第07夜 夢は幻
「
本から放たれようとした渦は、獏夜を正確に標的にしていたはずだった。
「待ってくれ!」
「ビャッ!」
しかし、気づけば俺は足を一歩踏みしめ彼へと体当たりしてしまう。
渦はとてつもない音を立てて、兄の顔をで苦痛の表情を浮かべる男に迫っていく。
「あ、兄貴ッ‼」
逃げることもできずに立ち尽くす男だが、傷ついたのとは反対の腕を伸ばして手のひらを渦にかざす。
「ぼくは、まだっ……!」
そして彼は力を込めて白く輝く波動を渦に向かって放った。
ぶつかり合う鮮血の渦と純白の波動によって生まれた衝撃波が辺りに伝わり、俺の頬を正気に戻そうと何度も叩く。
「威力が低い! 詠唱が短かったか!」
「絶対に違いますって」
衝撃波とイチルの声によって我に返り、俺が無意識に魔導師の攻撃を阻止してしまい、攻撃が僅かに獏夜の狙いからそれてしまったことにようやく気付いた。
旭夜たちは俺の命を救おうとしてくれたが、それでも俺は兄の姿の男が傷つく場面を見ていられる自信がない。
固唾を飲んで力のぶつかり合いを見守っていると、渦がじりじりと獏夜に迫っていた。
間もなく獏夜に渦が到達してもおかしくない距離になり、彼はいよいよ噛みつかれた手も前にかざす。
「こんなことになるなんて、ぼくは聞いていないっ!」
彼が手をびくっと痙攣させた直後、二つの力が爆ぜ、先ほどよりも強い衝撃波が俺たちを襲う。
「うわああああッ‼」
さばききれなかった力の余波によって、獏夜はなすすべなく吹き飛ばされた。
「フーッ! ニャーーーーーーッ‼」
対して虎の雄たけびに似た鳴き声の放つ波動によって、俺たちは衝撃波から守られた。
「やったか?」
「イチルちゃんダメですって。それフラグですよ」
波が落ち着きかけたころ、地面に体を打ち付けた兄の形がゆっくりと起き上がろうとする。
「っ! ううっ、ぼくは助かったのか?」
全身、特に噛まれた右腕をしきりにさすりながら信じられない様子で呟いている。
起き上がろうとよろめく兄の姿につい駆け寄ってしまいそうになる俺を虎が阻む。
ギリギリと音がする方向に顔を向けると、和装の旭夜が無の表情で弓に矢をつがえていた。
「あ……」
「……」
俺が声をかける間もなく彼は矢から指を放す。
放たれた矢が音を立てて兄に襲い掛かる様子を、俺は呆然とみていることしかできなかった。
なぜか近くにいるわけではないのに、トンッ! と兄の胸元に矢が突き立てられた音がした気がする。
夢の中だからだろうか、不思議と血は流れていなかった。
「う……?」
それでも痛みを感じるのか、先ほどよりも苦痛に塗れた表情で矢を凝視する兄。
「いやだ……助けて……」
助けを請う声も聞かず、和装の旭夜がもう一度弓を構える。
「ぼくはまだ……ゆめをみたい……」
「夢は夢。現に非ず。夢幻の如く、そのまま露と消えてください」
つがえ、狙い、俺の兄の体を、引き裂こうとする。
その行為に我慢できず、俺は今度こそ彼を止めた。
「待ってくれ‼」
「っ! なんてことをっ!」
彼の袖を引っ張り気を引いた瞬間、矢があらぬ方向へ飛んでいった。
旭夜二人だけでなく獏夜や虎までもが、信じられないものを見る眼差しを俺に向ける。
和装の旭夜が俺の胸倉をつかみ、声を荒げる。
「あなたはっ! なぜ二度も邪魔をするんですか‼」
「あれはっ! あれは俺の兄貴の顔をしているんだ! 兄貴の声で、喋るんだっ……!」
「っ⁉ まさか……!」
俺の言葉にイチルがびくっと肩を震わせる。
顔を青ざめて力なく本を閉じたイチルの様子に気づいたのか、和装の旭夜は俺を解放した。
「イチルちゃん」
「……っ、分かってる! 分かってるんだ!」
「イチルちゃんのことはこれっぽっちも責めてませんって。そうじゃなくて、僕たちはあいつを追い詰めきれなかったみたいです」
和装の旭夜の言葉に獏夜へと視線を向けると、彼の姿がうっすらと消えていくように見えた。
「ぼくはきみに助けられたみたいだね」
「待て! 兄貴ッ‼」
「あなたが待ってくださいよ」
追いかけようとした瞬間、俺にやられたことを根に持っているのか、和装の旭夜に服をつかまれ阻止されてしまった。
「ぼくはやっぱりきみがいい。きみの夢が食べたい」
消えゆく中、苦笑した彼が呟いた言葉は俺の知る兄のものではない。
それでも表情は、兄を彷彿させるもので、彼の矛盾した形と中身が余計に俺の心を揺さぶる。
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