第14夜 消えた器はどこへ逝った
『おまっ……』
諭してくれようとした黒鉄を白瀧が遮る。
「朝比奈先輩はまだあの化け物になった兄上に心残りがあるんですよね」
「あ、ああ……」
「僕たちは今回二度、あなたに邪魔をされました。止めを刺さなければあの獏夜はまだこれからも人間の夢を食べ続けることになるのに、あなたはそれを阻止したんです」
「……」
兄の姿をして兄の中身ではないような立ち姿の男。
彼が傷つく姿を目にすることが辛いと感じて、俺は白瀧たちを止めてしまった。
「そんなあなたが僕たちの仲間内にいると思うと恐ろしいんですよ。次にあの獏夜と出会ったとき、あなたに再び邪魔をされて僕たちが命を落とす可能性だってあるんですから」
「……」
否定できない白瀧の指摘に俺は黙るしかなかった。
「僕たちは命がけで闘っているんです。僕たちの守りたいもののために。それなのに、邪魔をされてたまるものですか……」
『……』
……守りたいもののために。
俺が守りたいものは……兄だった。
そんな兄が、人間を糧とする化け物になってしまった。
俺はどうすれば良いんだろう……。
「……俺は」
「……朝比奈。兄が獏夜と化したことは、お前の中で消化できたか?」
悩み続ける俺に、赤城先生が気を遣うように声をかけた。
「まだ分かりません。……だけど先生。兄は、本当にほかの人の夢を食べるんですか。例えば俺の夢だけを食べようとしたとか……」
「獏夜となった者は、糧を得て成長する度に髪の色素が抜けていく」
「……兄の髪は紛れもなく黒髪でした」
「朝比奈の兄はすでに黒髪からかけ離れていたと聞く。つまり……」
「朝比奈先輩。夢を抱かない方があなたのためですよ。すでに何人か食べちゃってるんですから、あれは」
「……すでに、兄貴が……」
赤城先生の言葉をオブラートに包むことなく率直に引き継ぐ白瀧に、俺は息を飲み、うつむいて拳を握る。
兄だった獏夜が人の夢を食べ、相手を死なせてしまう。
そんなこと、想像したくもないし放って置けるわけもない。
それでも希望を引き出すために、絞るように声を出す。
「先生、兄を元に戻す方法はありますか?」
「……すまない。元に戻そうとした前例はなく、我々にも分かっていないんだ」
頭を振りながらも完全に否定しなかった赤城先生の言葉に、俺はほんの少しの希望を抱く。
「それじゃあ、元に戻る可能性があるということですね?」
「朝比奈先輩。獏夜との闘いでそんなことを考えていられる余裕なんてないんですよ。あったら僕たちは余裕で兄上に止めを刺していました。それを、分かって言ってますか?」
「悪い、白瀧……。それでも俺は、希望を捨てたくないんだ」
「……」
白瀧は哀れさを隠しきれない目を俺に向けている。
「ひとつだけ、我々の中で出ている推論を言おう」
「……なんでしょうか」
「夢堕ちの獏夜と化した者の肉体はすでに現実には存在しない。もし戻る可能性があったとしても、その器はこちらにはないんだ。そんな奴らが、どこへ帰るというのだろうか。推察ではそういった話を我々はしていた。そもそも誰も戻し方が分からない。試した者すらいないというのもあるが……」
「消えたときと同じように、突然現れたりとか……」
「なるほど。それは……夢と希望に溢れた推測だ」
「期待した成果が得られなかったら、絶望するのはあなたですよ」
「希望を持たずに虚ろなまま生き続けるより、よっぽどいいと思うんだ」
「そうですか」
俺の答えに白瀧はそっけなく答えた。
辛辣な口ぶりではあるが、期待しない方がいいという言葉から白瀧なりに気を使っているつもりなのだろうか。
「だから、俺も仲間に入れてください。兄を元に戻すための手段を探すために……。兄にこれ以上、誰かを襲わせないために」
「朝比奈の決意は分かった。しかし、朝比奈が
「イチルちゃんの勧誘は気が早すぎですよ。よっぽど後輩が欲しかったんですね?」
『バカを言うな! こ、後輩が欲しかったとかではなく、我々と共に戦う戦力が欲しかっただけだ!』
画面上のアバターが慌て始める様子を白瀧がからかっている。
「無条件に力を得るわけではないんですか?」
「ひとによる、としか言いようがないな」
「僕の場合は獏夜に襲われそうになったときに力を得ました。僕は自分の夢を守りたいと強く願ったからだと思ってますけどね」
「……」
俺が最初は抵抗せず喰われようとしていたことを白滝は知っている。
だからまるで俺には旭夜の力を得る資格がないと指摘されたように感じてしまった。
『そう……まるで選ばれし者が覚醒したかのように、旭夜は突然力に目覚めるのだ!』
「現段階で覚醒していない朝比奈がこの先で力に目覚めることができるかどうか分からない以上、協力してもらうわけにはいかない」
「先生、でも俺は兄のことが……」
「私は無関係な生徒をむやみに危険にさらしたくないんだ。今回、新たに誕生した獏夜の動向は追っておく。……情報は都度伝えよう。だから、分かってくれ」
赤城先生は神妙な顔をして俺を説得する。
「……分かりました」
『……』
画面の向こうから黒鉄のアバターが残念そうな表情で俺を見ていた。
きっと白瀧と赤城先生は、俺に兄のことだけ伝えるつもりだったのだろう。
彼らからそう言われてしまえば、俺はもう旭夜となることを諦めるしかなかった。
それでも兄を元に戻す方法を諦めるわけにはいかない。
俺は俺の手段でそれを探さなくては……。
「それにしても……いつ聞いても思うんですけど、先生ってなんでそんなに詳しいんですか?」
「それはもちろん、私はお前たちの先生だからな」
「それ答えになってないですよ。だってまるで、獏夜自身に聞いたか体験したかって思うくらいに納得する説明なんですから」
「経験豊富だってことだ」
赤城先生はそう答えながら、髪越しに片耳へ触れる。
それから俺は、話半分に彼らの会話を聞いて過ごした。
兄は俺の夢を諦めたのだろうか。
それからしばらく夢を見ても、兄は現れなかった。
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