第17夜 喰われる者の証
赤城先生を探し出し、寝たままのクラスメイトを保健室へ運び込む。
「……。間違いない。やはり、奴らの仕業だ」
ベッドに寝かせた生徒の耳を確認したあと、前髪を掻き分けて額を確認した先生が呟く。
そんなすぐに分かるものかと驚いた俺は問いかけることにした。
「なぜ分かったんですか?」
「夢で奴らに襲われると、現実の体の額に印が現れる。これだ」
俺も覗き込んで先生が示した額の場所を確認すると、確かに印がある。
丸い円の周りに光が放つような模様は、皆既日食のようにも感じた。
「いまならまだ間に合う。
「もちろんです」
『我に任せるが良い!』
ベッドにもぐり込んで布団をかぶる白瀧と黒鉄に、俺は目を丸くした。
「は、あ……なるほど? 寝るんだな」
「夢の世界なんですよ。当たり前じゃないですか」
「いや……もっとこう、格好いい手段があるのかと思ったんだが……」
『そうだな、これでは格好はつかん! 新たな方法を確立すべきだ!』
「そんなことより黒鉄はスマホと目を閉じた方が良くないか? 眠れるのか?」
『ふっ。我が能力をもってすれば、あちらの世界へ旅立つことなど容易いことだ!』
黒鉄はスマホを手にしたまま目を閉じる。
そして数秒後……。
「スヤァ…………」
まさか黒鉄が秒で眠るとは思わなかった俺は思わず感心してしまった。
「なあ……。黒鉄が寝つくの、早すぎないか?」
「イチルちゃん、普段は夜更かしさんですから。寝不足みたいです。僕も後を追うので、先生。あとをお願いします」
黒鉄の隣のベッドに横になりながら白瀧が俺を一瞥する。
おそらく追って来ないように見張っておけと言うことだろう。
「ああ。くれぐれも気をつけて。万が一奴が出たら……撤退するんだ。そしてすぐに私に伝えてくれ」
「分かりました。さすがに僕とイチルちゃんだけでは、あいつは手に負える相手ではありませんから。身をわきまえています」
「頼んだ、白瀧」
白瀧が眠るところを見守ろうとしていたが、彼は目を閉じる直前に俺をじっと見ていった。
「……朝比奈先輩、あんまりじろじろと僕の寝顔を見ないでくれますか? 視線が気になって眠りにくいんですけど」
「あ、ああ。悪い」
すぐに寝入った黒鉄は特殊かもしれないが、普通は見られていると思うとたしかに寝づらいだろう。
俺は白瀧の鞄に視線をそらしていると、ようやく白瀧からも寝息が聞こえてきた。
「先生は行かないんですか?」
二人のベッドの隣に二つの椅子を持って来た赤城先生が、隣に座るように俺を促す。
「やる気のある若い生徒に任せることにしているんだ。基本的に私は留守番だ。なにか問題が起きたとき、二人を助け、起こせるように」
穏やかな顔で二人を見つめる赤城先生は、生徒の成長を見守る教師の姿そのものだ。
「すまないな、朝比奈を巻き込んで」
「……いえ」
「……一緒に行きたかったか?」
「欲を言えばその通りです。でも俺には力がない……」
俺は拳を握り締めた。
「兄を止める力も、戻すすべもなにもない。そんな俺が白瀧たちと同行すれば、間違いなく足手まといになると分かってはいるんです。それに、相手が兄だとしたら、俺はまた邪魔してしまうかもしれない……。白瀧の指摘した通り、俺は二人を危険にさらすかもしれない……」
赤城先生は俺の頭に手をぽんと置く。
「……苦しかっただろう。しかし、賢明な判断だ」
「先生、こいつの夢に現れた
「まだなんともな。……本当にすまないな、朝比奈」
……なにもしてやれず。
あとに続く言葉はなかったが、言外にそう言われたように感じる。
「なにも出来ないのであれば、せめて見届けたい……」
ぽつりと呟く俺の隣で赤城先生が立ち上がった。
「……朝比奈。気分転換に飲み物でも飲むか?」
「え?」
「保健室にはな、インスタントコーヒーが隠れているんだ。……ほら、あった。あ、これは他の生徒には内緒にな」
赤城先生が戸棚を探し出し、意外にも茶目っ気混じりにインスタントコーヒーの袋を俺に見せる。
「コーヒーは飲めるか? 他にもなにかあったかもしれないが……」
「コーヒーはまあ、飲めます。兄と飲むこともあったので」
兄はコーヒーを飲む割には甘党で、砂糖を大量に入れていたことを思い出した。
「社会人になって会議で出されるようになってね。もったいないから、飲めるようにならなくちゃ」……なんて言いながら砂糖をどばどば入れていく、変な努力をしていたことを思い出す。
「先生はこうして待つとき、いつも飲んでいるんですか?」
「まず日中に奴らが出ることは少ないんだが、こうなった場合はたまにな。待っている間に寝ないようにカフェインを……というのは冗談だが、なにもせず待っていることもできないだろう?」
そうか。二人に任せるということは先生だって待つことしか出来ない歯がゆさを感じているのだろう。
俺との違いは、助けに行こうと思えばできることか。
「俺も手伝います。先生は白瀧と黒鉄の様子は見守らなくても大丈夫ですか?」
「二人が奴らに接触するまで、もう少し時間がかかるだろう。それまでならな」
粉末を入れた紙コップに保健室に備え付けられたウォーターサーバーから湯を注ぐ。
出来上がると椅子に座ってコーヒーの香りを味わい一口飲もうとしたが、思ったより熱いので机の上に置いて冷ますことにする。
隣を見ると赤城先生は熱さに慣れているのか先にコーヒーを飲んでいた。
しばらくして、舌がコーヒーの熱さを許容できる温度に下がったタイミングで、俺は赤城先生に問いかけた。
「接触するまでに時間がかかるのはなぜですか?」
「夢の世界へ入ったからといって、必ずしも奴らのいる場所に辿り着けるとは限らない。今回の場合は被害者の生徒の夢を見つけ出し、そこへ向かう必要がある。だから……間に合わない時もあるんだ」
俺はごくりと唾を飲む。
間に合わない……つまり、被害者が死んでしまうということだろう。
「しかし、奴らが引き寄せた場合は……すぐに奴らの元に辿り着くことができるだろう」
「前回俺が二人に助けられたのは……」
「……あのときは、朝比奈が襲われていることを知らせた奴がいたんだ」
「俺を?」
赤城先生が苦し気に眉を寄せる様子を眺めていると、俺はふいに体が脱力していくように感じた。
目がかすんでいくこの感覚は……。
「……せ、先生……」
「朝比奈? どうし……」
「さっき、引き寄せられるとか……言い……まし……」
「まさかッ⁉」
赤城先生が音を立てて椅子から立ち上がっても、俺は急激に襲ってきた眠気に耐え切れずに突っ伏してしまった。
「………………」
落ちていく意識の片隅で、赤城先生の叫び声が聞こえる気がする。
「朝比奈⁉ 寝てはいけない! 起きるんだ、朝比奈‼」
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