第4話 猫耳の少女

 さっき意地でもやり遂げると心に決めた所なのだが、早速心が折れそうな問題に直面した。

 

 木が切れない。

 渡された斧を持って村の周りにある木を切ろうと斧を振り回したのだが、中々切れない。

 ある程度、木の表面に傷は付くのだが……

 一体、こんな小さな斧でこんな太い木をどうやって切るんだ。

 

 いくらやっても疲れるだけだと気付いたので、次に食料の確保のために森に入る。

 草や木の実、キノコなど食べれそうなもののいくつかは目処がついていたのでそれらを探すのだが見つからない。

 どれもこれも書物で読んだものとは一致せず、もはや未知の領域だった。

 

「大丈夫かこれ……」


 やっと食べれそうなものを見つけたと思えば、明らかに危ない見た目をしたキノコだったり。

 ちょっとかじるとしびれる木の実だったり、見つかるのは安全に食べらなさそうなものばかりだ。


「あとは、これか……」


 紫色の木の実、鳥がかじったあとがあるので、なんとか食べれそうだ。

 お腹は膨れないが、ないよりかましだった。

 後は見つけたもののいくつかを煮たり焼いたりしてみるしかない。

 

 採った食料を持って家に戻ると、先客がいた。

 猫耳の生えた、亜人族の少女がふさぎ込むようにしてしゃがんでいる。

 髪も服も埃と汚れでまみれ、麻の服はあちこち継ぎ接ぎだらけだ。

 おまけに靴を履いていない、よほど理由がない限り、裸足で生活しているってことはないだろう。

 辺りに靴らしきものもないことを確認しながら、警戒されないように近づく。


「誰っ!?」


 少女は僕が家に入る前に、こちらの存在に気付き顔を上げた。

 どうやら猫耳族だけあって、かなり気配に敏感らしい。


「怪しい者じゃないよ。僕の名前はア……アッシュ」


 一瞬、偽名も考えたが僕の事を知っている人間なんていないだろうと思い、やめた。


「アッシュ……? ここで何してる?」


 かなり警戒されているようだが、話が通じない訳じゃなさそうだ。


「うーん、ちょっとした事情でここで暮らすように言われたんだけど……」

「ここで? ここは私の家。暮らすなら別の場所にして」

 

 やっぱりそうだよな。

 先住民が居るなんて、考えてもなかった。

 そもそも、選んだのはリドリーだが彼女は知っていたのか?

 知っていたとしたら、かなり性格が悪いぞ。

 

「とりあえず、名前を聞いていいかな?」


 彼女は口を閉ざしてしまった。

 これは困った、家の修繕もしたいし、周囲の探索もしなければならない。

 もしかしたら他に住人が居て、もっと大きな揉め事に発展する可能性もある。

 先にこの村の事情を調べることが必要だ。


「えーと……その、勝手に入ったことは謝るよ。ごめん」

「……ミーア」

「う、え?」


 突然の事に驚いてしまったが、まさかすんなりと名前を教えてもらえるとは。

 しかし、引き続き警戒しているように感じる。

 先ほどの村の事情の件を考えても、まず彼女と仲良くなることは優先事項のような気がした。

 おっと。彼女ではなく、ミーアか……呼び捨てでもいいのか?


「あのー、ミーアさん」

「ミーアでいいよ」

 

 さて、ここからなんと話をするかだ。

 相手は、汚れた服装をしているが女の子である。

 貴族の男子たるもの、女の子には優しく接するというのは常識であるが……


 残念な事に、僕は今まで女の子という生物と会話すらしたことはない。

 幾度か、お茶会や誕生日会というもに招かれていった覚えはあるが、僕は誰かと積極的に話そうとしない性格だし。

 そもそも、それらのメインは僕ではなく兄だ。

 みんな兄と仲良くなろうと必死だったことはよく覚えている。

 なんだか、涙が出そうだ……


 そもそも、女の子の気を引く話題とはなんだ。

 花か、服か、宝石か、食事か、勉強か。


 恐らくどれも、ミーアとは縁が遠いもののような気がする。

 では、外見か……


 猫耳族の特徴とも言える猫耳は、今は元気なく倒れてしまっている。

 顔はどうだ……ふむ、良し悪しは僕には分からないが、多少ほっそりとしているが、顎周りとか、鼻とか綺麗だと思う。

 瞳も二重でぱっちりとしている、水晶のような青い瞳と、少し薄い桃色の髪はいい塩梅で映えている。

 しっかりと身だしなみや、髪の長さを整えれば、相当可愛いと僕は思う。


 外見だな。

 無難に外見が可愛い事を褒めよう。

 父の書斎にあった本にも、まず女性は外見や身だしなみを最大限、嫌味なく褒めろと書いてあった。


「ところで、ミーアはとっても可愛い外見をしてると思うんだけど、他の猫耳族もそうなの?」

「かっ、可愛い? 私が?」

「うん、綺麗な青い目も、その桃色の花のような色の髪色も、ほっそりとした顔立ちも、小さくて可愛らしい口も……すっごく可愛いよ」


 半ばやけくそだった。

 僕も人を褒める事なんて今まで1度、2度くらいしかない。

 恥ずかしくないわけがないのだ。顔から火が出そうとはまさにこのことかと初めて実感した。


「べ、別にそんなに可愛くないし……で、でもありがと」


 ミーアは顔を真っ赤にして、顔を逸らした。

 どれぐらいの効き目があったのか不明だが、ダメージが0というわけでもなさそうだ。


「でも、僕も運が良かったよ。まさか何もないかと思ってた場所で、掘り出し物の宝石と出会えたのだから。もういつ死んでもいいな」


 僕は出来る限り大げさに、畳み掛ける。

 これはもう戦いだ、ミーアの心の壁と、僕の羞恥心との。

 気を抜けば、一瞬で再起不能になってしまうほどの激しい戦いだ。

 が、兄との戦いを終えたばかりの僕に、怖いものなどない。


「そんなこと言われたの初めて……もしかして、アッシュは私のことが好き?」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の思考は完全に固まった。

 そうか、女の子を褒めるって、そういうことなのか。

 今、完全に理解した。

 それと同時に、ミーアの純粋さに完全に敗北した。


「す……」


 後には引けない。

 言うしかない……しかし、純粋なミーアを騙すことになる。

 無理なのだ、嘘でも亜人族に恋をしてはいけない。

 種族の壁はとてつもなく高い、しかも僕は貴族の息子だ、嘘でも愛を囁いてもいけない。いけないと分かっていた筈なのに……

 女の子を褒める事の危険を僕は、全然分かっていなかった。

 僕には、嘘でも好きなんて言えない。


「ご、ごめん……す、好きではないんだ。ただ。か、可愛いなって……」


 ああ、今すぐ死のう。

 僕は、最低な人間だ。

 無知を理由に、1人の女の子の心を傷つけてしまった。

 

「ふふっ、冗談」


 ミーアの言葉に、心臓が止まった。

 じょ、冗談? 冗談ってなんだ?

 

「じょう……だん……なの?」

「うん、あんまりに顔真っ赤にして必死だったから、少しからかっただけ。可愛いって言われるだけで心を許す人なんていない」


 つまり僕の戦いは、最初から敗北していたのか。

 ミーアのほうが、何枚も上手で、最初から勝負にすらなっていなかった。

 ショックだ。


「で、でも……褒めてくれたことは嬉しかった……これは冗談じゃない」

「そ、そうか。ヨロコンデクレタナラヨカッタ……」


 まあ、当初のミーアと打ちけるって部分は達成できたから僕の勝ちか?

 そう思う事にしよう。


「で、アッシュは誰にここに案内されたの? 見た所、かなりお金持ちだと思うけど」

「ああ、まあ、知り合いに強くなりたいって言ったら、ここを案内された」

「なるほど……ちなみにアッシュはここがどういう場所か知ってるの?」

「いや、知らない」


 ミーアは少し考え込むようにしたと思うと、すぐに口を開いた。


「よし、アッシュをジゼ爺さんのとこまで案内する」

「ジゼ爺さん?」

「うん、ここの受付みたいな人」

「うけ、つけ?」


 なんだか話が分からなくなってしまった。

 受付ってなんだ、そもそもこの村はなんなんだ。

 まあ、それらの答えを知るためにも、そのジゼ爺さんと会う必要がありそうだな。


「じゃあ、お願いするよミーア」

「うん、付いてきて」


 こうして僕はジゼ爺さんという人の元へと案内されることなった。

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