第23夜 ぼくの名前は、ヨウ

 俺は赤城先生の隣でハツゾメを警戒しながら、敵へと少しずつ距離を詰める。


「割り込んですみません、先生! でも俺は、どうしてもっ!」

「朝比奈、よくやった!」


 意外にも先生は俺の攻撃を認めてくれてほっとした。


 俺の姿をみとめたハツゾメは周囲を伺いながら呟いた。


「あの子は……だいぶ損傷しているが、まだ生きているね」


 彼の視線の先には、倒れ伏して涙目で俺たちの様子を伺う兄がいる。


「あの子……兄貴のことか」


 獏夜びゃくやとなった兄は、俺の知る兄貴ではない。

 それが分かっていても、俺はまだ最後の最後で彼の命を絶つ決意をすることはできなかった。

 もしかすると、兄を獏夜にしたハツゾメを倒せば元の兄に戻る可能性もあるのではないかと淡い希望を抱いたからだった。


「ふふ、君は甘いな。この子にトドメを刺さなくてよかったのかい?」

「っ! 兄貴をこんなにしておいて! どの口がほざく‼」

「朝比奈!」


 ハツゾメの挑発するような口調に俺は再び敵に向かって駆け出す。

 しかし、剣を振り下ろした瞬間に感じた感触は紙を裂くようなもので、ハツゾメの姿は突然発生した紙吹雪にかき消されてしまった。


「今日は十分楽しめたから退散するとしようか。お前もそれでいいだろう?」


 直後に声がした方を向くといつの間にか兄の元へと移動していたハツゾメが、兄を抱き起そうとしているところだった。


「……体が痛いし、お腹空いたよ」

「少し我慢しなさい」


 力なくうなだれる兄の呟きにハツゾメが諭すように応える。


「美味しくない夢は、もう食べたくないな。だからあの子の……サクヤの夢が食べたかったのにな」

「っ! 兄貴を返せよ!」


 獏夜の兄が初めて俺の名前を呼んだことに俺は震える。

 兄が名前を呼んだのは、先ほど俺が名前を叫んだからで、俺の名前を思い出したわけではないのだろう。


「断るよ。君たちにこの子を渡したら、なにをされるか分かったものではないからな」


 起き上がらせ背に乗せようとするハツゾメに兄が呟く。


「ぼくも名前が欲しいな」

「それなら、お前にも名前をやらなくてはね」


 どこか仲の良い家族の一場面を見ているような光景は、俺の心をかき乱そうとする。


「そうだな……。お前の名前は陽太……はどうだ? 朔夜のお兄さんと同じ名前さ」

「てめえは! いちいち喧嘩売ることしかできないのか!」


 兄を化け物にしたハツゾメが挑発するように俺を見て嗤う。


「深追いをするな、朝比奈!」

「先生……っ。くっ……兄貴……!」


 怒りが募り再び剣を向けようとした俺を赤城先生が静止することで、俺は我に返りなんとか怒りを抑え込んだ。


「いいね、ヨウ」

「気に入ったか?」

「うん、ぼくの名前はヨウ」


 ハツゾメが兄を背負い終わると、彼の足元から紙吹雪が舞い始める。


「覚えておいてね、サクヤ。ぼくはヨウだよ」


 紙吹雪の中で新たな名前を得た兄は俺の名前を呟き微笑む。


「待て! ハツゾメ! 兄貴を置いていけ!」

「この子にまた会いたければ、ムクたちと共に闘うといい。私たちは君を歓迎するよ。より強くなり、い夢を持つ者へと成長するといい」


 紙吹雪が止んだころ、獏夜二人の姿は完全に消えてしまった。


 あとに残されたのは俺たち旭夜きょくやの四人とトラヒコ、そして襲われていた生徒だけ。

 生徒を守れたことを喜ぶべきか、それとも獏夜を逃がしたことを悔しがるべきか。

 俺を含め、他の三人もそれぞれ思い思いの表情を浮かべていた。

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