第09夜 夜が明けて
登校後、教室に入ってしばらくすると突き刺さるような視線を感じた。
室内にはまだ俺を含め二人しか来ていない。
当然、振り返った方向にはクラスメイトが一人いる。
相手は端から見ると真っ黒でおどろおどろしい装飾の本を立てて読んでいるようだが、本の端からじっと俺を観察しているようだ。
伸ばした前髪と分厚い眼鏡の二段構えで目を隠しているせいでどこを見ているか定かではないが、彼から異様な圧を感じる。
俺になにか用なのか、そう思った俺はふと席を立ち彼の元へ足を延ばした。
「っ!!」
その途端に頭を本で覆ってしまう。
この男は前世がシジミかアサリだったんだろうか。
「なあ」
「ひっ、ひいっ。な、なななな、なんっ、でっ」
打ったわけではないと言うのに、話し掛けてみると大層響く。
「俺になんか用か?」
「よ、よよよ、よう、はっ……」
「いや落ち着けって、黒鉄」
彼の名は、
同じクラスだが彼と話すのは始めてかもしれない。
髪はぼさぼさ、制服も所々皺だらけ。
気づけばいつも教室の隅で一人でいる、人目を気にしておどおどとして陰気臭い人物と言う印象がある。
そんな黒鉄が俺に圧を飛ばす行為は大変予想外だった。
気を引こうとしたのか、話し掛けたかったのかは分からないが、俺が気になっていたことだけは間違いないだろう。
「なんか言いたくて俺を見てたんじゃないのか?」
「みっ!? み、見て、見てはいま、したっ」
あまりにもどもるため、まるで壊れたAIに話し掛けているような気分に陥る。
それにしても……。
俺は改めて黒鉄の顔を眺めた。
何故か学校以外でこの顔をみたような記憶がある。
しかし、どこで会ったかが定かではない。
俺に用がありそうな素振りを見せることと関係があるだろうか。
考えながら黒鉄の顔をじっと観察していると、教室のドアが開く音がした。
振り返えって確認をすると、ドアを開けたのはクラスメイトではなかった。
制服を着ていることから生徒だとは思うが、別の学年だろうか。
少し伸ばした髪をひとつにまとめて虎柄の猫の小さなぬいぐるみを鞄につけた男に既視感を覚える。
彼はドアを閉めるとにんまりと微笑み、黒鉄に向かって軽口を叩いた。
「ゆうべはお楽しみでしたね、イチルちゃん」
つい昨晩聞いた記憶のある声に驚き、俺は跳ね上がる。
「あびゃっ! ご、ごかいをうけっ!」
「あれ、誰かいるんですね」
彼と俺の目が合った瞬間、彼は目を見開いて驚いていた。
「……約束を守ってもらうぞ」
「はぁ……やっぱり覚えてるんですね」
「なんで溜め息をついたんだ」
「なんでもありません。先輩もゆうべはお楽しみでしたよね?」
「楽しんでないけどな」
口の悪さは昨晩ぶりだろう。
上品さを感じる顔立ちとは裏腹に強かな性格に見える生徒は、昨晩夢の中で見た人物だった。
「ん……とすると、あれ。もしかして黒鉄おまえ……」
もしやと思い、俺は黒鉄の前髪を額が見えるくらいに右手で持ち上げる。
その瞬間、黒鉄の肩がびくっと跳ねた。
「なっ⁉ ななななにをすっ!」
文句は言うものの抵抗する間もなかったのか、顔を真っ赤にしている。
すっきりとした顔面に見えたのは度の厚い眼鏡で、もう一枚の仮面も外してみたいと思うのはごく自然のことだと思う。
いつの間にか黒鉄の背後にやってきた別学年の男が、そっと黒鉄の眼鏡のつるに手を伸ばす。
そしておもむろに、彼の顔から眼鏡をはずした。
「⁉」
「……ああ。昨夜見た顔だ」
目の合った彼同様、眼鏡の下の素顔は昨夜に見た記憶のある顔だった。
ただし目は赤くなく、黒い。
自信に満ち溢れていた表情もなく、おどおどとしたものだったが、顔はそのままなので間違いないだろう。
「ビャーーー‼」
黒鉄は謎の雄たけびをあげながら立ち上がり、したり顔の男から眼鏡を奪い返す。
そして眼鏡をかけずに逃げ出そうとしたのか足を数歩動かした瞬間……。
「アビャーーーーーー‼」
ガンッ! と足を強かに椅子の足にぶつけて悶え転がった。
「ダメですよ、イチルちゃんをいじめちゃ。かわいそうじゃないですか」
「いや、この場合いじめたのお前じゃないのか」
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