第5話 果ての村の正体
ミーアに連れられ着いたのは、先ほどとさほど変わらないボロ家。
ただ、壁と屋根はいくらかしっかりしているように見える。
「ジゼ爺さん、新入りをつれてきた」
ミーアは扉を静かに叩きながら、声をかける。
すると中から返事があり、ミーアは扉を開け、僕も一緒に中に入れてもらう。
「おう、ミーア。今日も相変わらずボロボロじゃな、気にならないのか?」
「仕事のためなら問題なし。それより、ジゼ爺さん腰はもう大丈夫?」
「ああ、白教の連中は信用できないが、この神秘の薬ってやつの効き目は十分だ……っと話がそれたな、そいつが新入り……?」
ジゼ爺さんは、足腰が悪いようでつっかえながら安楽椅子に座り、僕を見る。
しかし、どうも様子がおかしい、やけに震えているように見える。
「ま、まさか、その黒い瞳と茶色の髪、そしてその服装……間違いない、アッシュ・ガルディア様か!」
「え、いや、僕は……」
「いや、いいんです。大体の事情は聞いております。しかし、そうか……もうアッシュ様が来る時期なのですね」
「僕が来る時期? それってどういうことなんだ」
「はい、順を追って説明します」
ジゼ爺さんは、ゆっくりと話始めた。
「まず、私の名前は『ジゼ爺さん』と言います。これは偽名で本当の名前はとおの昔に捨てました。この村にいるものの殆どがそうです。皆本当の名前を捨てたものばかりです。この村はアッシュ様のお父様である、ガイル・ガルディア様がお作りになりました。国境沿いにある、この村を抜ける者に審判を下す最後の村。それがこの『ミケラ村』です」
「ミケラ村……か、聞いたことないな」
「それもそうでしょう、意図的に誰にも知られないようにされている村ですから」
「そうか……それでこの村と僕とどんな関係が?」
「お待ち下さい、その前にこの村について更に詳しくお話します。ただ、この先の話を聞いても感情を抑えていただけることをお約束下さい」
「……分かった」
父が作ったと聞いたときから、嫌な汗が噴出していた。
なんとなく、想像がつく。
僕が知らない暗い部分が、きっと今から説明されることなんだろう。
なら、僕には知る権利があるし、知らなきゃいけないと思った。
「この村は、国境を越えるために必ず立ち寄る場所であると同時に、この村を抜けようとする者の選別をする場所です」
「選別? 一体、誰を」
「人です。事前に許可なく村を通過しようとするものを殺します」
「つまりここが情報の流出を妨げる最後の砦……ってことか?」
「その通りです。流石、アッシュ様」
なるほど、これが強固な警備網の正体か。
恐らく、国境を越えるためには別に道があるんだろうな。
この深い森の中のどこかに。
「我々は、全員元
「強制はされてないといいたいのか?」
「そうです」
「ミーアもか?」
「……ミーアは、まだです。まだ現実を知りません」
「違う! 私も仕事できる」
ジゼ爺さんの言葉に過剰な反応を示すミーア。
それだけでも色々と察してしまう。
「まあ、事情は分かった。それで僕が来た理由のほうも教えてくれるのかな?」
「アッシュ様が、ここに来られたと言う事は……もうじきガイル様がお亡くなりなられる日が近いということになります」
え、父が死ぬ?
「それはどういうこと?」
「詳しくは私も聞かされていません。が代々ガルディアの人間は自分の死期を悟ると、我が子をここに連れてきていたそうです」
そしたら、おかしな話になるぞ。
僕は父に連れられてきたのではなく、自分の意思でこの場所にいる。
もしかし、たまたま、そういう流れになっただけなのか?
切っ掛けといえば兄が来た事だが、兄は定期的に屋敷に来ることはあった。
だから、それが関係しているとは断言できない。
やはり、ただの偶然か?
「事情は分かった。ただ、今回は偶然、この場所に着ただけだ。父上は関係ない」
「そうでしたか……分かりました。とりあえずは、いつも通りにしていることにします」
「ああ、すまないけど、そうしてくれ」
「でしたら、今回はどのような用事でこんな辺鄙な所まで?」
「メイドのリドリーに修行として連れてこられた」
「なるほど、リドリー様にですか」
「リドリーを知っているのか?」
「はい、リドリー様は我々の村だけでなく、領地内全てを統括管理しているお方です。知らないわけがありません」
「なるほどな……」
リドリーの姿をあまり見かけないのは屋敷にいない時間が多いからか。
そうであれば、なぜ僕が会いたいと思ったときにすぐ会えたんだ……。
「とりあえず話したいことは全部話したか? 終わったなら僕は木材の採取に行きたいんだが」
「ああ、そうでしたね。修行のためにいらしたんですよね。でしたらミーアを連れて行ってください。一応、訓練は終えてますので最低限の生活をする能力はありますので、必ずアッシュ様のお役に立つと思います」
「ま、待ってくれ。出来れば1人でやりたいんだが?」
そこでミーアが小さく笑う。
「私。ずっと見てたけど、あんなんじゃ木。一生切れない」
「ずっと見てた? いつからだ」
「馬車で来たとこから、ずっと見てた。けど、斧も使えないんじゃ、すぐ死ぬ」
からかうための冗談かと思ったが、本当にずっと見ていたようだな。
全然、気付かなかった……つまり、ミーアと同程度の力量を持つ、人間が僕を殺そうと思えば簡単に殺せるという訳か。
それは、非常に困るな。
「それじゃあ、ミーアを借りるぞ」
「はい、よろしくお願いします。少し性格は悪いですが元は素直でいい子ですので……どうか、よろしくお願いします」
「ってか、何にも言わないけど。ミーアはいいのか?」
「私は、ジゼ爺さんに育てられた。親がそういうなら従うだけ……他意はない」
「ははっ、照れてるだけですよ。よかったなミーア、友達が出来て」
「て、照れてないっ! ジゼ爺さんなんて嫌い! いくよアッシュ!」
と、なぜか強引に腕を引かれて、ジゼ爺さんの家を飛び出す。
「ちょ、ちょっと待て。まだ聞きたいことが……」
「無駄」
「え?」
僕はミーアの言葉の意味をすぐに思い知る事となる。
今出てきたはずの扉を開けると、そこには何もないボロ家の内装だけがあった。ジゼ爺さんも、安楽椅子も人の温もりを感じる空間が丸ごと消えていた。
まるで、さっきのやり取りが幻だったかのように……
「私たちは、魔法で姿を消す。普通の人間には見つからない」
「ま、魔法? 魔術じゃなくて?」
「魔術とは違う。魔法は本物奇跡。女神が私たちのような、正しい者に与えて下さった奇跡」
魔法……そんなものの存在は聞いたこともない。
だが、そうなると先ほどの現象の答えが見つからないことになってしまう。
魔術か?
いや、魔術ならどこかに魔術陣があるはずだ。
めちゃくちゃ気になる。
「な、なあ、ミーア。僕に魔法を教えてくれないか?」
「無理」
「ええ、なんでだよ」
「私は魔法、使えない」
「え?」
「ここの魔法は全部、ジゼ爺さんの力」
「ええ? あの爺さん魔法が使えるのか」
「うん、ジゼ爺さんは元々はエルフ。魔法はエルフにしか使えない」
「エ、エルフ!? あの爺さんが? ってか、魔法は私たちのような正しい者に与えられるんじゃなかったのか?」
「……うるさい、素質はあるってジゼ爺さんが言ってた。だからいつか使える……はず」
「あー、はいはい」
ミーアの話は、半分冗談だと思って聞くことにしよう。
ってか、あの爺さんがエルフね……そういや、エルフの男性って初めて出会ったな。
やっぱ、もっと話したかったな……そもそも、こいつが――。
ふと、ミーアを見る。
不思議と笑顔で隣で歩いていた。
僕はジゼ爺さんに言われた言葉を思い出す。
『元は素直でいい子ですので……どうか、よろしくお願いします。』
『よかったなミーア。友達が出来て』
まあ、いいか。
そんな難しく考えなくても、いつかまた知る機会はくる。
今回のように思わぬ形で、だからやっぱり自由に生きたい。
これがその一歩になるといいのだけど……。
「アッシュ、早く木を切る。近く雨が降るかも」
「嘘だろ……」
幸先は悪いけどな。
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