第14話 1国か1人か
僕はリナリーたちの話の結論が出るまで、客間でエステルと時間を潰す事にした。
客間の扉を開けると、エステルが不安そうな顔で、僕を待っていた。
「ど、どうでしたか?」
「今、うちのメイド長が考えてるから、もう少し待ってて」
「申し訳ありません、私のわがままで……」
「いや、別にいいんだけどさ。申し訳ないと思うなら、もう少し詳しく話しして欲しいな」
僕の言葉にエステルは固まった。
だが、僕の言ってる事は間違ってない。
助けたのは僕の意思だが、今彼女がここに居るのも、国に帰らなかったのも彼女の意思だ。
ならば、エステルのは自分の意思を突き通すために、僕達に協力してもらうのだから、それなりの覚悟を見せてもらわなければならない。
当然だ、何かが欲しければ対価を払わなければ。
「分かりました。お話します。そもそもの事の始まりは、その首飾りです。首飾りが全ての始まりなのです」
「で?」
「その首飾りには……ま、魔王が封印されています」
「……で?」
「代々、アルゴンノーツはその首飾りを守り、いずれ現れる聖女様と共に魔王の封印を守り続ける使命を女神様から仰せつかっておりました。しかし、私の代で現れるはずの聖女様が、いつまでたっても現れないという問題が起こりました。私とデュークは生まれているであろう、この世代の聖女様を探すため、この国にやってきました」
ううん?
急に話が御伽噺みたいになってきたぞ。
というか、これ、聞いちゃいけない話だったな。
「それで……?」
「そしたら、この首飾りを狙う集団がいる事が分かりました。それがあのフードの集団なのです」
「ま、待ってくれ。そしたらこの首飾り持ってたら、不味いんじゃないか?」
「はい……ですが、私にはそれを守る力はありません」
「いや、僕にも守る力なんてないぞ」
「それも分かっています。ですが、藁にもすがる思いで、お願いしてます」
「エステルさん、こういうのはしっかりとした力のある大人に頼むべきなんだよ。一時の考えで――まさか……?」
もしかして、エステルはもう大人に頼ったのか?
頼った上で、裏切られた?
だから、僕に?
大人じゃなくて、子供の僕に頼んでるのか?
それでもまだ悩んで、まだ考えて、心の奥底ではまだ決めきれてない。
「分かった。僕に出来るかどうかはわからないけど、この首飾りは大切に預かっておく。まあ、君の父親の決断するまでの間だけど」
「あ、ありがとうございます」
まあ、僕の想像でしかないし、さっきの話が本当かどうかも分からない。
けど、まあ、目の前で女の子が泣くよりいいだろ。
「はぁはぁ、お、お話中……失礼します。はぁ、はぁ……アッシュ坊ちゃま」
呼吸を荒げたリナリーが扉を壊すような勢いで入ってきた。
「もう間もなく、ガイル様達が屋敷にお帰りになります。今回の件、もう我々だけでは決められないと判断されました」
「父上が帰ってくるのか? もう?」
「はい、お姉さまは、すでにこうなる事を予想していたようです」
「待て、リドリーは知ってたのか、こうなるって」
「あ……いえ、あくまでお姉さまは、こうなるかもしれない……とだけ……」
「まあ、いいよ。とりあえず父上が戻ってくる準備を、それとリナリー」
「はい、何でしょうか……?」
「この奥に居る、白い教団のウィリアムという男の事を見張っていてくれ。どうにも気味が悪い」
「承知しました」
屋敷内を勝手に歩き回られたくないからな。
「エステル様、先ほどの話。僕の父にもしてもらえますか?」
「は、はい。アッシュ様のお父様でしたら……」
「よろしくお願いします」
さっきの話を父が信じるかどうかは別だが、何か僕には思いつかないことを考えてくれるかもしれない。
とにかく、父が帰ってくるのを待つ事にしよう。
今後を決めるのは、それからでも遅くない。
* * * *
リナリーの言うとおり、父はすぐに屋敷へとやってきた。
しかも、来たのは父だけではなく、母と兄までやってきたのだ。
「久しぶりね、アッシュ。元気してた?」
「お久しぶりです、母上。僕は健康そのものです。母上もおかわりなく元気そうで安心しました」
栗色の長い髪を纏め上げ、優しそうな山吹色の瞳。
間違いなく、幼少期の記憶のままの母の姿だった。
「久しぶりだな、アッシュ」
「お久しぶりです。父上様。父上様のご尊名、絶えず屋敷でも変わらず耳にしております」
「そうか……大きくなったな」
燃えるような赤髪と、輝く金の瞳。
ガルディア領領主、ガイル・ガルディア……僕の父だ。
幼少期から感じていた、威圧は僕が大きくなった今でも健在……いや、更に増しているようにも感じる。
「この間、以来だなアッシュ」
「はい、兄さん。この間は挨拶も出来ないままになってしまい。申し訳ありませんでした」
「気にするな、俺が未熟だったばかりにお前に迷惑をかけてしまったからな……また、強くなったのだろう。時間があれば、もう一度、手合わせ願いたい」
「是非、お受けします」
たった、数日離れていただけなのに、兄の背中はまた一段と大きくなっていた気がした。
* * * *
さて、感動の再開の束の間、僕達は大広間の大テーブルに集まっていた。
父、母、兄、リドリー、エステルと僕。
家族が全員が集まったのは、僕が生まれたとき以来だろう。
ある種の感動が心から溢れてくる。
「さて、今回の一件だが、リドリーの話では王国全土を巻き込む戦争になる可能性があると聞いている。その事について当事者含め、皆で話し合いたい。リドリー頼むぞ」
「はい、ご説明させていただきます」
父からの指示を受けて、リドリーが立ち上がる。
「今回の一件ですが、このセントリア王国からの宣戦布告であると隣国は捉えているようです。セントリアの国王はその事実を否定しておりますが、隣国の王は戦争も視野に入れているようです」
せ、戦争?
この平和な世の中で?
僕はエステルのほうを見る。
彼女は下を向いたまま、固まって動いていない。
「リドリー待って、そもそも今回の件とセントリア王国は無関係のはずだ」
「まだ説明の途中だぞアッシュ」
「あ、はい……申し訳ありません、父上様」
「続けろリドリー」
「はい……アッシュ様のおっしゃるとおり、今回の襲撃行為がセントリア王家との関係性を示す証拠はありません。それでも隣国は戦争を望んでいます。隣国にとっては誰が、は重要ではありません、どこで、やったのかが重要なのです。今回の襲撃が行われたのはセントリア王国内です。しかも、襲撃を受けた本人はまだここにいらっしゃいます」
「いや、それには事情が――」
「アッシュっ! 黙れ!」
「……はい」
父の怒号が耳を聾する。
「そして、セントリア国王は決断しました。戦争を回避するために隣国の姫様を交渉材料とすることを……」
「ふざけるな!」
僕は怒りのあまりに机を叩きつけ立ち上がる。
「アッシュ……いい加減にしろ」
いつの間にか僕の首元に兄の剣先が押し付けられていた。
「アッシュ、次はないぞ。ロイド、剣を引け」
「はい、父上」
だめだ、冷静になろう。
僕らしくない、もっと感情を抑えなければ……。
「話を続けます。隣国は戦争を回避する方法として、3つの条件を提示してきました。まず1つ、エステリア様を安全に隣国の王都までお届けする事。2つ、アッシュ・ガルディアをエステリア様の護衛としてつけること。3つ、この件に関して双方に発生した損害については一切の責任を追及しないこと……です」
リドリーが一呼吸付くと同時に父が立ち上がる。
「これは国王の決定だ、アッシュ。今すぐ準備をしろ」
「ガイル、その事について話合うためにみんなで帰ってきたのでしょう。結論を出すのは早いわ」
「何度も言ったはずだフローリア。自国の危機を、自分の子供が救えるなんて、そんな名誉な事はないと!」
「私は嫌よ! どうしてアッシュが行かなければならないの? そもそも戦争になっても私が負けると決まった訳じゃないじゃない!」
「フローリア、お前は賢いが浅はかだ。戦争はただ勝敗を決める手段ではない……金だ、戦争は金が動く。自国だけじゃない、他の国もだ。情報統制は乱れ、浮浪者は気軽に国をまたぎ、技術は流出し続ける……戦争の後に残るのは搾りかすだけになった国だけだ……」
こんなに力なくうな垂れる父を始めて見た。
「……ねえ、アッシュ。あなたが決めて」
そんな父の姿を見てからか、母は僕に視線を向けてくる。
「アッシュ……俺はお前を信じている。父上をがっかりさせるな」
兄も僕を見ている。
「少しだけ、考える時間をくれませんか?」
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