第16夜 猫箱
「じゃあ俺は赤城先生を探してくる。今なら準備室か?」
教室を出ようとスマホを手に取りアプリを閉じようとした俺に生身の黒鉄が話しかけようとしていた。
「あ……あっ! ま、ままままっ! っぅたぁッ‼ い、いった……」
机の下で立ち上がろうとしたのか、ガツンという鈍い音がした直後にスマホを取り落とした黒鉄が頭を抱えて呻き始めた。
「ぅ……いいい、い……いたい……う……」
俯いている上に厚底眼鏡のためきちんと見えはしないが、おそらく涙目になっているのだろう。
「だ……大丈夫か? 黒鉄」
恐る恐る近づいて声をかけると、黒鉄がびくっと肩を震わせて俺を見上げる。
慌てて落としたスマホを手に取り戻すと、何事もなかったかのように画面をタップし始めた。
『ふっ、仮の姿のみっともない姿を見せてしまったな』
「本当に大丈夫か? たんこぶ出来てないか?」
『仮の肉体は痛みを感じているが、なに。この程度のこと、なんの問題もない』
「……いたい、いたい……」
「あ、ああ……痛いならあんまり無理するなよ?」
タップをしながらもぼそぼそと小声で痛いと呟いているので、やはり痛かったのだろう。
しかし黒鉄もとい画面上のスタンリーは本体の痛みをよそに話を始めた。
『我が弟子よ。今更だが一つ、忠告しておくことがある』
「なんだ?」
『我が戦友に関することだ』
「白瀧の?」
『間違っても奴に、こちらの世界で気高き獣の話題をしてくれるな』
「気高き獣……。ああ、トラネコのことか」
『トラネコではない、トラヒコだ! この世界では気高き獣の話題は奴の禁忌に触れることに等しい。むやみに逆鱗に触れ怪我をしたくなければ、災いの種を蒔かぬよう、心するが良い』
おそらく黒鉄は、白瀧が俺に対して良い感情を抱いていないであろうことに気づいているのだろう。
その上で、これ以上険悪にならないように忠告してくれているように感じる。
「黒鉄はこっちでトラネコに会ったことがあるのか?」
『残念だが、黒鉄としては相まみえたことは一度もない』
こちらの世界では会ったことがない、ということか。
少しずつ黒鉄の言葉が分かるようになってきたので、楽しさを感じている俺がいる。
『奴は鞄にぬいぐるみをつけているだろう?』
「ああ、虎柄の……あれトラネコか?」
『我は一度、こちらの世界でそのぬいぐるみについて戦友がからかわれているところを見たことがある』
「白瀧がからかわれていた?」
『そのとき、目も当てられない結果になった』
なにがあったかは分からないが、おそらく我慢できずに対抗したのだろう。
『トラネコは、こちらに存在するかもしれないし、いないかもしれない。しかし、奴にとっては間違いなく、あちらの世界では相棒なのだ』
「……シュレディンガーの猫のような話だな」
『ああ。だから、あいつの猫箱を開けてはならないんだ。気丈に見せているが、奴の心は案外脆い……。その心を、揺さぶってやるな』
黒鉄も訳アリそうだったが、白瀧もなにか夢に関わりのある出来事があるのだろうか。
こうしてみると、
兄を助けたいと願う俺の気持ちは、彼らに近づくことは出来ないんだろうか……。
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