第15話 彼女達の決意(前編)

 結局、あの場は答えを出せなかった僕は、今日中に答えを出して、書斎で待つ父に考えを伝えるように言われた。

 正直、僕が行くのは別に構わない……が、なぜ僕なのか……そっちの方が気になってしまう。

 それと父と母のことも気になる。

 2人とも喧嘩になっていなければいいが……


「どうするかなぁ」


 母の気持ちも分かるが、父の気持ちも分かる。

 いや、優先すべきは父の気持ちか……確かに、戦争は絶対に避けたい。

 

 それに、隣国であるアルゴンノーツの王都までは馬車で向かっても14日ぐらいだ。

 仮に道中に何かがあったとしても、20日ぐらい。

 行って帰って40日……まあまあ、長旅だけど……。

 僕の目的の1つである、世界を見て回ることができるし、悪い話ではないと思う。


「よし、仕方ないけど、この国のため父のために行くか!」

「お待ち下さい」

「うえっ!? リ、リナリー?」


 全然気付かなかったが、いつの間にかリナリーが僕の後ろに立っていた。


「どうした?」

「い、いえ。その……あの……アッシュ坊ちゃまの顔が見たくなっただけです」


 普段は表情をまったく崩さないリナリーの顔から焦りのようなものが見える。


「正直に言っていいぞ」

「あの……私は……私はただのメイドです……ただのメイドなのです……だ、だから。だから主人に対して……い、意見など言える立場ではないのです」


 リナリーは俯き、震えている。


「言いたい事いいなよ、リナリー。僕は雇い主じゃないし」

「よろしいのですか?」

「構わないよ」

「馬鹿なことはおやめください。アッシュ坊ちゃまはただの生贄です。行かないでください」

「ど、どうした?」

「どうもこうもありません、私は知らなかったのです、自分の気持ちを……坊ちゃまを失うという気持ちを……」

「リ、リナリー……」

「坊ちゃまは死ぬのが怖くありませんか? 私は死ぬのが怖いです。でも、それ以上に大切な人が死ぬのはもっと怖いです」


 リナリーが泣いている。

 滅多に感情を表さない、あのリナリーが……。


「いや、リナリー。僕も死ぬのは……いや、死ぬのは怖くない。けど、大切な誰かに死んで欲しくない気持ちは分かる」

「で、でしたら――」

「だけど、ごめん。今回は僕の意志だけでどうにかなる問題じゃないんだ」

「……分かっています。分かっているのです……頭では分かっているのですが、嫌なのです」

「おい、リナリー」

「何でしょうか」

「僕は死なない。その死ぬ前提の考えはやめろ。大体、人一人を送るだけだぞ。そんな道中で起こる危険なんて、天候で馬車が遅れるぐらいだよ」

「ですが……安全だって言われてたお姉さまの修行でアッシュ坊ちゃまは死にかけました」


 僕は返す言葉を失った。

 なんと言えばいいのか……。

 そんな時、誰かが僕の部屋に入ってきた。


「お邪魔します。アッシュ様、先ほどの件でお話が――も、申し訳ありません! また、改めて……」

「気にしないで、入ってきてよ……エステル様」


 渡りに船とはこの事かと思った。

 行き詰った空気が彼女の参加でどうにか、出来るかもしれない。


「で、話ってなに?」


 エステルは、しきりにリナリーを気にしている。


「ごめん、リナリー。ちょっとだけ席を外してくれる? 話はちゃんと後でするから」

「お気になさらないで下さい。私はただのメイドですので――」

「だめだ、リナリー。後でちゃんと話そう」


 リナリーは返事することなく、部屋から出て行った。


「アッシュ様、先ほどはちゃんとお話できずに、申し訳ありませんでした」

「さっきの状況じゃ話すほうが無理だったと思うから、全然いいよ。それよりもやり方が気に入らない。僕はそっちの方が気になった」

「いえ、私のことなどはどうでもいいのです。お父様は今回の件を政治利用しようと考えているようですので……こんな事になってしまって……私は……」


 今にも泣き崩れそうなエステルの手を引き、ベッドまで誘導して、座らせる。

 僕は椅子の位置を移動させ、彼女向き合うように座りなおす。


「私は生まれてきてはいけない人間だったのです……」

「ちょ、ちょっと待ってね。その話は僕にするべきじゃないと思うよ」

「いえ、アッシュ様だから聞いて欲しいのです。アッシュ様はきっと立場でものをお考えにならない人だと思っています、だから聞いて欲しいのです」


 僕はそんな大層な人間じゃないと、言いたい気持ちを抑えて、とりあえず話を聞くこととする。


「分かった。話を聞くよ」

「ありがとうございます」


 彼女を落ち着かせて、涙をハンカチでふき取る。


「私はお父様と正妻の間に生まれた子ではありません。正妻である『エレノア』様にはずっと、子供が出来ませんでした。だからお父様は……エレノア様の妹である、私のお母さんと子供を作りました……そして生まれたのが私です」


 いや、これは……知っちゃいけない奴だ。

 隣国のそんな事情は、聞いちゃいけない奴だ。

 だが、エステルは僕を信頼して話してくれた……全てを……全てを受けとめよう。

 

「そして私は王家を継ぐものとして……お父様とエレノア様の子として育てられてきました。もちろん、お母さんも一緒に幸せに暮らしていました」


 エステルの声が涙声になり始めた。


「ですが、その幸せは長くは続きませんでした……エレノア様が男の子を生みました。私と違って正当な王家を継ぐものです……それからです、全てが壊れてしまったのは……」


 エステルの体は震え、次々に溢れる涙が、彼女の膝を濡らしている。

 僕は彼女の隣に移動し、背中を擦り、涙を拭く。


「……ありがとうございます」

「辛いなら無理に話さなくても……」

「いえ、ちゃんと話します。アッシュ様を巻き込んでしまうことへのせめてもの償いです……」

「お、おう……」


 全部受け止めるって決めたし、余計なこと、言うのはやめよう。


「子供が生まれたことでエレノア様は変わってしまいました。私とお母さんを王宮から追放するようにお父様に訴えたのです。もちろん、私達はなにもしてません……それでも、エレノア様はあることないこと噂を作り、私達が王宮に居れないようにしました。不憫に思ったお父様は、私達を逃がしてくれました……それだけなら、良かったのです。私もお母さんも2人で幸せにくらせていたのですから……けれど、エレノア様は不安だったのでしょう。私が生きている事がきっと……」

「ああ、もういい。分かったから話さなくていいよ」


 僕の目から見て、彼女は限界だった。


「……エレノア様は、お母さんを反逆者として殺しました。私もその時、死ぬはずでした。でも私は生きてしまった。お父様の計らいで……あの時、私はお母さんと一緒に――死にたかった――殺して欲しかった――どうして私だけ生き残ってしまったの――」


 エステルは、限界を超えても話し続けた。

 そして最後まで話し終えると、 エステルは僕の胸で大声で泣いていた。

 

 色々と溜め込んでいて、それを開放する場所が今まで無かったんだろうな。

 僕は仕方なく胸を貸すことにした。

 泣きたいときは泣けばいい。

 泣きたいときに泣ける人間は、きっと強い人間だ。


 僕には真似できないからな……。

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