第10話 1人の時間

 ミケラの村に来てから1週間。

 ミーアから魔力操作を教わってから、更に2週間の時間が経ち、僕はかなり焦っていた。

 残り1週間と期間が迫ってきているのもそうだが、このタイミングでミーアが仕事に出てしまったのだ。

 

* * * *


 あれは今から、2日前の話だ。

 大分、修行に慣れてきて1人で水場で魔力操作の練習をしている時だった。


「お久しぶりです。アッシュ様」

「うわっ!」


 いきなり後ろから声をかけられて驚き、後ろを振り向くと、そこにはリドリーが立っていた。


「ど、どうした。ま、まさか、僕を連れ戻しに来たのか?」

「いえ、寂しくなったのでアッシュ様に会いに来ました」

「え? 嘘だろ」

「はい、嘘です」

「いや、嘘かよ……」


 まあ、知ってたけど。


「アッシュ様、修行のほうは順調なようですね」

「いや、思うようにいってないよ。焦ってるぐらいだ」

「そうですか……いや、そうですね。まだまだです」

「リドリーもそう思うか……」

「慌てる必要はありませんよ。ここで覚えたことはお屋敷に戻っても続けられると思いますので」

「いや……まあ、そうかもしれないけどさ」


 それじゃ、遅いんだ。

 僕には1つ、試してみたい考えがある。

 そのためには、何とか期限の日までに強くならないと……。


「ところで、アッシュ様。この辺りで亜人の少女を見ませんでしたか?」


 僕はリドリーを指差した。


「その冗談は面白くありませんよ」

「いや、見た目だけなら少女と言えなくもないよ」


 リドリーは大きくため息をついた。


「……猫耳族の少女を見ませんでしたか?」

「み、見てないかな……」


 ちなみに、ミーナは牛のミルクを取りに行っている。

 なので、居場所を知られる訳にはいかない。

 一応、窃盗だから……いや、僕が怒られたくないだけでもある。


「分かりました。でしたら探すとしましょう」

「ま、待って。リドリーは何のために、その女の子を捜してるの?」

「仕事です」

「あ、はい……」


 例のあれか……ってことは近々、この辺を誰かが通るのか。


「では、アッシュ様も引き続き、修行のほう頑張って下さい。そののほうも」

「ああ、ありがと――はっ?」


 僕が驚いている間に、リドリーは一瞬で姿を消してしまった。

 

「全部、お見通しって訳ね」


 我が家のメイドながら恐ろしい。

 どこかで修行している所を見られたか、それともずっと見られていたのか。

 どちらにせよ、リドリーに隠し事は出来そうにないな。


* * * *


 などのやりとりが、2日前にあり。

 ミーアは、仕事で正式通行者の護衛に行ってしまったのでしばらく帰ってこない。

 彼女がいないと、食事とか家のメンテとか水汲みとかやってもらっていたことを全部1人でやらなければならないので修行に効率がかなり悪くなっている。

 別にさぼってもいいと思ったんだが、最低限栄養のある食事と水はないといざというときに困ってしまう。


 さらに運の悪いことに今日は大雨と強風が吹き荒れている。

 家はガタガタ揺れるし、ところどころ雨漏りもしているのでいつ崩れてもおかしくない。


「いや……食料には困らなさそうだけど、家が吹き飛びそうだ」


 自分のことも気になったが、もっと気がかりなのはミーアだ。

 確か、今日がその護衛の任務のはずだが、この天候だ……大丈夫だろうか?


「荷馬車が一台とか言ってけど……」


 もしかしたら、明日とかに変更してるかもしれないしな。

 

「ううん……変な考えは止そう。そもそも僕は国境を抜ける抜け道を知らない訳だし、行ってなにになると言うのだ」


 別に口に出さなくてもいい筈なのに、言葉にしないと自分の中の不安が膨らみ続けて怖い。

 こんなにも誰かの事が気になるのも産まれて始めてだ。

 

 いや、屋敷にいない母や父、兄のこともきになると言えば気になるのだが、不安になるほどではない。

 ミーアは、何だろう……その。


「近親感を感じているからだろうか……」


 どうにも気になる。

 大した期間の付き合いでもないのだがな……これはもしかしてあれか?

 

 つり橋効果って奴か?


 いやいや、まさか。

 この僕が、たかが衣食住を共にしただけで……


 不意にキスされたときのことを思い出す。


「……いや、違う違う。ミーアとは惚れた腫れたの関係じゃない。否、断じて違う……いや、もしかしたら向こうは好意を持っているのか?」


 よく考えろ、もしかしたらからかわれているだけの可能性も十分ある。

 

「待てよ。仮に出発が中止。あるいは延期したとしたら……なぜミーアは帰ってこないんだ?」


 駄目だ、駄目だ。

 考えるのをやめろ。

 良くない、良くない。


「……少し早いが寝るか? いや、時間的にはまだ昼時のはずだ……」


 僕はぶつぶつ言いながら、料理の準備を始める。

 火を起こし、木の枝に刺したキノコを適当に焼く。


 食べる。

 焼く。

 食べる。

 焼く。


「ああああああああああああああああああああああああ」


 つまらん、食事がこんなにもつまらないなんて。

 味とかどうでもいいわ。

 会話だ、話相手だ。

 

 僕は、おかしくなってしまったのかしれない。

 いや、おかしくなった。

 そう断言できる、過去生きてきて、会話を交わさないことなんて日常茶飯事だ。

 わざわざ、リナリーに言って人払いをしてもらって1日中、食事もせず書物を読み漁っていた事なんてあった。

 

 だから1人でいることなんて別に問題なかったのだが……


「やっぱ、行こう。行ってなんもなければ帰ってくれば言いだけの話だ」


 僕は立ち上がり、ガタガタ音をたてている扉を開ける。

 目の前は激しい雨で視界が悪いが……

 

「この程度なら問題ないな」


 僕は目に魔力を集中させる。

 

「大分慣れてきたな」


 どうやらこの世界にある、生き物はすべて微量の魔力を発しており、さらに、人が作り出したものにも魔力が宿っているらしいので、こうやって目に魔力を集中させると、大体のものは大雨の中でも見る事ができる。

 

 そして僕は意を決して雨の中へ飛び込んだ。

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