第03夜 幼き憧憬

 兄がいなくなった。


 警察に捜索依頼を出し、SNSを使い兄と思しき人物の情報を得ようと躍起になる。

 病院内でも独自に聞き込みをしていたが、つまみ出されてしまった。

 それなら代わりに兄の消息の手がかりとなるものがないかと問い詰めても、何も分かりやしない。


 まるで、存在そのものが突如なくなってしまったかのように、兄の形跡を追うことはできない。

 けれどもそれは、死んだわけでなはいと言う希望を抱くことのできる収穫だった。


 兄はいなくとも、日常は回り続ける。

 高校にいくことも止めようと考えたが、兄が帰ってきたら不真面目な俺の態度に悲しむような気がして渋々学校へ向かう。


 非日常を送っているような感覚がありながらも、日常を送っている自分に不快感を覚える。

 まるで、どこか別の世界に迷い込んでしまったような気分だ。


 兄が行方不明になったことはニュースになったらしい。

 翌日親戚がやってきて、兄が見つかるまで俺の面倒を見てくれると言ってくれたが断った。


「ただいま」


 家に帰っても誰もいない。

 そして、病院に行っても会うことはできない。

 家族は俺以外、誰もいなくなってしまった。


 両親と共に暮らした家を追われたあげく、また兄と共に暮らした家までも出て行かなければならないのか。


 思い出が少しずつ削られていくようで、悔しさが募っていく。


「……」


 小さなキッチンを通り過ぎる。

 両親がいなくなって初めて二人で挑戦した料理は黒焦げだったが、楽しかった。

 兄が作って失敗して。じゃあ俺が作ってやるよ! と対抗心を持ったものの見事に失敗。

 料理は案外難しいんだな、と二人で笑い合っていたのを思い出す。


「兄貴……」


 ほんの僅かな望みを掛け、呼びかけて部屋を開けても、当然兄がいるわけがない。


「なんだよ……」


 帰ってきても何も食べる気が起きず、布団に突っ伏す。


「なんで黙っていなくなっちまうんだよ……」


・・・


 気がつけば、目の前で四人の家族が笑顔でピクニックをしていた。

 四人は皆、どこかで見た顔で……。


「お袋?」


 母は鞄から弁当箱を取り出し、父は子どもたちと一緒に近くの小川で釣りをしていた。


「親父だ」


 少年二人は父と並んでウキを水に浮かべ、時折バケツの中の魚の数を数え合っている。


 釣りに熱中する三人に、「もうお昼にするわよ!」と頬を膨らませて怒る母の元に、男三人が慌てて駆け寄って行く。


「ああ……」


 懐かしい。

 それは間違いなく、まだ両親が生きていて、俺たちがまだ幼かった頃の出来事だ。


「兄貴、早く戻って来いよ……」


 俺がサンドウィッチからレタスを引き抜こうとするのを阻止しようと説得を試みる兄がいる。

 思い返せばこの頃から兄はすでに面倒見が良かったんだ。


「俺一人だとロクに飯も食えねえよ……」


 サンドウィッチを微笑ましい様子で食べる家族を目の前に、一人嘆き悲しむ俺の耳に、聞き覚えのある声が入り込んだ。


 それは目の前の幼い家族からのものではなく……。


「ああ、美味しそうだね」


 俺の後ろから声がする。

 夢の中での幼い声ではなく、聞きたいと願っていた成人した兄の声が……聞こえてきた。

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