第3話 向かった先は 

 さて、覚悟を決めた次の日。

 想像よりも早い時間に起こされたと思えば、向かう先は領地の端にある村だという。

 父が管理するガルディア領の端といえば、隣国との境界を管理する村が殆どだと思っていたのだが……


「一体何しに行くんだ?」

「大事な修行の一環です」

「というと?」

「まだ、内容は秘密です」


 さっきから何度か聞いているが話をはぐらかせるか秘密としか言わないのでさすがにこれ以上の追求はやめた。

 代わりに、周りの景色を眺める。

 周囲は高い木々が並び、今馬車が走っている道以外にちゃんとした道はない。

 おそらく、父が交通整備をしたのだろう。


 そもそも、父がどうして辺境伯として領地と、国境を守る任を王様から与えられているのか……それは不法な出国者を捕縛するためだ。

 

 ”技術の流出”


 僕自身も書物で学んだ知識だが、今よりもっと古い時代は技術というものは金貨なんかよりも、もっと価値のあるものだったらしい。

 しかし、価値があるが故に奪い合いになり、それが戦争の原因となってしまったこともあった。

 争いの結果、技術を持つものや技術を記した書物は次々に失われ、結果的に文明レベルが大きく後退したらしい。

 それらの失敗を経て、今は各国の技術を他国に持ち出さない、持ち込まないという法律が出来ている。

 

 これを『マグノリア大陸間協定』と言うそうだ。


 この協定を守るために、各国は国境に強固な警備網を敷いており、ここ『セントリア王国』では代々『ガルディア家』がその任を預かっている。

 いずれは兄が父を継ぎ、僕はその補佐役となると言われている、将来の夢としてはあまり気が進まない。

 

「僕は、自由に知識の探求だけしていたいんだけどなぁ」

「何かいいましたか?」

「いや、なんでもないよー」


 まあ、この世界で僕のような考え方は異質なんだよね。

 この世界に産まれし者は皆、決まって家業を継ぐか、種族で決まった仕事を割り当てられるだけだ。

 家のメイド達もそうだ、彼女たちエルフは人間より弱い立場の種族であり、女性は召使、男性は肉体労働と産まれた時から一生が決まっている。

 

 この世界は思っているより不自由で狭い。


 ゆえに、僕は冒険者というものに憧れて、実際父に相談したこともある。

 しかし、父は血相を変えて、怒り出した。


 冒険者なんてものは、自己的で無責任な人間の集まりだ――と父は大声で僕を怒鳴りつけた。

 

 言いたい事は分からなくもない。

 冒険者は唯一、大陸内を自由に行き来できる、特殊な職業だ。

 が、その生き方は普通に暮らす人間から見れば、異常者と同じに見える。

 決められた仕事もせずに、この世の断りに離反している。異常者。

 さらに言えば、新しい技術の発見は過去の戦争の火種を、再び呼び起こす危険性を孕んでいる。

 

 だから、冒険者の行動に金銭の保証はない。

 普通の仕事であれば、その出来合いに対して賃金が発生するが冒険者にはいくつかの制限がある。


 新しい知識を公開しないこと。

 新しい技術を販売しないこと。

 新しい素材を持ちこないこと。

 

 つまり、新しい発見をしても、その行為に価値がないのだ。すべては自己満足。

 それでも冒険者を目指す者が多いのは、知識の探求という行動そのものが、高い価値をもっていることに他ならないんだと、僕は勝手に思っている。

 だから――


「僕もいつか、冒険者に――」


 僕は慌てて口に手を当てる。


「心の声が漏れてますね。アッシュ様……まだ諦めてないんですね」

「諦められないよ。僕には知りたい事が多すぎるんだ」

「その好奇心はとても良い事だと思いますけど、この世界には知らないほうがいいことも多いですよ」

「それでもいいよ、知らないままでいるより、正しく知って自分で決める人生のほうが――」


 そこまで口にしたところで、リドリーの目に涙が溜まっていたような気がした。

 なにか悲しいことでも思い出したのだろうか、そんな印象だ。

 理由なんて思い当たらないけど、今にも泣き出してしまいそうな顔。


「だいじょ――」

「着きましたよ」


 僕の彼女を心配する声は別の言葉に遮られてしまった。

 先ほどの涙の意味。気になるがこれ以上は聞くことはできないだろう。


「やけに古い村だな……」


 馬車から降りると、そこは廃村と言っても差し支えないような、風景が広がっていた。

 いくつかの穴だらけの木造の家、腐敗した柵が辛うじて村を囲み、地面は石と雑草で埋め尽くされている。

 とても生活感の感じない場所、ここに一体なにがあるというのだろうか。


「で、ここで何をするの?」

「ついて来て下さい」


 案内されて連れてこられたのは、ぼろい家。

 人の出入りがあるようには感じない、そもそも雨風すら防げないものを家と呼んでいいのか。


「なにこれ……」

「これが新しいアッシュ様の寝床になります」

「えっ? なにそれ聞いてないんだけど……」

「だって言ってないですもの」


 リドリーは意地悪そうに笑う。


「……まあ、これが修行と関係しているなら別にいいけど」

「まずは、この家を雨風を凌げる程度に直してもらいます」

「いきなり肉体労働か……」

「それと、これからいくつかルールを説明しますので」

「お、おう……」


 リドリーの話はこうだ。

 まず、ここでは普段の生活を忘れ、自分で自給自足すること。

 基本的には僕1人で生活する、期間は1ヵ月。

 僕の命が危険になるようなら、修行は中断。

 また、この寝床を失うようなら、同じく修行は中止。

 ナイフと斧は置いていくので、後の道具は工夫して用意する事。

 魔術の使用に制限はしない。

 

 要は、大人しく1月生きろってことらしい。


「以上ですが、何か聞きたい事はありますか?」


 正直、聞きたいことは特になかった。

 食料や材料は、現地で調達すればいいし、こんな廃村じゃ人と遭遇する事もないだろうし。

 後は魔物の危険性もあったが、魔術が使えれば自衛ぐらいは出来るだろうし問題ない。


「大丈夫かな」

「そう……ですか、では私はこれで屋敷に戻ります。もし辛くなったり寂しくなったり、おっぱいが恋しくなったら。何時でも泣いてくださいね、すぐ迎えに来ますので」

「おいおい、さすがに僕はもう子供じゃないぞ。1月1人で生きるぐらいなんて事ない。むしろ、何時でも寂しくなったら遠慮せずに僕に会いに来て構わないからな」


 僕が言い返すと、リドリーは苦笑いして馬車に乗って来た道を戻っていた。

 

「まったく、いつまでも子供だと思って。意地でもやり遂げてやるぞ」


 と、固く心に決めて、まずは家の修繕をしようと村の外を目指すことにした。

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