまった訳なのだが……。
「次はどうする?」
「1つ、試したい事があります」
* * * *
「どこに行ったぁ! 殺してやるぞ、一捻りで殺してやる!」
男の潰れた右目側から近づき、皮膚の切断を試みる。
しかし、皮膚は石のように硬く、普通の刃では傷1つ付かない。
「そこかぁ!」
男は鋭く長い爪を振り回し、僕を狙うが、視界の有利を利用して攻撃を避ける。
「今だ!」
僕は攻撃を避けると同時に、声を上げる。
「うおおお!」
僕が仕掛けた風の陣を利用して、兄は高速で飛び出す。
勢いをつけた刃は、男の強靭な皮膚を引き裂く。
「ぐがああああ」
「水の
水の壁を作り出し、僕と兄の姿を隠す。
魔術自体の攻撃が通じなくても、いくらでも応用は利く。
このまま、ジリジリ削れば、必ず勝機はやってくる。
見出せた希望に、僕も兄も内心安堵し、次の攻撃の準備に入る。
しかし、希望は簡単に絶望へと変わった。
「消え去れ! 虫けらども!」
男が腕を天高く上げると、そこに大きな赤紫の玉が表れた。
「死ねええ!」
それを投げる。
「しまった……」
まったく想定もしていなかった攻撃に反応が遅れ、僕は動く事ができなかった。
「アッシュ!」
強い閃光と、衝撃で僕の体は数メートル、後方へ吹き飛ばされる。
見た目よりも痛くないなと、目を開けると、背中が真っ黒に焼き焦げた兄が僕の目の前で倒れていた。
「そ、そんな……嘘だろ! 兄さん!」
声をかけても返事がない。
慌てて、呼吸を確認すると、弱々しくだが呼吸をしていた。
気絶した兄を、ゆっくりと寝かせると、僕は男に視線を移す。
男はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「どうする……」
万策尽き、勝てる可能性はなくなった。
武器も魔術も効かない相手に僕は何が出来る……。
その時、懐に仕舞ったままになっていた。あの首飾りから、また魔力が溢れているのを感じた。
この心細い状況で、熱を発する首飾りが、まるで僕を鼓舞しているかのように感じて、思わず首に掛けて見る。
「……今僕は、沢山の命を背負っている」
策などもうない。
「だけど、負けられない……」
魔力操作――全集中。
「無駄だと分かっていても……活路を見出す!」
全身の魔力を活性化させ、僕はまず男の目を狙う。
高速で間合いを詰めて、一気に顔へと飛び込むが、男が勝ち誇ったように笑っているのを見て、一瞬体が強張る。
「残念でした」
僕の目の前に先ほどの赤紫の玉が姿を表す。
「死ね」
勢いのまま自分から玉に激突し、閃光と衝撃が僕の視界と体を蹂躙する。
何も見えぬまま、受身を取るが、勢いを抑えきれず、そのまま地面を転がり、止まる。
急いで目を開け、男の姿を探そうとするが、必要なかった。
「ぐっ……あがっ……」
男の爪が、僕の心臓を貫いた。
胸が異常に熱い。
徐々に呼吸が浅くなり、視界がどんどん狭くなる。
男が何かを言っているが、聞こえない。
僕の耳には、自分の弱っていく心臓の鼓動しか聞こえなかった。
ごめん……リナリー、兄さん、リドリー、エステル、ミーア……僕は勝てなかった……。
父さん。
仇を取れませんでした……。
心臓の音が消えた。
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