第17話 襲撃者(前篇)
身だしなみを整え、明日のための準備を確認して、部屋に戻った所で部屋にエステルを待たせている事を思い出した。
彼女の自業自得とはいえ、流石に申し訳なかったので、申し訳ない気持ちで扉を開ける。
「エステルさーん?」
部屋に入ると、エステルはベッドで寝ていた。
それを確認すると、僕は一息ついて、自分の部屋を出て、そのまま客間へと向かう。
* * * *
客間の扉を開けると、ソファに窮屈そうにウィリアムが転がっていた。
「ああ、どうもどうも」
「ご苦労さん。布団で寝ないのか?」
「お気になさらず、私ごとき矮小な人間は、あんな高級なベッドよりも、こういった固いほうが寝やすいのです。まあ、貴族の坊ちゃまには分からないと思いますが」
「昼間と違って、随分と棘のある言い方をするじゃないか。何か気に障ったか?」
「いいえ……あれだけ濃密なやり取りをしたにも関わらず、半日も無視されて……なんて思ってないですからね」
「お前、絶対めんどくさい性格してるだろ……」
「よく言われます……ねちっこくて陰湿でしつこいって」
それ言ったやつとは友達になれそうだ……。
「で、昼間の話はどうするか、お決めになりましたか?」
「え、ああ、えと……」
昼間こいつとなに話したか、全然覚えてない。
適当にごまかすか。
「も、もう少し自分と向き合ってから答えを出すわ」
と言い放って、僕は足早に寝室へと向かう。
「ふう……危なかった」
他の要素が印象的過ぎて、ウィリアムとの話がまったく頭に入ってきてなかったことを今になって思い出した。
次からはちゃんと聞こう……。
といいつつ、また聞かないんだろうなと思いながら、ミーアのベッドを覗き込む。
変わらず、静かに眠っている。
「……僕がもっと早ければ、君は傷つかずに済んだのだろうか」
いや駄目だ。
過去は学ぶもの、いつまでも引きずり続けるものじゃない。
「……と、頭では分かってるんだけどな」
気付けばいつも後悔ばかり。
生まれたときから、いつもいつも。
何度、間違えないように、後悔しないように正しい道を選んでいる。
だけど、それが正しい事なんて人生で何度あるのだろうか……。
「駄目だ。駄目だ駄目だ……」
何度、間違えてもいい。
また、同じ間違いをしなければ。
「行ってくるね、ミーア」
僕はミーアに囁くと、寝室を後にする。
「かぁーこぉー、かぁーこぉー」
客間に戻ると、ウィリアムがいびきをかきながらソファで眠っていた。
流石に悪いと思ったので音をたてずに、客間を出る。
「あ……ベッド使えないんだ……」
自分の部屋に戻る途中で、ベッドをエステルに占領されていることを思い出す。
「一応……見に行くか……」
無駄だと思いつつも自分の部屋に戻り、ゆっくり扉を開ける。
「あれ……いない?」
ベッドまで歩み寄ると、そこには誰もいなかった。
「良かった……もう寝よ」
ベッドに寝転ぶ。
「みょ、妙に温かい……」
先ほどまでエステルが居たような温もりを感じる。
彼女はどこに行ったのか……と疑問に思ったが、明日の事を考えると自然と眠っていた。
* * * *
真夜中、妙な感触で目を覚ます。
誰かが顔を撫でるような、そんな感覚だ。
そういえば、母にも兄にも挨拶をしていなかったな。
明日、目が覚めたらすぐに挨拶しよう。
結局、エステルはどこに消えたんだ。
リナリーに連れられて客間か……?
考え事をしている間も、何かが顔に触れている。
「もう、なんだよ。鬱陶しいな……」
僕は虫を手で払うように、自分の顔に触れる。
「あ……起こしてしまいましたか」
小さな女の子の声が聞こえる。
同時に顔の感触もなくなった。
これでゆっくり寝られ……?
僕は急いで上体を起こす。
「きゃっ……お、おはようございます」
「お……おはようじゃないだろ……」
僕はエステルの頭をはたいた。
「い、痛いです……」
「当たり前だろ、人の睡眠を妨害しておいて、お咎めなしだと思ってたか?」
「ゆ、許してくれると思いました」
呆れた。
「とにかく寝ろ、父に頼んだ応援が到着次第、出発するんだからな」
「……寝れないのです」
「いや、そんな深刻そうに言われても、さっきまで散々寝てたからだろ」
「何かの病気かもしれません」
「医者に見てもらうか? ちょうど、ウィリアムっていう医者が屋敷にいてな」
「やっぱり、寝ます」
平然と僕のベッドへと侵入する、エステル。
「だーっ! 女が男のベッドに入ってくるな!」
「……アッシュ様のエッチ」
「……追い出すぞ、屋敷から」
「いいんですか! 私は隣国の姫様ですよ!」
「僕が立場とか気にしない人間だって言ったのは、どこの姫さんだっけ?」
「……もうしませんから、許してください」
「どうでもいいから、早く寝てくれ……」
やっと、静かになった。
しかし、姫様といえばもう少しお淑やかで上品なイメージだったが、エステルはイメージとは大分、遠いようだ。
いや、そもそもイメージとは僕達のような有象無象が勝手に抱く想像であり、本来の王族とはこういうものなのかもしれない。
これも知るという、僕の目的の1つか……。
僕はふと、リドリーに馬車で言われた言葉を思い出す。
”この世界には知らないほうがいいことも多いですよ”
「そうかもしれない……」
いやいや、弱気になるな。
事実を知り、正しく広める……までが僕のやりたい事だ。
さて、寝よう。
その時、何かが割れるような音が響いた気がした。
「アッシュ様」
「ん、なに?」
「今、何かが割れませんでしたか?」
「エステルさんも聞いたか?」
「はい、気のせいではないと思います」
「ちょっと、見に行くか」
ベッドから出て、服を着替える。
「私も行きます」
「勝手に着いてこい」
2人で音を立てないように、廊下をゆっくりと歩く。
「エステル、ここで待ってろ」
「え、はい……」
父の寝室のドアが開いている。
静かに近づき、中を覗く……。
「ち、父上様!」
目の前に飛び込んできたのは、胸から鮮血を流す、父の姿だった。
慌てて、部屋に飛び込み、父の脈を確認する。
「だ、だめだ……心臓を一撃でやられている……」
まずいまずいまずい。
まずい……。
「リドリーぃいいいい侵入者だああああ」
僕自身の位置がばれる恐れもあったが、音もなく人を殺せる奴だ。
最大限の警戒をしなければ、全滅も考えられる。
「エステル! 行くぞ」
僕は父の寝室を飛び出し、エステルの手を掴み、客間へと走る。
* * * *
「ウィリアム!」
客間のドアを勢いよく開けると、僕の大声で目を覚ました、ウィリアムが起き上がる。
「どうかされましたかぁ?」
「何を寝ぼけている、今すぐ屋敷から逃げろ!」
「突然、どうされました」
「屋敷に殺人鬼がいる。僕の父が殺された」
ウィリアムは驚いた顔をしていたが、それ以上会話を続けている余裕はなかった。
客間の寝室の扉を開けて、ミーアを背負う。
「どうして、うちのメイドが誰もいないんだ」
「あ、あの、アッシュ様」
「な、何だ」
「も、燃えています……」
「え?」
エステルの言われ、屋敷の外を窓から見る。
「な、なんだよこれ……」
屋敷を囲むように周囲が燃えている。
庭の木々も、花も、草も全てを燃やし。
そして炎は屋敷も、燃やし尽くすかのように、迫ってきていた。
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