第2話 家族

 暖かい日差しの中、庭で母に膝枕をしてもらっていた。

 僕の顔を覗く込む、山吹色の美しい瞳を見ていると自分の黒い目があまりに醜いものだと感じる。

 家族の誰とも似ていない、この黒い目はいつも僕のコンプレックスだった。


「母上、どうして僕の目だけ。こんなに醜く黒いのですか?」


 子供ながらに産んでくれた母に言うには残酷すぎる質問だと思った。

 しかし、母は悩むことなく言葉を返す。


「それはね、アッシュが女神様に選ばれた人だからよ。その目は特別の証。とっても美しいものよ」

「そうなのですか?」

「ええ、そうよ。昔から黒き瞳を持つものには女神様からの加護が与えられると言われているのよ」

「では、なぜ父上も、メイド達も僕を嫌うのですか?」

「嫌ってはいないのよ、ただアッシュが特別だから大事にしようとする余り、距離を取ってしまうのよ」

「そういうものなのですか?」

「ええ、そうよ。だから全然気にしなくていいのよ。大丈夫、私だけはアッシュの傍にいるから」

「ありがとうございます。母上」


* * * *


「はっ……」


 僕は、慌てて目を覚ます。

 周囲を見回すと自分の部屋で寝ていたことがわかった。

 恐らく気絶した僕をリナリーが運んでくれたのだろう。後でお礼を言わなければ。


「しかし、懐かしい夢を見ていたな」


 母との最後のゆっくりした時間だったような気がする。

 この後、母は王都にある魔術学校で魔術を教えるために、出かけたまま4年も帰ってきてない。手紙も来ないので、次いつ会えるかは分からない。


「母上も忙しいのだろうな……」


 母は元々、王家専属のとても優秀な魔術士であったようで、父と結婚した後も時々王都に呼ばれていたのだが、最近は魔術士育成のために作られた学校という場所で魔術を教える立場の人間として、日々教鞭を執っているそうだ。


「魔術ねぇ……」


 魔術とは、そもそも精霊の加護を持たない人間が、奇跡を行使するための術であり、身を守るための手段のはずだったのだが……

 数百年前に起こった魔王との戦争の際に、軍事利用されたことからその攻撃性を再認識され、今では魔物退治や、人間同士の争いにすら使われるようになってしまった。

 教える立場になったことがないから分からないが、人を傷つける方法を教えるとはどう言う気持ちなのだろうか?

 仕事だから平気なのか、それとも自衛のためと言い張るのだろうか、それとも教えた後のことは考えないのだろうか、それとも気にもならないのか?

 母は、何を想い、考え、人に教えているのか、いつか聞いてみたいものでもある。


「あ、リナリー!」


 部屋から出て、廊下をしばらく歩いていると特徴的な紫色のツインテールが見えたので声をかける。


「ご気分はいかがですか? アッシュ坊ちゃま」

「とりあえずは、なんともないよ。それより運んでくれてありがとう」

「一先ず、問題がないようでなによりです。それと……アッシュ坊ちゃまをお連れになったのはロイド様です」

「え、兄が?」

「はい。余りの事に本気で一撃を加えてしまった。申し訳なかったと伝えて欲しいとおしゃってました」

「そ、そう……」


 まさか兄が僕を運んでくれるとは思ってなかったな。考えれば兄が僕に対してどういう想いをしているか、全く考えたこともなかった。

 小さ頃から、一緒にいたこともないし、たまに帰ってきては剣術に修行をするだけだし、兄は僕のことをどう思っているのだろうか?

 

「こうやって色々考えると、僕は家族の事を何も知らないんだな……」

「何かおっしゃいましたか?」

「い、いやなんでもないよ。それより兄はどこへ?」

「ロイド様でしたら、もう王都に戻られましたよ」

「え? もう? まだ来たばかりだよね」

「いえ、3日ばかり滞在しておりました」

「3日? ちょ、ちょっとまって僕ってどれくらい寝てたの?」

「1週間です」

「い、1週間!?」


 体感だと、午前中に気絶して午後起きたくらいのつもりだったんだけど。

 ってか、重症すぎるでしょ。

 僕の体は本当に大丈夫なの?


「あ、それとロイド様から、伝言があります」

「な、なに? まさか修行が足りてないから父上に報告するとか?」

「いえ……強くなったな……とだけ」


 強くなった……か?

 あんなんほとんど運だ。

 リナリーの助言があったとはいえ、僕は何もできなかった。

 それを強くなったかのように評価されるのはどうにも心外だ。

 僕のことは僕人身が一番よく分かってるし、僕が一番正しく評価できる。

 その僕が強くなってないと思うのだから、兄の評価は的外れだ。


「しかし、あのもやしと称されるアッシュ坊ちゃまがロイド様に一矢報いるとは私も思ってませんでした」

「え? だってリナリーがあれならいけるって……」

「失礼を承知でお伝えしますが、いくら、基礎に忠実なロイド様でも、普段から剣を振っていないアッシュ坊ちゃまの鈍い攻撃で遅れをとるとは思ってませんでした。精々、挑戦して失敗するか。挑戦もできずにそのまま返り討ちかと……もしかしたら磨けばアッシュ坊ちゃまも光るのかもしれません」


 なるほど。

 兄の言葉は、以前よりもいい動きができているがまだまだだ。自分に追いつけるように頑張れ。

 そういう叱咤の言葉だったのかしれない。

 ある意味、僕を認めてくれたとも取れるか……


 もう少し、真面目に剣術にも取り組んでみるか。

 兄の期待に応えるためにも。

 

「リナリー。1つお願いがあるんだ」

「何でしょうか、アッシュ坊ちゃま」

「真面目に剣術の修行をしたいんだ、手伝ってくれないか?」

「申し訳ありませんが、出来ません」

「え、なんで?」

「私はアッシュ坊ちゃまの世話係ですが、武術の心得を持ち合わせていないからです。ですが、坊ちゃまの師となるような方に心当たりはあります」

「一体誰だ?」

「私の姉である、リドリーお姉さまです」

「リドリー?」


 確か、この屋敷のメイドを仕切っているメイド長がそんな名前だったはずだ。

 しかし、今まで一度も会ったこともないし、何よりメイド長が剣を教えるなんてできるのか?


「アッシュ坊ちゃまの考えは分かります。しかし、ロイド様に剣を教えたのが私の姉であるとお伝えすれば、その不安を払拭できると思います。どうでしょうか?」

「……それは申し分ない」

「では、姉のもとに案内致します」


* * * *


「ここです」


 連れてこられたのは、屋敷の中心部分にある、特に目立たないような古い扉だった。


「お姉さま。今、お時間よろしいですか?」


 リナリーは、扉を2、3度叩くと、扉越しに声をかける。

 すると扉の向こうから「いいよー」と返事があった。


「どうぞ、お入り下さい。アッシュ坊ちゃま」

「お、おう……」


 促されるまま扉を開ける。

 中は別段広い部屋というわけでもなく、古びた本棚と執務机とそこに座る、橙色の髪を結った女性。

 女性はこちらを見るなり、慌てたように椅子から立ち上がり、僕の目の前で頭を下げる。


「アッシュ様、お初にお目にかかります。ガルディア家メイド長、リドリーと申します」

「いや、頭上げてよ。そういうのは公の場だけでいいから」

「失礼しました。ではお言葉に甘え、堅苦しい形式はやめさせていただきます」


 そこまでは言ってないけど。


「それでアッシュ様、どういった御用ですか?」

「あ、えーと。剣術の修行がしたいんだ」

「なるほど、事情は把握しました。それにあたり1つ、アッシュ様にご確認したい事があります」

「なに?」

「命を差し出せますか?」

「い、命? 僕、死ぬってこと?」

「いえ、覚悟のお話です。命を差し出す覚悟はありますか?」


 リドリーの問いに驚きはした。

 しかし、その表情を見る限り、恐らく冗談でも、こちらをからかっているわけもない。

 軽い気持ちじゃ、修行には付き合えないってことか。

 だったら、答えは決まっている。


「もちろんだ」


 兄の期待もあるが、僕の夢のためにも強いに越したことはない。

 それが、兄にも追いつける方法だというのなら、なおさらだ。


「アッシュ様の覚悟、確かに伝わりました。リナリー!」

 

 リドリーが呼ぶと影から、リナリーが姿を現す。


「明日、アッシュ様と例の場所に行ってくる」

「はい、承知しました。アッシュ様のことをよろしくお願いします。お姉さま」

「よろしくできるかどうかは、アッシュ様次第になりますが」


 リドリーは含みのある笑みで僕を見る。


「それでは、アッシュ様。明日から早速、修行のほうを始めますので本日はゆっくりお休み下さい」


 僕は言われた通りに、明日に備え、体をゆっくりと休めたかったが、実際は興奮して眠れなかったのは内緒だ。

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