第316話「ヨッタは師匠のことが好きなのね」

 野盗の砦で食事と休息を取ったララたちは、日差しが柔らぐ時間を待って出発することとなった。


「本当にディスロに行くのか?」

「行くよ。待ってるお客がいるからな」


 素っ気なくも心配を滲ませるファイルに、ヨッタは迷うことなく頷く。魔導具の修繕に必要な道具の手入れをして、広げていた荷物を素早く纏める。あっという間に出発の準備を整えた彼女は、同じく荷物を持って工房の戸口で待つララたちの下へと歩み寄った。


「助かったよ、ファイル。ディスロから帰る時も寄るから」

「……別に来なくたっていいぞ。ったく」

「素直じゃないなぁ」

「うるせえ!」


 拳を振り上げる巨人の青年。ヨッタはクスクスと笑い、ララたちの方へと向き直る。


「もういいの?」

「しんみりするもんでもないさ。いつでも会えるからね」

「そう。――ファイル、また来るわ」


 ララたちもファイルに別れを告げ、工房を発つ。地下街の街灯に照らされた雑踏の中へ四人が消えていくのを、ファイルはじっと見つめていた。


 騒がしい野盗の砦を出たララたちは、近くの丘に隠していたモービルへと戻る。光学迷彩によって隠蔽されていたモービルの内部は、優れた断熱性と空調機能によって涼しく保たれていた。


「うはーっ! 生き返る!」

「もうヨッタさんもモービルにぞっこんですねぇ」


 涼しい車内に飛び込んだヨッタが、座席に身を預けて叫ぶ。笹型の耳を震わせて幸せを表現する彼女を見て、ロミが笑った。


「当然だろ。ああ、もう徒歩で旅できないかも」


 ヨッタは真剣な表情で危ぶむ。一度知ってはもう元には戻れないほどの魔力を、このモービルは秘めているのだ。


『システムオールグリーン。エネルギー充填度80%。いつでもいけますよ』

「了解。じゃあ、さっさと出発しましょうか」


 運転席に座ったララが、サクラの補助を受けながらエンジンを始動させる。ブルーブラストの輝きがインジケーターに表示され、車体が一度大きく震える。ララがアクセルを踏み込むと、堀の深いトレッドが滑らかな砂に食い込み、一息に砂丘を駆け登った。


「レコ、周辺の地形データは集められてる?」

『はいはーい! 半径20km圏内は収集完了してるよ☆ ナビに情報共有するね」

「よろしく。っと、でっかい魔獣もちらほらいるわね」


 運転席のディスプレイに、周辺一帯のスキャンデータが表示される。波打つ砂漠は果てしなく、生命の反応はまばらだ。しかし、少し砂中に潜ると巨大な砂蚯蚓などの魔獣が潜んでいる。

 彼らの頭上を遠慮なく走ってしまえば、いらぬ厄介を受けかねない。ララはそれらの魔獣を迂回するルートを設定してハンドルを切る。


「相変わらずすごい魔法だなぁ」

「魔法じゃないんだけどねぇ」


 後部座席から身を乗り出して運転席を見るヨッタに、ララは苦笑して答える。ナノマシンをはじめとする技術は全て、理論に則った科学的なものばかりだ。この世界を席巻する魔力や魔法というあやふやな存在とは全く異なる世界観の中にある。

 とはいえ、科学も魔法も過程が違うだけで出力が同じならば当事者にとっては然程違いを意識することはない。ヨッタからしてみれば、ララの使う怪しげな技術は全て魔法と同じなのだ。


「ヨッタ、ここからディスロまではどれくらいかかる?」

「そうだなぁ。商隊に着いてれば、三日はかかると思うけど」


 ヨッタは車窓を流れる景色を見つつ思案する。


「この速度なら、明日の昼くらいには着くんじゃないか?」


 重い荷物を携えて熱射の中を耐え忍びつつ進む商隊と、軽快に砂を飛ばしながら走るモービルとでは、速度に大きな差がある。ヨッタも正直、正確なことは何も分からなかったが、オアシスから野盗の砦までの距離と進みから予測する。

 野党の砦でたっぷりと休み、今夜もどこかのオアシスで宿を取るとしても、かなり予定を巻いて目的地に辿り着けそうだった。


「とりあえず、ディスロに着いたら赤銅騎士団って奴らに会った方がいいのか?」

「ファイルの話だとその人たちが“太陽の欠片”を守ってるんでしょ?」


 ディスロの街にあるという遺失古代技術ロストアーツ、“太陽の欠片”。厳しい環境にあるディスロそのものの生命線とも言われるその存在は、赤銅騎士団という集団が管理しているという。であるならば、それを目指して進んでいる以上彼らとの接触は避けられない。

 できれば平和的にことが進めばいいな、とララは淡い期待を描く。とはいえ、それが町の生命線である以上、ある程度の波乱は避けられないであろうということは、彼女もすでに覚悟できていた。


「ヨッタは町に着いたら、すぐに仕事を始めるの?」

「そりゃあな。半年ぶりの遠征だし、注文も結構溜まってるんだ」


 ヨッタは荷物の中から分厚い紙束を取り出して見せる。それは全て彼女宛てにディスロから送られた魔導具の注文や修理の依頼だという。


「ディスロから帰ってきた商隊が持ってきてくれるんだ。注文がくるたびに出かけるわけにもいかないから、一年に二回、まとめて直しに行くんだよ」

「へぇ。ヨッタってば人気なのね」


 その依頼書の数からも、彼女の人気ぶりはよく分かる。しかしヨッタ自身は曖昧な笑みに留めて、小さく肩をすくめるだけだ。


「そもそも、ディスロに行こうっていう魔導技師が少ないからね。エストルからも遠いし、治安は悪いし」

「やっぱり治安は悪いのね」


 当然だろ、とヨッタは即答する。


「今回はうまくララたちと会えたけど、いつもはかなりの大金で雇ってるんだ。乾季ギリギリに入ってるのも、今くらいじゃないともっと依頼料が高くなるからってのが理由だよ」


 オアシスで商隊に傭兵を取られたことを根に持っているのか、ヨッタは悔しげに言う。エストルからディスロまで向かうとなれば、多くの苦労が待っている。年に二度と纏めても、旅費と稼ぎはほとんど相殺してしまうと彼女は嘆いた。


「なんでわざわざ苦労して、儲けのない町に出かけてるんだ?」


 苦労話を聞いたイールが、率直な疑問を口にする。ヨッタも慣れた様子で、頬を掻きながら答えた。


「ディスロは確かに辺鄙なところにあるし、治安が悪いし、人気もないけどね。でも、そこにも人は住んでて、魔導具があるんだよ。だったら、誰かが直しにいかないと、生活が成り立たないでしょ」


 澄んだ青い瞳がイールを見る。その言葉はまっすぐで、嘘偽りがあるようにも思えなかった。だが、そう言い切った直後、ヨッタは恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「ま、色々言うけど、結局は後を継いでるだけなんだよ」

「後を?」


 ロミが首を傾げる。


「うん。師匠のね。――もともと、ディスロへ行って魔道具修理をしてたのは師匠なんだよ。私はそれを引き継いだだけ」


 ヨッタの師匠について、ララたちが知っていることは少ない。今も砂漠を放浪しているらしいということと、ファイルも同じ師匠の下で学んでいたということくらいだ。

 けれど、ヨッタの話しぶりからして、彼女が師匠のことを強く尊敬していることだけは分かった。


「ヨッタは師匠のことが好きなのね」

「いやぁ、どうだろ」


 意外な返答に、ララが目を丸くする。ヨッタは微妙な顔をして、眉間に皺を寄せた。


「確かに腕は確かだけどね。金遣いは荒いし、何考えてるか分かんないし、気付いたらどっか行ってるし。そもそもディスロへ行くようになったのも、あの人がどっかに行ってて仕事ばっかり溜まって仕方なく行き始めたのが最初だからね」

「ええ……」


 さっきとは打って変わって恨み言を延々紡ぎ始めるヨッタ。ララたちはそんな彼女の変わりように唖然とする。


「ヨッタさんの師匠ってどんな人なんでしょうか……」


 そんなロミの言葉は、三人の心境の代弁だった。

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