第11夜 獏夜《びゃくや》

「さて、どこから説明しようか」

「安心して説明しちゃってください、先生。イチルちゃんの音声はいつでもミュートにできるようにしてますから」

『おい、こら!』


 賑やかな生徒二人をよそに、赤城先生が話を進めようとする。


「まず一通り話すので、最後まで聞いてほしい。質問は最後に受け付ける。それで構わないだろうか?」

「お願いします」

「では……」


 赤城先生は咳払いをすると話を始めた。


「我々の役目はとある存在から夢を守ることだ。ある存在……それは昨日、朝比奈が出会ったもので間違いない」


 それまで喋っていた二人も黙って話を聞いている。


「奴らは人の夢を糧に成長していく化け物だ。現実には存在せず、夢の中でのみ存在する。そのため、夢での出来事を記憶できる者にしか、奴らの存在を認知できない」


 昨晩も覚えていられたら話す……と夢の中で白瀧が言っていた。

 つまり、覚えていられない人間が多いということだろう。


「奴らは夢を喰う。本当に夢を喰うだけであれば、恐れる必要はかったかもしれない。人は寝れば再び夢を見る。同じ夢を見る可能性もあるが、別の夢を見る可能性も、夢の数は無限大に存在する……いくらでも喰わせてやればいい。そう思うだろう」


 俺は頷いた。


「しかし、奴らが喰らった夢は二度と戻らない」

「……」

「一つの夢は微細に複数の夢に連結している。一昨日見た夢が、昨夜見た夢の続きかもしれない。はたまた、同一のテンプレート上に則った方向性の異なる夢の可能性もある。もし、その夢の一つが絶たれてしまったらどうなるだろう。断片化された夢に関連する夢は見ることができなくなってしまう。例えるなら……虫食いとなり読めなくなった古書のようなものだろうか」

『……う、っぷ』


 画面の向こう側で黒鉄の呻き声と衣擦れの音がすると、白瀧が不愉快そうに何かのボタンを押していた。


『あっ、なにをす………………』


 彼らがなにをしていたか分からないが、黒鉄が焦ってわめき始めようとした瞬間に白瀧が無情にも音声をミュートにする。

 続けて個室からドンドンとドアを打つ打撃音が聞こえるが、鍵のかかっていない個室から彼が出て来る様子はなかった。


 彼らのやり取りに慣れているのか赤城先生は個室を一瞥しただけで、騒音に構わずに真顔で話題を続けた。


「そして夢は記憶にも密接している。現実の出来事に則した内容が、夢に反映されることもあるだろう。例えば、思い出深い出来事などだ」


 思い出深い出来事……。

 例えば、俺の幼少期のピクニックの夢か。


「そういった夢を奪われた場合は、関連する記憶に障害を受ける。障害範囲は様々だ。記憶を失うか、無意識にほかの記憶で補おうとして混濁するか」


 兄の顔をした男は、俺のピクニックの夢が美味そうだと言っていた。

 つまり、あの男に夢を喰われていたら、俺は兄や両親の記憶をなくしていたかもしれないのか。


 喰われなくて良かったと思うと同時に、兄の姿をした男に兄の記憶を奪われるという残酷さに俺は歯を食いしばる。


「また、将来の夢といった希望に満ちた願望も、奴らの糧となり得る。我々が知らないだけで、他にもあるかもしれないが……」


 赤城先生は一息つくと、夢を喰らう者についてのまとめに入る。


「いずれにせよ、量の大小に関わらず夢を喰われた者には障害が残る。もちろん、喰われた内容が多ければ多いほど影響力が多く、生活に支障がでることは間違いない」


 いつの間にか個室からの打撃音は聞こえなくなっていた。

 ミュートを切ったのかと思ったが、画面上から黒鉄のアバターがいなくなっている。

 抗議することを諦めたのだろうか。


「我々は彼らを人の夢を喰らう幻獣になぞらえ、獏夜びゃくや、と呼称した」

「びゃくや……」

「奴らは人間にとって驚異的な害虫だ。夢をすべて喰われ奪われた者は生きる気力をも奪われ、現実世界で死ぬのだから」

「……」


 獏夜が予想以上に最悪な存在であることを知らされ、俺は唾を呑み込んだ。

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