第7話 自由とは
「おはよう……」
強烈な背中の痛みで目を覚ますと目の前には、青い目が真っ赤になるほどに赤く腫らした可愛い女の子がいた。
「よがっだぁ……」
ミーアがいきなり、抱きついてきたので思わず制止する。
「やめろぉ、まだ痛いんだぁ」
「……ご、ごめんなさい」
ここは、どうやらボロ家の中らしい。
隙間から見える外の様子から見るに、すっかりと日が暮れてしまったようだ。
「いてて」
体を起こそうとするが、背中の痛みが尋常じゃない。
「ま、まだ動かないほうがいい」
「そ、そうみたいだ……」
骨に異常があるかどうかが分からないので無理するわけにもいかなかった。
「ミーア、なんか長い布ないか?」
ある訳ないと思いつつも聞いてみると、とんでもない答えが返ってくる。
「私の服使って」
そう言って、ミーアはいきなり服を脱ぎだす。
「ちょ、ちょっと待て早まるな!」
僕が制止するのにも構わず、ミーアはボロの麻の服、その下の肌着、更には下着まで脱ぎだそうとするので、なんとか止める。
「た、頼むから落ち着いてくれ……正直、あんまり話したくもない――」
「ごめんなさい……」
またボロボロと泣き出す彼女。
「いや、違うからね! 話もしたくないぐらい痛いってはなしだからね! いってぇ……」
ミーアは泣きながら、あたふたしている。
とりあえず、これ以上彼女を刺激するわけにもいかないので黙る事にした。
いやーしかし、また死ぬかと思ったな。
もしかして、死相でてない?
こんな、短期間で2回も死にかけるなんて普通じゃありえないだろう。
「ごめんなさい……」
大分、落ち着いてきたのか泣き止んだミーアが何度も謝罪の言葉を口にする。
「いいよ、僕も悪戯したからさ。それよりも魔術が使えること隠しててごめんね」
「ううん。悪いの私。アッシュ悪くない。魔術の事も私が嫌いなだけなのに、アッシュに……私、とんでもない事した……」
「いや、いいって大丈夫だから」
これ以上はなし続けると、また泣き出しそうだったのでなんとか制止する。
そもそも、悪いのは全面的に僕だ。
あんなに、戦争の話を見ていたのに、完全に配慮が足りていなかった……。
過去に人間は彼女たちのような猫耳族を含む、亜人達を根絶やしにしようとしていた。
それは、何故か。
彼ら亜人には人間が知らない、多くの技術を持っていたからだ。
その技術を恐れた人間は、彼らが人間より優位に立つことを恐れた。
だから、殺したのだ。
根絶やしにするほどの勢いで――。
書物には、エルフや犬獣族などが人間に争いをしかけたことになっているが、僕はそうは考えていない。
人間は、どうも技術を独占したがるくせに、技術を独占されることを心底嫌う。
だから、彼ら亜人の持つ技術を欲したはずなのだ。
この頃から、魔族と呼ばれる魔王の息のかかった種族が活発に動き始めていることが記録されている。
それに合わせて人間たちも積極的に材料の運搬量を増やしていることも一緒に書かれていた。
つまり、魔族の対抗手段を亜人たちの持つ技術に見出したはずだ。
恐らくは武器や防具、もしくは移動手段。
なんにせよ、人間は亜人に技術提供を求め、失敗した。
故に、滅ぼそうとした……というのが僕の持論だ。
なお、人間がこの時、用いた方法が、亜人達がそれぞれ住処としていた場所に、魔方陣を描き、焼き尽くした。
魔方陣は一度使うと消失するが、複数の術者が描き続ける限り、永遠に炎を吐き続ける。
今考えても恐ろしい方法だ。
しかし、魔術のお陰で魔王にも勝ったので、完全に悪ともいえない。
それに、もしかしたら本当に亜人たちの侵略に会っていた可能性もあるが……
まあ、当時の事を話せる人はもうこの世に残ってないし、真実は常に闇の中。
だから、もしかしたら彼女は何かを知っているのかもしれない。
けど、いくら僕が好奇心旺盛な人間だとしても、それを直接彼女に聞くことは流石に無理だ。
そのうち、話してくれるのを待つか。
なんか、最近、待ってばっかだな。
待ち続けるには、人間の寿命は短すぎる気もする。
「生きてる?」
「まだ、生きてるよ。色々考え事してて」
「そうなの。何を考えてた?」
「話すの辛いって言ってる人間にする質問じゃねえな」
「ご、ごめんなさい……」
「ああ、いや。いいよ」
また、泣かれるのも嫌だしな……。
何を話すか……。
「ミーアは、この世界についてどう思ってる?」
「どうって?」
「うーん、本当に平和なの、とか思っている以上に生き辛いとか、案外狭いなとか」
「……分かんない。生きるので精一杯で、今まで考えた事もない。産まれて、食べて寝て、大きくなって大人と同じことして、誰かと番になって、子供を産んで、私が経験したことと同じ事を教える……その生き方に考えるなんてことは含まれてなかったから」
まあ、そうだろうな。
人間だって、やってることはそんなに変わらない。
まあ、やりたい事を選べるって点ではまだ、救いがあるか……
いや、やりたい事をしている人間なんて、本当にいるのか?
「でも、今のミーアはその流れから外れてる訳だけど、そこはどう思ってるの?」
僕の問いにミーアは俯いてしまった。
質問が地雷を踏み抜いたか……
なんか、話題を変えなければ。
「……私の親は、魔術士に殺された。遠い北にある暗い森で私たちの一族はひっそりと暮らしていた。でもある日、黒教を名乗る黒いローブの男がやってきて、私たちを殺した」
ミーアは俯いたまま、話を続ける。
「その男は、何かを探してた。けど私たちはそれを知らなかった。そしたら急に炎の壁が迫ってきて。それで……」
「ミーア、ごめん。聞いた僕が馬鹿だった。もう話さなくていいよ」
「……違う、私が話したい」
「無理しなくていいから」
「うん、大丈夫……それで炎が消えた後、私だけが生き残ってた。父さんがまだ小さい私を抱きしめてた、だから私だけ炎に焼かれなかった。最初は復讐しようとして、黒教っていうものを探したけど、見つからなかった。それからはひたすら生きるために、色々な事をやってた。幸い、私は強かったから、暴れる動物やたまに出る魔物を倒してた。そんな時、出会ったのがエルフのメイドさんだった」
多分、リドリーだな。
「後は、ずっとここで雑用をしてる」
「ってか、ミーアっていくつなの?」
「人で言うなら、14歳」
「嘘だろ……年上か……」
見た目はどう見ても同い年なんだが……エルフは人間の何倍も生きるし、もしや猫耳族もかなり長寿なのではないか。
「さっきの話、続けてもいい?」
「ああ」
「だから、私はこの世界がどうなのか、なんて考えてる必要がない。死ぬまで仕事をして、私の一生は終わる。もう復讐なんてもの考えてない。復讐したからって私の気持ちは晴れないし、死んだ一族も嬉しくないと思う」
「例えば、それってさ。この場所から離れて自由になれたら、なんか変わる?」
僕の言葉に、ミーアは顔を上げた。
一瞬だけ、僕のほうを見て、また直ぐに顔を下げる。
「分かんない。自由っていうものがなんなのか分からない」
「……自由ってのは、自分はしたい事をできるってことだ」
「したいこと?」
「ああ、そうだ。何でもいい、豪華な家に住みたいでも、おいしいものを沢山食べたいでも、強くなりたいでも、お金もちになりたいでもなんでもいい」
「アッシュは、何をしたいの?」
「僕は、知らない事をなくしたい。自分が生まれた意味を世界に残したい。だからこの大陸中を見て回りたいんだ」
「それが、アッシュの自由なの?」
「自由……というか、自由になれたらやりたい事だな」
「アッシュも自由じゃないの?」
「まあ……ミーアみたいな立場の人に比べれば、自由かもしれないけど。僕は僕で家のこととか色々あるからね。今まで1人でいることなんてなかったし……今、こうして1人で何でもしていい状況って結構、珍しいんだよね。だからついつい浮かれて色々、やらかしたりしたけど……」
「そう、なんだ……貴族の人は、お金持ちだし、何でも出来るんだと思ってた」
まあ、当主だったら自由かもしれないけど、僕のような子供はね。
その辺の説明は、しなくてもいいだろ。
「……ごめんなさい、きっと今も1人のほうがよかったよね」
ちょっと涙声が混ざり始めた。
「いや、まあ。最初は1人のほうが自分のペースで色々出来るって思ってたんだ、けど違ったんだよね。1人で出来ることは、2人でも出来るんだけど。2人で出来ることは、1人じゃできなかったんだよ。僕は、生まれたときは病弱でいつも書物ばかり読んでた、だから人一倍知識はあるつもりだったし、ちょっと成長して体も鍛え始めてたから、肉体的にも大体のことはできると思っていた。でも、実際は書物で読んだ知識を生かす場所はどこにもないし、木を1本切るのすら、自分じゃできなかった」
僕は、痛みを堪えながらも大きく息を吸う。
「でも、ミーアに教わって、木も切れたし、食べれるものも知る事ができた。綺麗な水場も見れたし、変な鳥も知れた。1人じゃ駄目なんだよ、誰かと出会って共有して、初めて知識は役に立つ。だから僕は、この世界の色んな場所を巡り歩いて、交流して、その知識を世界中の人に共有できる。そんな世界が作りたいと思い始めてる。うん、僕のやりたいことは変わった」
僕は、興奮のあまり痛みを忘れ起き上がり、座り俯くミーアのもとまで移動する。
「ミーア」
彼女の手をとる。
突然のことにミーアは顔を上げて、僕を見つめる。
「ミーアのお陰で、僕のやりたい事が具体的になった。僕はずっと、この世界の真理を知りたいと思っていたけど、それは違った僕はいろんな人がもつ知識を思いを考えを広めて共有したい。みんな違う考えを持っている事を受け入れられる、それが当たり前の世界を僕は作りたい! ミーア、君がもしも、僕の考えに共感できるなら、是非協力して欲しい。どうだろうか?」
やべえ、興奮してしゃべりすぎたし、背中がくっそ痛い。
けど、割とかっこよく決まった気がするし、ここで倒れるわけには……
「……私が」
「私が?」
「私が、もしも自由になれる時がきたら。その時は考える」
「おっけー。やく……そ、く……だ……」
自分の言いたいことを言い切ると満足したのか、全身から力が抜ける。
そのまま起き上がれなくなり、僕は目を閉じ、眠ることにした。
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