第12話 謎のやつら(後編)

「ふひひ、しんじゃえぇ」

「おっさん、武器借りるぞ」


 僕は、おっさんが帯刀していたサーベルを引き抜き、向かってくる触手を切断する。


「やるねぇ。まだいっぱい遊べそうだぁ」


 また、同じように触手が向かってくるが、何かがおかしい。

 触手は僕に対して向かってきていないような気がする。


「ほらほらぁ」


 また、触手が伸びてくるが、明らかに僕の体を逸れている。

 そこで僕は確信した。


 こいつ、僕じゃなくて後ろのミーア達を狙っている。

 

「卑怯だぞ! 僕を狙え!」

「やぁだよぉ」


 執拗に後ろを狙う触手に成すすべなく踊らされる。


「ふひひ、踊れ踊れぇ」


 距離を詰めようとしても、次々と触手が生えてくるせいで、間合いに入れない。

 それどころか、後ろを狙ったものと混ぜるように僕自身を狙う触手も表れ始めた。

 これでは、自分の防御に手を回している暇はない。


「そろそろ、終わりにしてやるよぉ」


 明らかに体積に見合わない量の触手をフードから生やし。

 それらを、一斉に僕らに向けて伸ばす。


「魔力操作――全集中」


 僕は修行中に考えた技を使う。

 いつもは少量の魔力を全身に巡らせているが、巡らせる魔力の量を増加させ、身体能力を一時的に向上させるという技だ。

 実戦で試した事はないが、四の五の言っている場合ではない。

 失敗しても試すしかないのだ。

 

「こ、こいつは……」

 

 全身に行渡った魔力は、四肢だけでなく五感すらも強化したようで、向かってくる触手が全て止まって見えた。

 僕は、それらを最小限の動きで処理する。


「ど、どうなっている? 何をしたぁ!」


 先ほどまで余裕を見せていた触手野朗は、明らかに早くなった僕の速度に驚き、触手の量を更に増やすが……。


「遅い」


 伸びる触手は細切れになり、纏っていたローブごと本体を切り裂く。

 

「や、やめろぉ!」


 裂けたローブの下からは辛うじて人間の頭を残した、人型の触手の塊が現れる。


「み、みるなあああああああ」

 

 触手野朗が叫んだと同時に、僕でも捕らえられない速度で僕の脇を通り過ぎ、後ろで寝ているミーアを触手で拾上げる。


「ふひひ、さっさと石を出せ! さもないとこいつを殺すぞ!」


 触手野朗はミーアの体を触手で拘束し、そのうちの1本を首に巻きつけている。


「よくもよくもよくも、俺の姿を見たなぁ。石だ、石さえあれば」


 触手野朗の触手がミーアの首を締め付ける。

 石、石ってなんだ、そんなもの知らないが、早く何とかしないとミーアが死ぬ。

 いっそ、炭鉱ごと魔力で吹き飛ばすか?

 いや、それだと流石に助かる見込みが低すぎる。


「受け取りなさい化け物!」


 僕が考えあぐねていると、女の子が赤い宝石のついた首飾りを触手野朗に投げつけた。


「やった、石だ――」


 僕はその瞬間を見逃さなかった。

 たった1秒……いや、0.5秒あればそれで十分だ。

 ゴトっという音と共に胴体から離れた首が地面に転がる。


「あ、え?」


 続けて、胴体が倒れる。


「うそだ、いやだいやだああああ、死にたくない! 死にたくない!」


 切り離された頭が、叫び声を上げる。

 

「まだ、死んでないのか……この体……調べたら、なんか色々分かりそうだな」


 僕が胴体に近づこうとすると、突然触手が暴れだす。


「認めない……認めないよぉおおおおおお」 


 触手は、地面に転がっていた首飾りを拾上げ、それを頭の口の中へと運び込む。


「お、おい、やめ――ぐっ……」


 サーベルを構え、触手を切断しようとしたが、タイミング悪く魔力が底を尽き。

 反動で、その場に膝を付く。


「これで……俺は完全に神と同化す――――うぇ?」


 口に放り込まれた首飾りが、一瞬だけ黒い光を放つ。

 それと同時に、目の前に転がっていたはずの触手野朗の胴体と頭が跡形もなく消え、代わりに首飾りが落ちていた。

 先ほどまで赤かったはずの宝石を黒に染めて……。


「ひ、姫様! 触ってはなりませぬぞ」

「で、でも……」


 僕はサーベルを杖代わりにして何とか立ち上がると、首飾りの傍まで近づく。

 近づくだけで分かる、ものすごい魔力を首飾りは発していた。


「すごい魔力量だ……」

「どうしましょうか……」


 女の子は困った様子で、僕を見る。


「僕が拾います」

「待つのであります。貴様、どさくさに紛れて首飾りを盗もうとしているな、我輩には分かる。その卑しい考えが、今すぐ首飾りから離れるであります!」


 おっさんは、僕の動きを制止するように前に立つ。 


「どうしますか、姫様?」


 視線は女の子を真っ直ぐ見据える。

 彼女の瞳には迷いと葛藤が見て取れた、何かに迷っているようだ。


「僕は、どちらでもいいです。ただ急いでミーアを医者に見せたいだけですので」

「私が拾います」


 女の子は意を決したように、首飾りに近づき、しゃがんでそれに近づく。

 その瞬間、首飾りが女の子の接近を拒むように、黒く光り。女の子の体は数メートル吹き飛ばされた。


「ひ、姫様ぁああああああああああ」


 おっさんは、吹き飛ばされた女の子の元へと向かっていった。

 その間に僕は、首飾りに近づき、それを拾上げる。 

 とてつもない魔力があふれ出しており、それが熱となって僕に伝わる。

 この首飾りついても考えたいが、今はとにかくミーアの安全を優先しよう。


「貴様あああああ、やはり狙いは最初から、その首飾りでありましたか! 今すぐその首飾りを渡さなければ、我輩が力ずくで奪い取ってくれますぞ!」

「いや、いらないよ」

「意地でも渡さぬつもりだろうが……え……あっさり返すのでありますか」

「僕には必要ないし。それよりもおっさん、ミーアを運ぶのを手伝ってくれ」

「……貴様の頼みは聞きたくないでありますが、我輩が拒んだせいで死んだとあっては目覚めが悪いので、仕方ないから運んでやるのであります」


 おっさんは、女の子を担いだままミーアも一緒に担ぐ。

 

「おい、首飾りはいいのか?」

「姫様が目覚めるまで、貴様に任せるであります。もし無くすようなら断頭台で罪を償ってもらうであります」

「お、おう……」


 敵は消え、多くの謎が残ったままだが、とりあえず勝った。

 僕は、なんとか勝てたのだ。

 今はそれだけでいい。

 後はいつも通りの生活が戻ってくれば、それでいい。

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