第15夜 再会の予感

 授業中に居眠りをする生徒はいる。

 それでも全授業眠り続け、放課後になっても起きない生徒は稀だ。


「あ、ああ、あさ、あさひひひひなっ、くんっ」


 ずっと机に突っ伏して眠ったままのクラスメイトを見下ろしどうしたものかと考えていると、珍しく黒鉄に話しかけられた。


「ああ、なんだ?」

「ひぃッ!」


 ……が、俺が振り返って返事をすると彼は机の下に隠れてスマートフォンを取り出して猛スピードで画面をタップをし始める。


「く、黒鉄? 用があったんじゃないのか?」


 その直後、俺のスマホが音を立てた。


「なんだ?」


 ポケットから取り出し画面を見ると、それまでに何回か黒鉄からのメッセージが送られている。

 俺が通知に気づかなかったから声をかけたのだろうか。


 連絡先は先日の兄についての説明を受けた際に、なにかあったときのためにと交換をしていた。


 内容を確認すると、アプリが立ち上がり黒鉄の厨二アバターが表示されると共に声が聞こえてくる。


「黒鉄? どうした?」

『黒鉄ではない! スタンリー・シュヴァルツアイゼンだ!』

「あ、はい」

『この姿で話すのは久しいな、我が弟子よ』

「はあ、なんでそのアバターで……いやなんでもない」


 本人はすぐそばにいるのだが、スマホから声が聞こえてくるという謎の状況に困惑しかけた。

 すぐに黒鉄が直接話せないことを思い出し、そのまま話を聞くことにする。


『奴は起きないのか?』


 黒鉄が隠れる机の上に俺のスマホを置くことで、俺はあたかも黒鉄の方を向いて話をしている雰囲気を演出することにした。


「そうだな。寝たままだ」

『胸騒ぎがする……。これは、死の風が吹く前の匂いに違いない』

「いまこの教室は窓を閉めているから、風は吹いていないんだが。ちなみにそれは、どういう意味だ?」

「……」


 格好つけた言い回しは白瀧がいれば率直に翻訳してくれただろう。

 しかしこの場にいないので聞き返すしかないと思ったが、彼は黙ってしまった。


「び、びゃ、びゃくやの、し、ししわざ、かも」

『我が弟子よ、その男を起こしてみるといい』


 なぜか生身の声で語った直後、真上のスマホから格好つけた声色が聞こえてくる。

 きちんと本体と連動していることを思い知らされ、思わず感心してしまった。


「あ、ああ」


 俺は黒鉄の指示通りに、眠り続けるクラスメイトの肩を揺さぶり声をかけて起こそうとする。

 しかし、相手から寝息が聞こえるだけで起きる気配がなかった。


「ダメだ、起きないな……」

『やはり……な。これはおそらく、我々の宿敵のしわざであろう! これより我が戦友ともを召喚する……! 弟子は我が師を探し出してほしい』

「先生だってスマホで呼び出せるんだろう?」

『我が行うのはスマホでの呼び出しではない! 召喚だ! 言っただろう……。胸騒ぎがする、と。それに師は多忙でな。平時は我らとのコンタクトに応じる気配がない』

「つまり職務時間中はスマホで連絡が取れないということだな」

『くっ……。こちらの世界ではそういった言い方もあるだろう』

「冗談とかではなく、獏夜びゃくやに関わることかもしれないと?」

『その通りだ、我が弟子よ』

「弟子になったつもりはないんだけど。それに旭夜きょくやの仲間にはなれそうにないからな」

『……すまない』


 元々机の下で窮屈そうにしていた本体が余計に縮こまっていく。

 アバターと共に本当に申し訳なさそうな様子を見ると、黒鉄はなにも悪くないというのに当てつけのように言ってしまったことを後悔した。


「いや、俺こそ悪い……」

『しかし、我が弟子は……兄を止めたいと思っているんだろう?』

「ああ」

『その心があるだけで、新月の子は我が弟子だ』

「そ、そうか……。黒鉄、有難う」


 目を合わせようとはしないが机の下から俺の様子をチラチラと伺う黒鉄に励まされ、少し照れくさく感じながら礼を言う。


『我の名は黒鉄ではない!』

「はいはい、リーな」

リーだ!』

「それにしても、また新しい単語が出てきたな。新月の子ってなんだよ」

『弟子は朔夜と言う名だろう。朔は新月のことを指す。つまり、新月の夜だ』

「新月の、夜……」


 俺が考える素振りをみせると、黒鉄がふいに問いかけた。


『そう言えば兄君の名はなんと言ったか?』

「陽太」

『そうか。それでは新月の子の兄君は、さしずめ……』

「そうだな、太陽の子だよ」

『「うぐっ!」』


 俺に台詞を取られたからか、黒鉄が本体とアバターの両方で呻いていた。

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