第317話「やっぱり、この町にいるのね」

 砂と青空が景色を二分する広大な砂漠の中を、モービルがもうもうと土煙を上げながら走る。四輪の轍は人や獣の足跡とはまるで異なり、見る者を驚かせるだろう。だがそれも、時折吹き抜ける風によってかき消される。

 砂の荒野にぽつんと孤立するオアシスの集落で一夜を明かしたララたちは、朝早くから再び歩みを進めた。モービルによる砂漠の旅は快適で、ロミなどは早々に二度寝を決め込んでしまったほどである。

 彼女たちの目指す町、ディスロが砂丘の向こうに見えたのは、正午を少し過ぎた頃のことだった。


「ララ、あれじゃないか?」

「本当だ。町があるわね」


 助手席に座っていたイールが前方を指差し、ララもその影を認める。まだかなり小さく、定期的に行っている『環境探査』の範囲外だったが、澄んだ快晴のなかではよく見える。

 白い日干し煉瓦を積み上げた四角い建物が並ぶ、小さな町である。


「ロミ、ロミ。そろそろ起きなさい」

「むにゃ……」


 すやすやと眠っているロミも起き出し、ヨッタも荷物を纏め始める。彼女たちは他の集落へ立ち寄った時と同様に、少し離れた砂丘の影にモービルを隠し、そこから徒歩で町へと向かった。


「なんか、全体的にボロボロだな」


 砂丘の上に立ち、町を間近に眺めてイールが言う。

 ディスロの町は周囲に明確な塀や柵といった境界線がない。いくつもの建物が寄り添ったような形で広がっていた。町を形作る建物の一軒一軒が、壁に穴が空いていたり縁が欠けていたり、ひび割れていたり、中には天井が崩れていたりと損傷している。


「古い町だからね。石工もいないし。仲間内で直せるところを誤魔化しながら暮らしてるんだよ」


 ヨッタが砂の上に足跡をつけながら丘を下る。ララたちもその後に続き、寂れた雰囲気の町へと近づいた。


「止まれ!」


 白い建物が鮮明に見えるようになった時、突然町の方から大きな声が響く。ヨッタは驚くこともなく足を止め、両手を高く掲げた。


「エストルの魔導技師、ヨッタだ! 依頼を受けてきた!」


 ヨッタが素性を告げると、崩れかけた廃墟の影から白い衣の人影が飛び出してきた。フードを目深に被り、手に杖を持った男が数人。人間族だけでなく砂竜人族や獣人族もいる。彼らはヨッタの姿を認めると素顔を露わにして歓声を上げた。


「ヨッタか! 遠くの方から砂煙が近づいて来るんで驚いたぞ」

「ごめんごめん。こっちの人たちと一緒に来ててね」


 どうやら、ヨッタは男たちと顔馴染みのようだった。彼女は話の流れで、後ろに控えるララたちを紹介する。男たちも見慣れない三人の姿に怪訝な顔をして、しまったばかりの杖にそっと手を伸ばす。


「傭兵のララよ。こっちはイール」

「武装神官のロミです。よろしくお願いします」


 それぞれに名乗りを上げ、身分を示すものを掲げる。


「傭兵に神官? 乾季も近いってのに、何の用だ?」


 訝しむ男に、ララはどう説明するべきか言いあぐねる。そのまま“太陽の欠片”を探しに来ましたと言っても、あまり心象は良くならないだろう。だからと言って下手に誤魔化すようなことを言えば、不信感を抱かれる。


「わたしたちは、とあるモノを探してやって来ました。ヤルダの神殿長レイラ様のご指示によるものです」

「ヤルダの? あのおっかねぇ女か」


 ララに代わって事情を説明するロミに、男は瞠目する。

 こんな僻地にまでレイラの存在が知れ渡っていることに、ララは密かに驚いていた。


「とりあえず、この町にいる赤道騎士団と話がしたいんだが、取り次いでもらえたりするか?」


 イールの要求に、男たちは戸惑いった様子で違いに目を合わせる。そうして、彼らは白い衣の下から、首に下げた赤いプレートを取り出してみせた。

 一見すると白い衣を纏っただけのように見えるが、それは日除けの外套であり、実際にはその下に鱗鎧を纏っている。腰には杖の他に剣も吊り下げており、見た目以上に物々しい装備をしていた。


「取り次ぐも何も、俺たちが赤銅騎士団だよ」

「町の警備をしてたんだ」


 薄く小さなプレートには、半分に欠けた太陽の意匠が彫り込まれている。それをもって、彼らは連帯の証としているようだった。

 町で最初に出会った人々が目当ての集団に属しているという望外の幸運に、ララは喜びの声をあげる。


「ラッキーね! これなら話が早そうだわ」

「お前らは一体何を探してるんだ?」


 飛び跳ねるララを、赤道騎士団の男たちは混乱する。


「とりあえず、中に入ってもいいかい? 腹が減ってるし、何か食べたい」


 話に置いて行かれていたヨッタが意見を主張する。彼女の言い分ももっともだと全員が了解し、ララたちは場所を移すこととした。


「近くに詰め所がある。ちょうど俺たちも昼にしようと思ってたんだ」


 騎士団に所属する人間族の男――リグレスと名乗った彼の案内を受けて、四人はついにディスロへと入る。町は荒涼としており、日差しがきついからか通りを歩く者は少ない。やはり、砂漠に慣れた砂竜人がよく目立つ。


「ディスロに近づく奴なんて、大抵はならず者だからな。ああして警戒してねぇと面倒なことになるんだ」

「この前なんかは重大犯罪人が来たからな。なんとか誤魔化しながら裏で砦と連絡とって、引き取ってもらったよ」


 道すがら、砂竜人のユーガと狐獣人のペレが軽い調子で語る。ララたちは物騒な逸話に驚き唖然としていたが、彼らはそう珍しいことではないと言う。


「あんたらも用心しとけよ? 財布スられたって文句は言えねぇからな」


 ペレがニヤリと笑ってイールを見る。彼の手には、イールが懐に収めていた財布が載っていた。


「あっ!? いつの間に……」

「ペレはコソ泥だからな。ちょっと前までは砂漠で盗賊なんてやってたんだ」

「そういうテメェも賞金稼ぎ狩りだったろうが」


 ゲラゲラと笑うユーガを、ペレが睨む。彼はイールに財布を返しながら、三角の耳を震わせた。


「騎士団と言っても、ならず者の中でもマシな野郎が徒党を組んでるだけだ。俺が言うのもなんだが、あんまり信用するんじゃねぇよ」


 飄々として言うのはリグレスである。彼もまた、頬に深い傷跡が残っており、ただ者ではないことはすぐに分かった。


「ディスロって本当にすごいところなのね」

「散々言われてただろ」


 今更ながらその事実を実感するララに、ヨッタが唇を尖らせる。エストルの商人にも、オアシスの宿屋の主人にも、ファイルにも繰り返し忠告されていたことだった。


「まあ、騎士団はまだいいさ。歯車の奴らに出会ったら相手せずに離れた方がいいぜ」

「歯車?」


 ペレの言葉に三人が目つきを鋭くする。様子の変わった彼女たちにたじろぎながらも、狐獣人の男は頷いた。


「何年か前、突然砂漠の外からやってきた奴らだよ。突然夜襲なんて仕掛けて来やがって、随分と町の奴らも死んだんだ」

「それって、もしかして……」


 歯車と聞いてララたちが思い浮かべるのは、ひとつしかない。


「やっぱり、この町にいるのね」

「なんだ。知ってるのか?」

「今は町の向こう側が奴らの縄張りだ。ヨッタもアンタらも近づかない方がいいぜ」


 ユーガ曰く、彼らは町の三割ほどを占拠し、そこで暮らしているらしい。何も知らない者が踏み入れば、たちまち身包み剥がれてしまうという。


「これでも抑えてきた方なんだけどな。マレスタさんが頑張ってくれてるんだ」

「マレスタ?」

「ウチの騎士団長様だよ。忙しい人だし、気難しいから、会えるかどうかは知らんけどな」


 騎士団というからには、団長が存在する。赤銅騎士団における団長の座には、マレスタという者が君臨しているようだった。

 彼らが守っているという町の秘宝“太陽の欠片”について調べるには、やはり団長との接触も不可欠だろう。ララはその名前をしっかりと記憶し、今後に備えた。


「ほら、こっちだ」


 そうこうしているうちに、一行は赤銅騎士団の詰め所へと辿り着く。詰め所と言っても、崩れかけた小屋をそのまま使っているだけのようで、ドアもない風通しのいい日陰である。

 詰め所にはテーブルや椅子がいくつか置かれているのだが、そこには何者かがすでに座っていた。


「よお、騎士さまよ。別嬪さん連れて来てるじゃねぇか」

「お前ら……っ!」


 見るからにガラの悪い男たちである。彼らはテーブルに足を乗せ、我が物顔で寛いでいた。

 彼らを認めた瞬間、リグレスたちが杖を引き抜く。


「ねえ、この人たちって――」

「ああ。……〈錆びた歯車ラスティギア〉の連中だ」

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