第18話 襲撃者(中篇)

「なんなんだよ!!」


 背負っていたミーアを降ろし、客間の窓に向かって陣を描く。


 水属性の陣。

 円と記号……荒れ狂う水と波……。


「荒れ狂うアクアウェーブ!」


 客間の窓を割りながら流れ出す水が炎と激突する。


「とりあえずこれで……」


 しかし、水流は炎に掻き消される。


「こいつは……ただの炎じゃない……?」


 その時、扉が爆発するような音が響いた。


「リ、リドリー!?」


 音のした方には、大よそ2メートル近い背丈をした、黒騎士が立っており。その手には、リドリーがボロボロで髪を掴まれていた。

 黒騎士は、僕達に気付くと、リドリーを放り投げる。

 僕は、それを何とか受け止めると、その場にリドリーを寝かせる。


「ア、アッシュ様……今すぐ、お、にげ、下さい……」

「喋るな、すぐに手当てしてやる。おい! ウィリアム」

「言われずとも仕事はしますよ」


 僕はリドリーをウィリアムに任せ、黒騎士と向き合う。


「お前! 何者だ、名を名乗れ」

「我カ? 我ハ魔王様ニ仕エシ、4王ノ1人、黒炎ノ王『シヴァ・カラマ』。強キ者ヲ求メル者」


 シヴァと名乗った黒騎士の声はまるで、地の底から響いてくるような不愉快な声だ。


「父を不意打ちで殺したくせに、何が強者を求めるものだ」

「ソレハ我デハナイ」


 そういうと、シヴァは何もない所から、長く幅の広いソードを取り出した。

 取り出されたソードは、長さが2メートル近くあり、刃の部分が赤黒い、まるで熱を帯びているかのようにも見える。


「我ガ剣ハ、ドワーフニ打タセタ極ミノ一品ダ。刀身ガ常ニ燃エテイル」


 シヴァが軽々と自身の背丈と同じ長さのソードを振り回す。

 そのたびに、炎の軌跡が辺りを明るく照らす。


「コノ剣ニ貫カレシ者ハ、死体モ残サズ消エル」

「そういう問題じゃねえ、人の家に勝手に入り込んでなーに大切なメイドをボコボコにしてくれてんだって言ってんだよ!」


 水の陣。


水槍アクアスピア


 無数の水の槍がシヴァに向かって飛んでいく。


「無駄ダ」


 シヴァがソードを一振りすると、水の槍は全て消え去る。


「我ガ力ノ源ハ黒炎。自然ノ理ヲ超エタ消エナイ炎ダ!」


 シヴァが叫ぶと共に、屋敷を囲んでいた炎が黒くなる。


「サア強キ者ヨ! 我ト戦エ!」

 

 これは僕に言っているのか?

 だとしたらとんだ勘違いだ。

 それに、僕はこんな所でこいつと戦っている場合ではない。

 父を殺した犯人を捜さなければ。


「エステル……動けるか?」


 反応がない。

 後ろを振り向けば、エステルは気を失っていた。


「おいおい、まじかよ……」

「アッシュ様、お逃げください」


 大怪我をしていたはずのリドリーが立ち上がり、僕の前へと出る。


「リ、リドリー、まだ寝てろ」

「いえ、それは聞けません……」

「どうしてだ、このままだと死ぬぞ」

「私の仕事は主人を守ることです……しかし、私は守りきれなかった……ならばこの命捨ててでも主人の最後の願いを、必ず守り抜きます」


 そう言うと同時に、リドリーはシヴァへと突進していった。

 どこからか取り出した、短刀を構え、シヴァの懐へと拘束で潜り込む。


「グハッ……」


 瞬間、リドリーの痛々しい声が響く。

 ソードをその場に突き刺した、シヴァがリドリーの背中に向けて両手を振り下ろしていた。


「敗者ハ、永遠ニ敗北ニ苦シミ続ケロ!」

 

 リドリーの体は床に叩きつけられ、大きく跳ね返る。


「安心シロ殺シハシナイ。我ヲ憎メ、憎ンデ、己ノ無力サヲ乗リ超エロ。ソシテ強クナッテ、マタ我ト戦エッ!」


 その時、天井が崩れて2階からなにかが落下してきた。


「アッシュ、逃げろ!」


 兄だ。

 兄が2階から落ちてきた。


「兄さん!」


 それともう1人……。


「母上!?」


 2階から兄と、母が落ちてきた。

 しかし、様子がおかしい。


 兄と母が戦っている。


「アッシュ! こいつは母じゃない。騙されるな」

「アッシュ、このお兄ちゃんは偽者よ。騙されてはいけないわ」


 どうなってんだ?

 あらゆる情報が、僕の頭を巡り、固まる。


「いやいや、まてまて。考えろ」


 兄の剣術と互角の母。

 疑うべきは母なのだろうが、兄が偽者である可能性もある。

 いや、その前にリドリーか?


「ああ、もう分からん! 兄さん! この間の試合で僕は最後どうなった!」


 僕の問いに、兄は困惑しながらも。


「私が背中を本気で叩いて気絶してたな!」


 器用に母の攻撃を間一髪でかわしつつ、兄は答える。


「じゃあ、母上! 幼少期に語った、僕の特別な事は!!」


 母も兄の相手をしながら考えているように見えたが。


「ごめんなさい。覚えてないわ」


 その瞬間、僕の中で答えが決まった。


「母上、もしあなたが本物だったとしても、僕はあなたを母上だとは思えません。ごめんなさい」


 僕は床に火の陣を描く。


炎槍フレイムスピア!」

 

 僕の作り出した炎の槍は、正確に母上の胴体を貫いた。


「ど、どうしてなの……アッシュ……」

「僕の母は、きっと。死んだ父の元で今も泣いているはずです……そういう人ですから、僕の母は」

「ちきしょおおおおお」


 断末魔と共に、母だったものは黒い霧を噴出しながら姿を変える。

 そこには、細長四肢と真っ黒な胴体に突き出した口ばしを持つ低級悪魔レッサーデーモンが現れた。


「シヴァ様ぁ! 助けて下さい、こ、こいつらを早く殺して下さい」

「断ル。我ノ望ミハ強者トノ戦イノミ」


 僕は、血だらけで倒れた低級悪魔レッサーデーモンの元まで近づくと、胴体を踏みつける。


「ぐええ。や、やめてくれぇ」

「黙れ、お前が父を殺したのか!」

「ち、違う。俺じゃない。俺じゃない! だけど、俺は誰が殺したかしってるぞ! 俺を殺したら一生わからな――――ぐえええ」


 僕は、傷口を踏みつけて痛みを与える。


「本物の母上はどこだ」

「お、王都だ、王都にまだいる!」

「本当だな?」

「ぐががが、本当だ!」

「それじゃあ最後に、お前達の目的は――」

「危ない! アッシュ」


 僕の下に居たデーモンの頭部が槍のように変形し向かってきたが、咄嗟に兄が飛び出し、僕を庇う。


「っう……」

「兄さん! 大丈夫?」

「問題ない、かすり傷だ……それより、奴は!」


 先ほどまで苦痛に声を上げていたはずの、デーモンはまるで操り人形のように宙に浮いている。

 よく見れば、変形していたように見えた頭部は粉々に破壊されており、変わりに槍のような武器が飛び出していた。


「やはり、弱いものに大役は務まりませんか……」


 後ろから不気味な声がした。

 僕も兄もほぼ同時に振り返る。


 そこには、異様に長い手足と高い身長の男が立っていた。

 全身は黒い装束で身を包み、顔は白い仮面のようなものを付けている。


「……動かないほうがいいですよ」


 男の腕にはウィリアムが捕まっており、そのウィリアムの首には短刀が突き立てられていた。


「シヴァさん、さっさと全員殺してしまって下さい」

「断ル、我ハ強者トノミ戦ウダケダ」

「分かりました。分かりました。私が全員殺しますよ」

「イイ加減ニシロ。無駄ナ殺シハ、魔王様モ望マナイ」

「何を甘い事を言ってるのですか? そんな事だから我々は人間に敗北したのでしょうが!」


 僕は兄に視線を送る。

 兄も僕の視線に気付いたようで小さく頷く。


「うおおおおおお」


 合図と同時に、僕はウィリアムを助けるべく走り出す。

 同時に兄も、後ろのデーモンの動きを止めるべく動く。

 僕は男の間合いに入り、持っている短刀を奪い取り、ウィリアムを解放する。

 

「兄さん!」

「分かってる」


 僕はエステルとミーアを担ぎ上げ、ぶち破った窓から外へと逃げる。

 後を追うように、リドリーとウィリアムの手を引っ張り、兄が飛び出してきた。


「う、うまく行ったか……」

「アッシュ、直ぐに移動するぞ」

「でも、兄さんこの炎じゃ、どこにも逃げられない。それに、まだ屋敷にはメイド達が……」

「アッシュ、辛いと思うが全員は救えない」


 兄の言うことも分かるが、僕には決断ができない。


「駄目だ、僕は一度屋敷に戻る」

「お前まで死ぬぞ、お前が死んだから誰が戦争を止めるんだ!」

「……嫌だ、僕は……僕は……」

「我慢しろ。誰もお前を責めない……炎は私が何とかする」


 兄は炎の前まで進むと、ソードを抜いた。


「はあああっ!」


 兄がすばやくソード縦に振ると炎が割れ、道が出来た。


「早く行け!」

「兄さんは!?」

「私は殿を務める。救える命を救え!」


 その時、大きな地響きと共に、さっきの男が空から降ってきた。


「逃がしませんよ!」

「アッシュ、早く行けっ!」


 僕は兄が作ってくれた道を、エステルとミーアを担いで進む。

 その間も、兄は男の振り回す短刀を受け流し時間を稼いでくれている。

 炎の外へと2人を降ろし、来た道を戻ってリナリーとウィリアムを担ぎ、2人も炎の外へと降ろす。


「兄さんも早く!」


 僕は兄に向かって叫ぶ、炎の道は徐々に閉じ始めている。


「私のことは構うな、お前はお前のやる事をやれ!」


 駆け出そうした足が止まる。

 だが、僕は炎の中へと飛び込んだ。


「な、何をしている!」

「ごめん……だけど、僕は……兄さんを見捨てられない……」


 兄さんに怒られるかと思った。

 だけど、兄の反応は僕の想像とは違うものだった。


「ありがとう、アッシュ。私達であいつを倒すぞ」

「……はい!」


 すると、目の前の男が急に笑いだす。


「クハハハハハっ! 人間が? 私を倒す?」


 男は腹を抱えるようにしてのた打ち回りながらも笑っている。

 

炎槍フレイムスピア!」


 そんな男に容赦なく魔術で作り出した炎の槍を放つ。

 しかし、男は僕の魔術をものともせず、笑い続けている。


「な、なんで……」


 僕が驚いていると、男は立ち上がる。


「なんでって聞きましたね? そりゃ効きませんよ……私達は元々魔流脈から生み出されたものですからね。水に水をかけても意味ないでしょう?」


 魔術が効かない?

 水に水?

 何を言っているんだ……。


「アッシュ、魔術が効かない以上、お前は不利だ! 下がれ!」


 兄が僕の前に出て切りかかる。

 僕もなにか武器が必要だ……。


「兄さん、僕は何か武器を探してくる。少しだけ、そいつの相手を頼む」

「ああ、任せろ!」


 兄の言葉を信じ、僕は屋敷のほうへと走りだした。

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