第08夜 虎と猫
「それで、あの
「ああ……」
「……」
あんなに勢いづいていたというのに青い顔をしてからずっと黙ったままのイチルをよそに、俺と和装の
「それで耐えきれず、僕たちのことを止めたんですね」
「ああ、……あいつが悪いやつだということは分かるんだ。ただ……耐えられなくて。邪魔をして悪かった」
俺が頭を下げると、彼はぽつりと呟いた。
「いえ。……ただ、イチルちゃんの前では言わないでほしかったんですが」
「え?」
「なんでもありません」
きちんと聞こえてはいたので、どういう意味だと聞き返したつもりだった。
しかし、この反応では聞こえなかったことにしたほうが良い内容のようだ。
「そもそも、これは夢か? あの男は何者だ? それに、お前らも……」
「簡単に説明しましょう。これは夢で、あの男は悪者で、僕たちは正義のヒーローといったところです」
「それはひどく簡潔な答えだな」
「にゃー」
「そういえばあの虎は?」
あいづちを打つように聞こえた鳴き声は、戦いのさなかに聞こえた声よりも低い位置から小さく聞こえてくる。
「虎ではありません。トラヒコです」
「にゃんにゃん」
「トラって言ってるじゃないか」
「いえ、名前がトラヒコです」
「にゃんにゃー」
何度も何度も足元のほうからにゃんにゃん聞こえてくるため下を向いてみると、そこには虎柄の猫が俺の様子をうかがうように見上げていた。
「ねこ」
「にゃ」
「トラヒコは猫です」
「にゃにゃん」
「さっきは虎じゃなかったか?」
「鳴き声は猫じゃないですか」
「にゃー」
「それは……そうだが」
虎柄だから、虎になっても不思議はないと思います」
「にゃーんっ」
ぴょんっと飛び跳ねて和装の旭夜の肩に乗ってすり寄る虎……ではなく猫のトラヒコ。
彼はトラヒコの喉を撫でながら言った。
「んなー……ゴロゴロ……」
「ここは夢なんですよ」
「それはさっき簡潔に聞いた」
「夢であれば、現実にないことも起き得ると思いませんか?」
「それがその虎猫だと?」
「トラネコじゃありません。トラヒコです」
「あ、ああ。分かった。トラヒコな」
なにか名前にこだわりがあるのだろう。
食い気味に何度も猫の名前を連呼する彼に俺は引きつつも頷いた。
「そして、夢の中であればこそ、消えてしまった人間も現れます」
「っ! お前、なんで兄貴が消えたってことを……!」
「……やっぱり消えちゃってたんですね、あなたの兄上は」
「なにか知ってるのか⁉」
「はい、知ってますよ」
「教えてくれ! 兄がどこにいるか知りたいんだ!」
「……でも、本当に知りたいんですか?」
「ど、どういうことだ?」
貫くような鋭い眼差しを向けられ、俺はたじろぐ。
「知っちゃったら……きっとあなた、つらい思いをしちゃいますよ?」
彼はなぜか溜め息をつきイチルのほうをちらっと一瞥すると、肩をすくめてみせた。
「それでも知りたいと思うなら……そうですね。もし翌朝になっても覚えちゃっていたら、僕と会ったときに目を合わせてください」
「会える確証があるのか?」
肩に乗せたトラヒコを胸に抱きなおした彼は、不敵な笑みを見せた。
「もちろんですよ。あなたのこと、僕は現実で見かけた記憶がありますから。案外近くにいますよ。……ね、先輩?」
「せんぱ……え? 同じ学校の生徒か?」
「ノーヒントです。覚えていなかったらあなたは、知る資格のない平和な人間ってことです。でもきっと、覚えていられると思いますよ」
「根拠はあるのか?」
「獏夜に関わり強烈な印象を得た人間は、醒めてもその悪夢を記憶してしまうらしいです」
彼がそう言った瞬間、俺の意識が落ちていく。
……いや、醒めていく、と言ったほうが正確だろうか。
「……朝、か」
目を開けると、まぶしい朝日がカーテンの隙間から目に射し込んだ。
「……覚えていられた」
夢の中で兄の姿をした者に出会ったこと。
彼に夢を食われそうになったこと。
そして、旭夜と呼ばれる者たちに救われたこと……。
「起きても覚えていられたら、消えた理由を教えてもらえるんだ」
俺は兄が行方不明になった理由を知りたい。
……知らずには、いられないんだ。
「例えそれが、つらい思いをする内容だったとしても……!」
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