第05夜 黒衣の男たち

「だいじょうぶ。ぼくがきみの夢を食べて、きみの夢がなくなってしまったとしても……ぼくの中できみの夢は生き続けるんだよ」


 今度は片手ではなく両手で頬を挟まれ、視線を合わせられる。


「兄貴……」


 次に背に手を回され、まるで幼い子どもをあやすように抱きしめられた。


「なにも、怖いことはないんだ」


 耳元でささやく兄の声。

 兄ではない者の意志を感じる言葉。


「たのしい夢も、こわい夢も、ぼくが全部食べてあげるよ」


 もう兄が戻ってこないのなら……俺は……。

 そう思うだけで閉じた目から涙が零れる。


 そのとき……。


「目を覚ませバカ者ッ‼ 死にたいのかッ‼」


 耳をつんざくほどの音量で聞き慣れない声が響き渡る。


「くっ⁉」


 なにを感じたのか兄の形をした男が俺から距離を取った直後、彼がいた場所に真っ赤な炎が走った。


「な、なんだ⁉」


 声のした方向を振り返ると、そこには二人の男がいた。

 二人とも俺と同年代だろうか。


 一人は前髪をあげてセットした髪型で右目に黒い眼帯をつけ、露出した片方の瞳は真紅色をしていた。

 指先の穴があいたグローブをつけた右手で魔導書のような装丁の本を開き、同じく穴あきグローブをつけた左手では何故か眼帯を隠すポーズを取っている。

 ファンタジー世界の魔導士のようなフード付きの漆黒のコートには、月輪が描かれていた。


「なにも怖いことはない? バカを言うな。キサマらが夢を喰らい尽くした者たちは、皆等しく死を迎えている。例外なくな! それを、恐れるなと言うならば、キサマらに夢を得る資格など一片の余地もない! 我が力を以って、一掃してくれる!」


 眼帯男はそう言い放ち、左手で兄の形をした男を指さした。


「死……だって?」

「なんで疑問に思うんですか? 当然だと思いますよ。だって夢がなくなったら、僕らはどう生きて行けば良いんですか? そんな、まるで抜け殻のようになるに違いないじゃないですか」


 俺の呟きを拾ったもう一人の男の物言いに、最後に現実で見た兄の姿を思い出して胸が苦しくなる。


 丁寧ながらも辛辣さを帯びた口調の彼も、月輪の模様をした衣装を身にまとっている。

 上品な顔立ちに少し伸ばした髪を一つをひとつにまとめ、夜色の和服と日没前の紫色の空模様のような袴姿で弓を手にしていた。

 腰の高さの虎が彼の隣に鎮座している様子は、まるで一枚の和画に描かれていそうな雰囲気を感じる。


「きみたちは、旭夜きょくやだね。初めて見たよ。はじめまして?」


 兄を模った者が俺ではなく二人に向き直った。

 彼の様子は変わらず穏やかそうに見えて、どこか警戒していそうに見える。


「まだ誕生したばかりの獏夜びゃくやですね」


 旭夜きょくや獏夜びゃくや

 初めて聞く単語とこの状況に、俺は戸惑いを感じた。


「ああ、そこまで分かるんだね。すごいな」

「分かりますよ。だって、やや白よりの黒髪……。何人か喰っちゃったんじゃないですか?」

「そうだね。これまで食べた夢はあまり美味しくはなかったけど」

「ああ、こわいこわい。夢を食べるなんて、なんて怖いんことをするんですか」


 おどけたように震えてみせる旭夜の一人。


 獏夜と呼ばれた男は微笑むと、グルメを前にした子どものように舌なめずりをする。


「でもね、あの子はこれまで食べたどの夢よりも、とても美味しそうなんだよ」

「そう言われて僕たちが生贄を差し出すとでも思ったんですか? そうはさせないですよ」

「奴は獏夜の中でも赤子当然……。叩き潰すなら今が好機。しかし油断するな、我が戦友ともよ」

「それはこっちの台詞なんですよ、イチルちゃん。ドジしちゃダメですからね」

「おまっ、バッ……! 我が名は! スタンリー・シュヴァルツアイゼンだッ‼」

「はいはい!」


 会話から彼らは敵対勢力であることが伺える。

 そして、兄に似た男が俺の命を奪おうとしていたことも……。

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