第13話 白教とお姫様

 僕らが炭鉱を抜けると、すっかり空は青くなっていた。

 長い時間、炭鉱に篭っていたつもりだったが、思ったより時間は経っていないようだ。


「おっさん、この後どう――――」


 僕がおっさんに話しかけようとした瞬間に、大量の足音と鎧が擦れる音が響き渡る。


「アッシュ坊ちゃま?」


 名前を呼ばれ、声がしたほうを向くと、リナリーの懐かしい顔が目に入る。

 辺りを見回せば、屋敷の武装したメイドが僕たちを取り囲むように並んでいた。


「ひ、久しぶり……」


 僕が力なく手を上げると、僕たちはメイド達に担がれ、屋敷へと連行された。


* * * *


 僕が目を覚ましたのは、屋敷に運び込まれたから5日経ってからだった。


「って……もうちょっと優しくしてよ」

「十分優しくしているつもりですが? もっときつい消毒薬をご利用になりますか?」


 目が覚めたから、細かい傷の手当をリナリーにしてもらっているのだが、なにやら手つきが荒い。


「……もしかして怒ってる?」

「いいえ、私は何も怒ってなどいません」


 笑顔で答えるが、明らかに顔が引きつっている。

 相当お怒りのようだ。


「ごめんって、もう無茶しないよ」

「……自分の立場をしっかりとお考えください」


 立場ね……。

 

「分かってるよ、リナリー」

「ならば良いのですが……」

「それと、ミーアの治療はもう終わったかな?」

「はい、先ほど白教の方々が部屋から出てくるのをお見かけしました」

「……じゃあ、様子を見てくるかな」

「アッシュ坊ちゃま」


 急にリナリーに呼び止められる。


「なに?」

「その、ご理解されていると思いますが……」

「分かってるよ。僕はあくまで、修行のときにお世話になった恩を返したいだけだ。それ以上の感情はないよ」

「……申し訳ありません」

「ありがとう、リナリー」


 僕は部屋から飛び出し、客間へと向かう。

 客間に向かう途中で、白い格好に身を包んだ4、5人の集団とすれ違った。


「この度は、我らをお呼び頂きありがとうございます」


 その中でも一番、年齢の高そうな白ひげのおじいちゃんから話しかけられる。


「いや、礼を言うのはこちらだと思う。ありがとう」

「いえいえ、我らの活動を認知し、利用していただけることこそ我らは喜びを感じられるのです。また何時でもお呼び下さい」


 彼らはそういうと、一斉に頭を下げて、屋敷の出口へと向かった。


「なんか気味が悪いんだよな……」


 『医療教団』……ここ、セントリアの王都を中心に活動する団体で、その行動理念は全ての生物から病をなくす事。

 簡潔に言えば、あらゆる医療のエキスパート。

 人だけなく、エルフ、猫耳族などの人の形をしたものから、家畜、動物、ペットなどまでありとあらゆる生物の治療を可能としている。

 噂だと大陸全域に活動拠点を持ち、各国の出入りを例外的に許可されている数少ない組織という話も聞く。

 まあ、あくまで噂だと思うが……。


 それと、全体的に白い姿で統一されたその姿から白教と呼ばれていたりもするが、僕にはどうも気味悪く感じる。

 しかし、やっていることは正しいので、僕の感じ方がの問題だろう。


「ミーア……?」


 客間の扉をゆっくりと開け、中を覗く。


「あれ……あんたは……」


 客間に入ると、中央のソファに炭鉱にいた女の子が座っていた。


「お、お邪魔しています」


 女の子は僕に気付くと、立ち上がり頭を下げた。


「えーと、確か、エステリア……さんだっけ?」

「エステルで構いません。親しい人はみんなそう呼びますので」


 エステル……確か隣国のお姫様だったか。

 確かに、金色の美しい髪はよく手入れがされている、血色もよく、澄んだ青い瞳は力強く僕を見ている。


「じゃあ、エステルさん。どうしてここに? ひげのおっさんと帰ったんじゃ……」

「まだ、ちゃんとお礼が言えてなかったので私は残りました……」


 エステルは僕の前まで来ると、頭を下げて膝を付いた。


「この度は、私とデュークの命を救っていただき、とても感謝しています。このご恩は我がアルゴンノーツ王家の名に懸けて、一生をかけて返させていただきます」

「ま、まてまて。早まるな、僕が君たちを助けたという話はやめてくれ」

「なぜですか? 私はアッシュ様に助けていただきました。それは事実のはずでは……」

「いや、恩を感じてくれるのはありがたい……が、それを返そうとかって言うのはやめてくれ。炭鉱でエステルさん達を助けたのは利害の一致みたいなもんだ。だからこの件は内密というか、なかった事に……」

「……事情は分かりました。ですが、申し訳ありません……もう、デュークにお父様に伝えるようにお願いしてしまいました」

「そ、そうか……」


 仕方ないな……。

 まあ、問題ないかどうかで言えば、問題がある。

 僕みたいな子供が一国の姫を救ったなんて噂、すぐに広まるだろう。

 そうなれば、僕がどういう人間なのかすぐに知りたがる人間も出てくる。

 さらに、あのフードの集団も僕の事を調べ始めるだろう。

 

 僕の平穏は戻ってこない気がするな……


 早めに屋敷から離れるか?

 最悪、僕1人死ぬだけなら、それでもいい。

 だが……あ、そうだ。


「エステルさん。これ返すよ」


 僕は、懐に大事にしまっていた首飾りを差し出す。

 相変わらず、宝石は黒い。


「いえ、それはアッシュ様がお持ち下さい。私では、それに触れる事すらできないと思います」

「……いや、そんな理由で預けていいものじゃないでしょ」

「そ、そうなのですが……でも……」


 エステルはそこで口を閉じた。


「いいよ、もう。僕が持っておけばいいんでしょ」

「申し訳ありません……きっと、お父様がどうするか決めてくれすはずです。それまでどうかよろしくお願いします」

「期待しないで待ってるよ」


 僕は、エステルとの会話を切り上げて寝室の扉をゆっくり開ける。


「入るよ」

「どうぞ」


 男の声?

 僕が扉を開けると、どこには白い一色に服装に身を包んだ。

 爽やかなそうな男がミーアの眠るベッドの脇で座っていた。


「彼女でしたら、よく眠っていますよ」

「そうか……ってか、あんた誰だ?」

「おや、これは失礼しました。私、医療教団の1人『ウィリアム・テシウス』と申します。彼女の経過観察のために、1人残っている次第ですので、お気になさらず」


 ウィリアムと名乗った男は、立ち上がり頭を下げる。

 

「ミーアの容体はまた悪くなりそうなのか?」

「いえ、非常に安定していますよ。傷口も縫合し、血肉となる『ヘモグの実』も煎じて飲ませましたので。1週間もあれば目を覚ますでしょう」

「やはりそれだけかかるか」


 ミーアのベッドまで近づき、彼女の顔を見る。

 顔色が白っぽいが呼吸は安定している、後は感染症などがなければ……。

 手足の先や、傷口周りの皮膚も変色していたりもしない、確かにこれなら問題なさそうだ。


「ふーん、随分とお詳しいのですね」

「え?」


 気付けばウィリアムは、僕の真横で僕の顔をまじまじと見ていた。


「な、なんだよ。一体」

「いえ、見ている場所が随分と的確でしたので、もしかして私達と同じ人間かと、思っただけです」


 君の悪い奴だった。

 なんというか……そうだ、あれだ大道芸の道化師のような。

 表情が顔に張り付いているように感じるほど、不自然だ。


「同じ人間とはなんだ」

「気になさらないでください。私の思い違いだと思いますので……まさか、知識を追い求めるもの。ではないと思いますので」


 ウィリアムの表情は話している間も、笑顔を崩さない。


「知識を追い求めるもの? それが白い教団と関係が?」

「いいえ、私達は私達ですよ」


 何が言いたいのか分からない。

 分からないが、こいつは何かを知っているのが非常に腹が立つ。

 今すぐにでも、それを吐かせたいが、こいつの目的が分からない。


「僕には興味がないな。お前達がなんだろうが、知識がどうだろうか」

「そうでしょうか? まあ、そうだとおっしゃるのであれば、そうなのでしょう」

「無駄話してないで、仕事をしろウィリアム」

「これは失礼しました」


 僕がそういうと黙って座るんだと思ったのだが、ウィリアムは1枚の紙切れを僕に手渡してきた。


「興味があれば是非。何時でもお待ちしています。貪欲な探求者様」


 紙を見れば、どこかの地図のようだ。

 僕は、内容が気になったが、これ以上こいつから何か有益な情報が聞けないような気がしたので、聞かないことにした。


「ウィリアム、ミーアのことは任せたぞ」

「お申し付けのままに。しばらくはお屋敷で私もお世話になりますので、よろしくお願いします」

「あ、ああ……」


 まあ、普通に考えればそうか……。

 人間性は問題がありそうだが、腐っても医者か。

 少し気がかりだが、僕は寝室を後にする。


「あ、あのアッシュ様」

「どうした?」

 

 扉を抜けると、エステルが目の前に立ちはだかる。


「私も、しばらくお屋敷でご厄介になってもよろしいでしょうか?」

「駄目だ、帰れ」

「ええ、どうしてですか?」

「どうしてじゃないだろう、隣国の姫さんがうちにいるって話になるんだ。危険すぎるだろ、せめて王都で身を隠せ」

「むう、どうしてそんな冷たいこと言うんですか! 私だってそうしたいですが、お金もないですし、私を匿ってくれるような知り合いもいません!」

「……ちょっと、相談させてくれ……」


 事情は分からないが、流石に本人がこの状況を一番分かっているだろう、その上で僕の屋敷に居たいと言うのだから、何かあるのだろう。

 僕は客間にエステルを残し、リナリーを探す。


「リナリー!」

「はい、お呼びですかアッシュ坊ちゃま」

「エステル様が、屋敷のほうでしばらくご厄介になりたいそうなんだが、どう思う?」

「お姉さまに相談致しましょう」

「そうしてくれ、僕は客間にいる」

「はい、少々の間、お待ち下さい」

「頼んだ」


 とりあえず、結論が出るまで僕は客まで待つ事になった。

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