第9話 強くなるための鍵
昨日、諸々が合ったはずの今日の朝は、まるで何事もなかったかのようにやってきた。
「おはよ」
「お、おはよう」
僕より先に起きていた、ミーアは別段変わった様子もなく、シチューを温めていた。
昨日のことを思い出して、なんと声をかけようか悩んでいた僕が馬鹿みたいだ。
「さて、今日も木を加工して家具を作ろうと思ってるから、ミーアも手伝ってくれ」
「うん、いいよ」
* * * *
しばらく時間をかけて、オリジナリティ溢れる、木の椅子や机を2人で作り、森に食材を探しに行く。
ついでに水浴びをして、服を洗い、ミーアが編んでくれた麻の服を身にまとう。
見た目の割りに、温かく軽いので着心地はそんなに悪くなかった。
聞けば、空いた時間は麻の服を作ったり、家で使っている干草を作ったりと時間を潰しているらしい。
ちなみに、なんでそんなことをしているのか聞いたら、家でじっとしているのは苦手だからだそうだ。
その辺は、なんというか、野性味が溢れている。
「そういえば、牛はいいの?」
「ああ、完全に忘れてたわ……」
昨日の出来事で朝から頭がいっぱいだったこともあってか、すっかり忘れてしまっていた。
まあ、そんなに急ぐ事もないし、別にいいか……
「別にいいよ。のんびりしよう」
「うん」
そういや、僕は1ヶ月で屋敷に帰るんだよな。
ミーアのお陰で生活は安定したが、それで本当に修行になるのか?
「なあ」
「なに?」
「ミーアって強いよな」
「それなりには」
「そしたらさ、ちょっと手合わせしてほしいんだけどいいかな?」
「……戦うの?」
「いや、軽くでいい。僕が飛び掛るから、適当にかわして」
「それは別に行けど……」
僕とミーアは、平らなスペースで向き合う。
ミーアの戦闘能力は、かなり高いと思うのだが、それでも総合能力としては僕もそれなりにある自信がある。
「行くよ」
「いいよ」
とりあえず、ミーアに向けて走り出す。
「反撃していいんでしょ?」
「ああ、いいよ」
僕の走りながら、拾った適当な石を掴み、投げる。
「――ッ?」
当然、投擲した石など、当たるはずもないのだが、僕の目的は別だ。
回避のために逸らした視線と逆側から、脇に目掛け蹴り込む。
「当たんない」
しかし、いとも簡単にかわされる。
「結構、深めに蹴ったつもりだったんだけどな」
次は、左拳、次は右蹴り、次は右拳……何度か強打を繰り返すが、ミーアに容易く受けられる。
「つよすぎだろ……」
僕の得意は剣術だが、それなりに格闘術の心得もある。
それも、しっかりと小さい頃からちゃんとした先生に教えてもらったものだ。
つまり……。
「もう終わり?」
僕は、一度。ミーアから距離を取る。
つまり、その辺の人間なんかじゃ、彼女の相手にすらならないという事だ。
「魔物退治してたっても本当みたいだな」
「疑ってたの?」
「いや、疑ってた訳じゃない……が」
風の陣を地面に描く。
丸と記号、後は吹き荒れる風の絵を……。
「ちょっと、本気だすぞ」
「ま、まって!」
「待てない!
陣に魔力を流し込み、陣の上に乗ると同時に僕の体はミーアに向けて高速で打ち出される。
大人気ないが、出来る限り僕は負けたくない。
「ご、ごめん」
あれ。
一瞬、ミーアの声が聞こえと思った瞬間、僕の体は地面にバウンドしていた。
この光景、どっかで見たな……。
* * * *
「気がついた?」
目を覚ませば、そこはあのボロ家。
僕は、干草の上で寝かされていた。
ふと見渡せば、乾かしていた服も、集めた食料も全部運び終えており、僕が気絶したせいでミーアに迷惑をかけた事はあきらかだ。
「……す、すみませんでした」
頭を下げながら、謝罪する。
「いいよ。私も手加減できなかった」
「いや、手加減しなくていいよ」
「手加減しないと一瞬で終わるよ?」
目が本気だった。
というか、彼女とは僕が思っていた以上の差があったようだ。
流石、僕の倍生きているだけはある。
背は僕と変わらないくせに……。
まあ、いいや、これで課題は見えたな。
ずばり、実戦経験だ。
これは兄との戦いにも感じたことだ、僕は弱い。
が、弱いなら弱いなりに出来る戦い方があるはずなのだが、僕にはそれすらない。
別に、戦いは一撃で格好良く決める必要もない。
地べたに這いつくばっても負けを認めなきゃ負けない……ま、まあ、僕は気を失って、いつも負けてるけど……。
だが、今回はすぐに目覚めたぞ、つまり僕も成長している。
「よし、ミーア」
「なに?」
「僕に戦い方を教えてくれ」
「無理」
「ありが……って、ええ。なぜだ?」
「だって、教えられないから。私の戦い方はただ相手を感じてるだけ、その動き、呼吸、視線……本人も気付かない魔力の流れ……でも、それは人間である、アッシュには出来ない」
「いや、頑張れば出来るんじゃない?」
「多分無理、私がそれを出来てるのは、この耳のお陰だから」
そういって、ミーアは自分の耳を指差す。
ピョコ、ピョコと動いて可愛い。
「……あんまり見ないで」
「あ、はい」
「だから、無理……でも……」
「でも?」
「もしかしたら、近いことが出来るかも?」
「どうやって?」
「……目を閉じて」
「おう」
しばらく、待っていると段々と顔の前に熱を感じる。
ほんのり伝わってくる熱、とても弱いが温かい。
「感じる?」
ミーアが耳元で囁くから、少しむず痒い。
「……少し温かい」
「目を開けていいよ」
目を開けると顔の前にミーアの手のひらがあった。
どうやら、熱は手のひらから出ているようだ。
「なにこれ?」
「ま、魔力……って言えばいいのかな。体の魔力を手のひらに集めてる」
「魔力?」
「知らない?」
「あ、ああ」
「魔術使うとき、魔力使わないの?」
「うーん、分からない」
そもそも魔術の仕組みは誰にも分かっていない。
決まった円に決まった記号を描くことで発動する……それだけだ。
正しい絵さえ、覚えていれば、誰でも使える。
時々、魔術を使えない人間も存在すらしいので、その魔力というのがどこかで関係しているのかもしれない。
「そもそも魔力とは?」
「分からない、生き物が持ってる生命力……みたいな?」
「ほう……じゃあ、僕も出来るのか」
「やってみて。心臓から、血管を通して手のひらに、意識を集中して」
ミーアに言われた通りにやってみる。
「お、温かくなってない?」
「……ほんと? あ、温かい……もう、出来るなんて。やったことあるの?」
「い、いや、初めて。未経験」
想像以上に簡単に出来て拍子抜けしたのもそうだが、ミーアがかなり驚いていることに驚いた。
「で、これが……強くなるための方法か?」
「う、うん。同じような感覚で、耳とか目とか……やってみて?」
また、同じ感覚で、今度は目に意識を集中してみる。
「……って」
手のひらとは違い、集中すると同時に強烈な痛みを目から感じた。
「ごめん、ちょっと待って」
「え?」
ミーアが、水筒から手に水をかけて僕の目を撫でる。
「動かないで」
目から頬へと手を動かし、最後に顎まで来ると手で何かをふき取ったような感じがした。
「もう大丈夫」
「ああ、どうした?」
「目から血が出てた。多分、慣れてないからだと思う。ごめんなさい、そこまで考えてなかった……」
「気にするな、僕が頼んで教えてもらった事だ。それに、慣れれば出来るんだろ?」
「うん。私もたまにやってる」
「今も?」
「やるね」
するとミーアの青い瞳が赤くなっていく。
「おお、痛くない?」
「うん」
「目が赤くなるんだな」
「うん……やり続けるとずっと目が赤くなる」
「気をつけないとな」
「うん、だから使いこなして」
「いきなりハードルが高いな……まあ、必殺技みたいで格好いいから頑張るか」
「必殺技?」
「あ、えーと……気にしないでくれ」
「……分かった」
こうして僕は、新しい知識として『魔力操作』を知る事が出来た。
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