第16話 彼女達の決意(後編)
「いや、まさかな……泣き疲れて寝ちゃうとは……」
散々、大声で泣いたエステルは泣き疲れて、僕のベッドで眠ってしまった。
「このまま寝かせておくか……先にリナリーと話を付けてくるか……」
立ち上がろうとすると、何かが引っかかる。
見れば、エステルが僕の服の裾をしっかりと掴んでいた。
「おいおい……」
参った。
動けない。
無理に離そうとも考えたが、僕には出来なかった。
「妹がいたらこんな感じかな……」
もうちょっとだけ、付き合ってやるか。
* * * *
「アッシュ坊ちゃま?」
僕がのんびりと魔力操作の練習をしていると、リナリーが自室に現れた。
「ああ、ごめん。お姫様が中々、離してくれなくて」
エステルに掴まれているところを指差し、やれやれと両手を広げてジェスチャーする。
「……仕方がありませんね」
リナリーは僕の前までやってきて僕の椅子に座る。
「父上は怒ってた?」
「怒ってはいないようです。私もお姉さまから聞いただけですので分かりかねますが……」
「いや、いいよ。別に怒ってても、僕の話す内容は変わらないし」
「……お考えは変わらないのですね」
「うん、リナリーには申し訳ないけど、行かなきゃいけない理由が増えちゃったからね」
自然とエステルに視線を移す。
「アッシュ坊ちゃまも、やっぱり若い子が好きなのですか?」
「はっ? い、いきなり何の話を……」
「私より、若い女の子が言いのですか?」
「いやいや、質問の意図がわからないのですが……」
「男性は本能的に若い女性を好むと、書物に書いてありました」
「……それ、父上の秘蔵コレクションでしょ」
「はい」
「父上には内緒にしなよ」
「ご安心ください。そういうものを見つけた時は、更に奥に隠すよう教育されましたので」
メイドの教育システムに問題を発見したな。
いや、問題じゃないのか……?
それが正常なのか?
「アッシュ坊ちゃまも、いつかそういうものをご購入された際には、しっかりと奥に仕舞わせていただきますので、ご安心ください」
「いや、見つけないようにしようよ……ってか僕は、そういうものには興味ないからね?」
「そうでしょうか? 猫耳族の少女も、エステル様もアッシュ坊ちゃまには、特別な想いを抱いているように感じましたが」
「……いや、そういうことは勝手に言わない」
「何故ですか? メイドは主人が恋愛に奥手な場合、そのお手伝いをするようにも教育されています」
やっぱり、メイドの教育システムは問題だらけな気がしてきた。
「とにかく、メイドは主人の趣味趣向には口出さないこと、いいか」
「……今までのはすべて冗談です。アッシュ坊ちゃま」
僕は絶句した。
こんなにも冗談に聞こえない冗談がこの世にあるのかと……
「リナリー。悪いけど冗談を言うのはもうやめた方がいい……その、冗談に聞こえない」
「そうでしょうか? 私としては慌て、驚く、坊ちゃまが見れて楽しかったのですが」
「……前言撤回だ、僕に対してだけは言ってもいいから、他の人の前では冗談はやめろ」
「それはもしかして、愛の告白ですか?」
「きょ、曲解はやめろ……とも思ったが、今後、僕が死ぬまでリナリーは僕の傍にいるんだもんな」
「はい、そうなりますね」
「そうか……そうだよなあ……」
エルフは人間より長く生きる。
きっと、リナリーは僕よりも多くの出会いと別れを経験してきたのだ。
だから、失う痛みを、僕よりもずっと分かっている。
「……絶対に無事に帰ってくるから、待っててくれ。リナリー」
「お待ちしてますよ。アッシュ坊ちゃま」
リナリーは静かに、僕の部屋から出て行った。
「さて、エステルさん。起きているなら離してください」
僕の言葉にエステルは飛び起きる。
「い、いつから気付いていらしたんですか?」
「リナリーが冗談って言い始めた辺りかな、笑ってたでしょ」
「……申し訳ありません。盗み聞きするつもりはありませんでした……ただ、起きる機会を見失ってしまって……」
「いや、別に聞かれて困る話しじゃないからいいけど……その……手を離して欲しい」
バッとものすごい速度で手を引っ込めるエステル。
「あの、その、これは……えっと……」
「離してくれればいいよ。これでやっと父上に報告が出来る」
「……アッシュ様、話したとおり私に価値は……」
「関係ないよ。王族とか血統とか、生きるとか死ぬとか。僕は僕のやりたいようにやるだけだ。それで構わないなら君を王都まで送り届ける。けど、エステルがそれ以外の道を選びたいなら、相談して。一緒に考えるぐらいはするよ」
「でも、それだと戦争に――――」
「戦争は嫌いだ。人は無駄に死ぬし、大事なものは無くなるし……でも、まあ……いやな事も一緒に消してくれるなら……一考の価値もあるかなって」
そうやって言ってしまえるのも、僕が戦争を甘く捉えているせいもあるんだろう。
戦争はもっと過酷で悲惨なものだ……それでも、それに縋るしか出来ない人がきっと世界中にいるんだ。
やっぱり、この目で全てを確かめたい。
「さて、行くか。父上の元へ」
「わ、私も一緒に行ってもいいですか?」
「べ、別にいいけど……」
「ありがとうございます」
* * * *
「決めたのか、どうするのか」
書斎でうな垂れる父は、酷くやつれていた。
まだ半日も経っていないというのに、まるで数十年歳を重ねたように見える。
「僕は行きます。父上様」
「おお、行ってくれるか……ありがとう、それでこそ我が息子だ……お前の栄誉は我がガルディア家に永遠と語り継がれる事となろう」
「それと、父上様にお願いがございます」
「いいぞ、何でも言ってみろ」
「任を受けるに当たりまして、腕のいい魔術士を1人お願いしたいのです、出来れば歳が若い方を」
「ほう、それは何故だ?」
「もしも、俗や魔物に襲われたとき、相手が上手であれば、僕がエステル様の傍から離れられないことを利用されてしまう可能性があります。なので出来れば心強い仲間が1人欲しいです。それと若い方であれば、長い険しい旅に対応しやすいと思いますので……」
父はひとしきり、唸ると。
「お前の言う事にも一理ある。明日までに手配しよう」
早速、手紙を書き始めた。
「ありがとうございます。では、僕も準備を整え出発に備えたいと思います」
「ああ、頼んだぞ。それとエステリア様」
「は、はい」
「お国に帰った際は国王様によろしく頼む」
「か、必ず……」
「よし、もう下がっていいぞ」
先ほどより、いくらか生気を取り戻した父は、僕達をさっさと追い出す。
僕達が部屋から出ると、部屋の中からは微かに嬉しそうな父の声が聞こえた。
「さて、準備するか……エステルさんも今日はゆっくり休んでね」
これ以上は泣かれるのも嫌だったので、僕は早々にエステルと分かれようと足早に歩き出す。
「ま、待って下さい……」
が、逃げ切れなかった。
思いっきり袖口を引かれ、僕の歩みは止まる。
「そ、その……も、もうしばらく一緒にいさせてください」
泣かなければいいよ……とは言えないよなぁ。
「いいよ。気が済むまで一緒にいな」
「あ、ありがとうございます。アッシュ様」
「だ、抱きつくな」
どういう訳か、腕に抱きつくエステル。
重いし、歩きにくいが……。
「ぎゅう」
あまりにも嬉しそうにするものだから、少し我慢しようと思った。
だが、この僕の甘さが後の悲劇を呼んだ。
僕が気が済むまでなど言ってしまったせいで、エステルは僕がトイレにいこうとも、お風呂にいこうとも、着替えようとも、ずっと着いてくるようになってしまった。
流石に困ったので、強く注意して、僕の部屋で待機してもらう事になった。
というか、客間に戻れと言ったら、また泣きそうになったので、僕が折れた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます