第11話 謎のやつら(前編)

 さっきまでは、ただの雨と風が強いだけだと思っていたのだが、こいつはもう嵐といっても過言なかった。

 打ち付ける雨と風が僕の行く手を阻むが、修行のお陰で全身に魔力を行渡らせているので、進むのは難しくない。

 もっと身体能力が高ければ、ジャンプ1つで数メートルの移動を可能だというのだが、残念なことに僕には無理だった。


「多分、こっちかな……」


 今までいた、ミケラの村の西側は森が広がり、その先を険しい山々が聳え立っている。

 なんで、いくらなんでもそっち側を馬車が通る事は難しいと思う。

 だから、通るなら東側だ。

 東側には森とその先には平原があり、更にその先には炭鉱がある。

 その炭鉱は大昔、隣国との連絡通路として使われていたと記述されているのを書物で見た。

 だが、今はその炭鉱自体が破棄されて使われていない。


「つまりはそこだな」


 だが、確信はなかった。

 ここ最近の出来事で僕の知識はあまりにも役立たずだという事を思い知ったからだ。

 それでも、それを信じて進むしかなかった。


* * * *


 平原を抜け、更に進むとまた木々の茂る森があったが、そこを抜けると1本の馬車道が現れた。

 しかし、地面を見ても馬車が通過した後は見当たらない。

 雨で流れたか? 

 とも思ったが、それにしては、長年使われた形跡すらなかった。


「予想を外したか?」


 折角、予想通りの場所が見つかったと言うのに、馬車の跡がなくて、かなり悔しかった。

 

「まだまだ、この程度じゃ挫けない。このまま道を進もう。予想が正しければ僕の屋敷の近くを通るはずだ」


 恐らく、馬車は屋敷を経由してどこかの道に進む可能性が高いと思い始めていた。

 もっと早く気付けば、屋敷に直接向かったのだが、流石にもう遅いだろう。

 なら、この道が屋敷のほうへと繋がっていれば、途中で馬車と遭遇するか、屋敷にたどり着いて今日は出発しなかったことを確認できるはずだ……。

 考えながらも、僕は足を動かした。

 

* * * *


 進み始めてから、数分も経たないうちに遠目にカンテラの明かりが見えた。

 更にカンテラの周りには人のような魔力の光も見える。


 僕は彼らに気付かれないように、木の陰に隠れて様子を見る。

 どうやら、倒れた馬車を囲んでいる黒フードの3人の人間らしい。


 3人ともフードのせいで性別は分からないが、背丈がバラバラだ。

 何かを離しているが、雨音で掻き消されて聞こえない。


 僕は目に集中していた魔力を耳に移動させて、彼らの会話を聞こうと試みる。


「どうして馬車ごと潰した!」


 背の高い男が叫んでいる。


「し、仕方がなかったんだ。急に魔物たちが暴走して。それで……」


 中ぐらいの背丈の男が答えている。

 どうやら、2人のフードの中身は男のようだ。


「暴走しただ? 貴様それで石を失ってしまったら、我らの長年の悲願は永遠に叶わなくなるんだぞっ! 貴様まさか、天使ベルカ様への忠誠心を忘れたのか?」

「ち、違う! 本当に暴走したんだ!」

「まあいい、この件はジャッカル公爵に報告し、叱るべき処分を下してもらう」

「ふ、ふざけるな! 我らは女神ベルカの使徒だ、それをあんな貴族に裁かれなければならないのだ!」


 その瞬間、中ぐらいの男の首が飛んだ。


「黙れ! 女神ベルカ様への反逆者よ!」


 早すぎて見えなかったが、背の高い男がどうやら、何かしらの方法で首を切ったらしい。


「おい、石を探せ。まだ近くにいるはずだ」

「わかったよぉ」


 背の高い男は死体を影の中に飲み込み、一番背の低いフードの奴に命令すると暗闇へと消えていった。


「どうするか……」


 さっきから頭の中で激しく警鐘が鳴り響いている。

 絶対に関わってはいけないと。

 しかし、あの馬車に乗っていた人間が気になる。


「ええい、ここまで来たんだ。今更引き返せるか!」


 僕は背の低いフードの奴を追うことにした。



* * * *



 一体、どうやって探すのかと観察していたら、フードの奴は魔物の死体の跡を辿っていた。

 恐らく、馬車に乗っていた誰かが倒していったものだろう。

 死体の跡は、今も使われている炭鉱まで続いている。

 フードの奴は、炭鉱の中へと入っていってしまった。

 僕も迷わず、後について入る。


 よく見ると、泥の足跡が残っていることに気付く。

 人っぽい足跡が3つと、後は小鬼ゴブリンの足跡に似ている。


「不味いな、魔物もかなりの数がいる……」


 下手すれば、魔物に殺されているかもしれない……

 そんな不安が脳裏をよぎり、僕は足早にフードの奴の後をつける。


 炭鉱内はいくつかの通路が入り組んでおり、迷路のようになっている。

 炭鉱夫であれば、迷う事はないのだろうが素人が足を踏み入れれば、下手をすれば出てくる事ができない。

 つまり、逃げ込んだはいいが、そのまま出て来れない可能性がある。


「……何をしているんだ?」


 先ほどからフードの奴の動きがおかしい。

 死体の近くまで来ると、もぞもぞ動き出して死体をフードの中へと仕舞っている。

 まるで、死体を喰っているようだ。


「ま、まさかな……」


 魔物の死体を好んで喰うやつはいないが、たまに食べる事があると聞いたことはある。

 味は相当不味く、肉質も固く、臭いも最悪だという話だが、そういうのを味を好むタイプかもしれない……。


「しかし、これだけ死体が多いとどこに向かったか分からないな……」


 多分、フードの奴もどこに逃げたのか見つけられないでいるのかもしれない。

 いや、ただ単に死体を収集しているだけかもしれないが……。


「僕は僕で、探したほうがよさそうだ」


 幸い検討はついていた。

 先ほど見つけた足跡と、魔物とは違う血の跡。

 この2つがあれば、フードよりも先に逃げた彼らを見つける事が出来るかもしれない。

 

 僕はフードに感づかれないように、気配を消して移動する。


* * * *


 跡を辿ってきたのは炭鉱のかなり奥のほうだった。

 まだ、整備が終わっていないようでガスが溜まり、酸素が薄い。


「し、しっかりするのでありますぞ」

「デュークなにか布はありませんか?」

「ないでありますぞ」

「じゃあ、その着ている服を脱ぎなさい」

「わ、我輩の服をでありますか?」

「早く脱ぎなさい」

「い、いくら姫様の頼みでもそれはできないのであります」

「これはお願いではないわ、命令よ!」

「し、しかし……」


 なにやら男女の会話が聞こえてくる。

 声のするほうへと、向かっていくと通路の壁に座るようにして、言い合っている男女がいた。

 1人はかなり体格の大きい、黒いちょびひげの男だ。

 もう1人は、絢爛豪華なドレスに身を包んだ女の子だ。

 2人ともかなり位の高い貴族であるように見て取れた。


「馬車に乗ってたのはあいつらか……」


 色々と迷ったが、僕は2人に声をかける事にした。


「あ、あのー?」


 僕が声をかけると、2人は飛び上がった。


「あ、怪しい者じゃない。たまたま近くを通りかかって――」


 僕は絶句した。


「ミ、ミーア!?」


 2人の影に隠れるようにしてミーアがぐったりと倒れていた。

 よく見れば、脇腹からかなりの出血をしている。


「ど、どけ!」

 

 僕は驚く2人を押しのけて、ミーアに近寄ると、傷口をハンカチで強く押さえる。

 軽く首元を触ればかなり体温が下がっており、来ていた上着を脱ぎミーアにかける。


「おい、お前ら何があったか説明しろ」

「その――」

「い、いけませぬぞ、姫様。こやつが何者か分からない以上――」

「僕はアッシュ・ガルディア! ここガルディア領主のガイル・ガルディアの次男だ! さあ早く話せ」

「ふん、身分を証明できない以上、貴様の素性を誰が信じるのでありますか」

「私はアルゴンノーツ国王の娘、『エステリア・ルーセント・アルゴンノーツ』です。私たちは馬車で移動中、魔物に襲撃され、ここまで逃げてきました。その際にミーアさんに守っていただいたのですが、怪我をさせてしまいました。申し訳ありません」

「ひ、姫様っ! いけませぬぞ、そう身分を簡単に明かしては……」


 女の子が言っていることに嘘はない。

 僕が見てきたことと、合っている。

 少なくとも悪人ではないな。


「事情は分かった。僕はお前たちを助けに来た。だから協力してくれ」

「はい、分かりました」

「姫様! どうしてこんな奴の言葉に素直に聞くのでありますか!」

「デューク、少し冷静になりなさい。アッシュ様にそのつもりがあれば、わざわざ声をかけたりしませんわ」

「し、しかし……油断させて襲うつもりかもしれませんぞ」

「デュークの石頭!」

「失礼な、我輩の頭は石ではありませぬぞ」

「……もう、いいわ……少し黙ってなさい」


 緊張感のかけらもないな……。

 

「おい、ひげのおっさん。ちょっと傷を抑えててくれ」

「お、おっさんですと? 我輩にはちゃんとした名前が――」

「デュークっ! アッシュ様の言ったとおりにしなさい!」


 おっさんに止血を代わってもらい、その間に僕は簡易的な鎮痛薬を作る。

 ミーアに教わったものとは全然違うが、効果はそれなりあるはずだ。


「ほら、ミーア。口あけて」


 飲みやすくしたとはいえ、そのままでは飲み込めないので薬を口に入れて水筒の水で流し込む。

 

「ごほっ、ごほっ……」


 咽てしまっているが、これで少しは痛みが引くはずだ。

 傷口を見れば、もう血は止まったようで、とりあえずは安心した。


「……とりあえずは、これでできる事は全部やったな」

「ありがとうございます。アッシュ様」

「いや、礼を言うのはここを出てからだ、急がないと追っ手が――」


 ヌチャリ。

 何かが這いずるような音。


「みつけたぁ」


 水中で声を発したようなくぐもった声。

 フードの下から伸びるのは、腕ほど太い触手。

 これらは、目の前の奴が普通の人間でない事を物語る。


「……こいつは骨が折れそうだ」

 

 僕がぼやくと同時に、無数の触手が向かってきた。

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