第318話「なんだったのよ、アレ」

 我が物顔で詰め所の椅子に座る男たちに、リグレスたちは厳しい目を向ける。しかし、〈錆びた歯車ラスティギア〉の構成員は飄々とした顔でサンドウィッチを齧っていた。


「おい、それは俺の昼飯なんだが?」


 ペレが尻尾を逆立たせて、ドスの効いた声を放つ。しかし、男はニヤついた笑みを崩さず、鼻で笑う。


「しらねぇな。偶然ここにあったもんだ。お前のだって証拠はないんじゃないか」

「こいつっ!」


 目を吊り上げたユーガが尻尾で地面を叩く。鞭打に似た激しい音が響くが、リグレスは静かに彼の方を抑える。


「飯はともかく、そこは俺たちの場所だ。面倒ごとになる前に退いてくれ」

「くはっ。縄張り決めてんのもそっちの都合だろうが。俺たちが認めたつもりはねぇぜ?」

「騎士団との協定は結んだはずだ」


 終始冷静を保つリグレスだったが、それがなおさら男たちの反感を買ってしまう。身なりも奇抜な男たちは椅子を蹴飛ばし、彼らの間近まで迫る。


「協定協定うっせぇんだよ。その協定とやらに俺たちが町民としてしっかり認められてるんなら、どこ歩いてたって良いだろうが」


 苛立った獣のような威圧に、一歩離れて見ていたララたちも眉を顰める。

 〈錆びた歯車〉といえば人目を忍んで秘密裏に活動している組織だというのがララの認識だったが、これではただのチンピラである。

 彼らの首領とは死闘を繰り広げた敵同士とはいえ、これでは少し彼女に憐みの気持ちも湧いてくる。

 そんなララの視線に気が付いた男が、口元に笑みを浮かべてやってくる。


「見ねぇ顔だな?」

「さっき来たばかりなのよ。ちょっと探し物をしにね」

「ほほぅ。それなら、あんな役立たずじゃなくて俺たちに着いてこいよ。協力してやるぜ」


 男はララの体をジロジロと見た後、視線をイールとロミにも向ける。その舐め回すような目に二人も不快感を覚えているようだったが、わずかに眉を顰めるだけに留める。それよりもイールとロミを見て露骨に目の色を変えた男にララの方がいい加減キレそうになっていた。その時、リグレスが両者の間に割って入る。


「すまないが、こいつらは騎士団の客だ」


 彼はそう入って、男の胸を押す。


「関係ねぇだろ。てめぇらは黙ってろよ」


 その行為が男たちの怒りを読んだ。彼らは目を鋭くすると、懐から小型のナイフを引き抜く。それを見て、一気にララたちも緊張する。

 口論までならまだしも、凶器を持ち出せば状況は変わる。

 イールが右腕に力を込め、ロミも杖に魔力を流し始めた。


「いいや。彼女たちとはすでに契約を結んである。〈錆びた歯車〉は手を引いてもらおうか」


 しかし、レングスは努めて冷静に言葉で男を拒絶する。

 しばらく両者は睨み合い、張り詰めた剣呑な空気がその場を支配する。ユーガとペレの二人も、怒気を顔に滲ませてはいるが、腰の得物を抜くことだけは必死に堪えているようだった。


「けっ。契約やら協定やら。ゴロツキが偉くなったもんだ」


 緊迫した空気は急に解け、男はナイフを鞘に納める。そうして、ニタニタとニヤついたまま、取り巻きを連れて去っていった。


「なんだったのよ、アレ」


 彼らの姿が見えなくなってから、ララは呆れた顔で言う。本当にかの悪名高き〈錆びた歯車ラスティギア〉の構成員なのかと疑ってしまうほどの三下ムーブであった。


「あいつら、この町でも生粋のろくでなしさ。あんたらも関わらない方がいいぜ」


 吐き捨てるようにペレが言う。彼は食べ散らかされたサンドウィッチを見て、苛立ちのまま舌を打つ。


「団長が持ち掛けた協定も、結ぶだけ結んでろくに守りゃしねぇ。おかげで、狭間の方じゃ毎日いざこざだ」

「協定っていうのは?」

「砂漠の向こうからやって来たあいつらは、無理やりディスロから俺たちを追い出して自分のもんにしようとしてたんだ。けどまあ、当然俺たちも反撃してな。お互い結構な損害が出たから、ウチの団長が中心になって協定を結んだんだ。町の一区画をお前らにやるから大人しくしろってな」


 ユーガによる協定の解説を聞いたララたちは驚きと共に感心する。

 ディスロはこの世の終わりのような場所だと思っていたが、それでも多少の秩序はあったのだ。それがどれほど守られているのかは早速疑問が残る形になってしまったが、少なくともリグレスたち騎士団の構成員はそれを重要視していることが分かる。


「結局あいつらは何しに来たんだ? まさか、腹が減って出て来たわけでもないだろ」


 イールは砂の上に落ちているパンを見る。


「あながち間違ってないさ。奴ら、街の疎まれ者だからな。商売してくれる奴も少ないし、稼ぎもねぇから」

「そんなんでよく暮らしていけるわね」

「暮らしていけねぇから盗むのさ。そのせいで俺たちも最近は忙しくて参ってるんだ」


 稼ぐことができず、食べることができず、盗みに走る。

 あまりよくない流れであることは、ララにでも分かった。だからといって、外から来たばかりの彼女が何かを言える立場でもない。


「すまないな。恥ずかしいところを見せてしまった」

「城に戻れば何かしら食えるだろ。そっちに案内しよう」


 結局、〈錆びた歯車〉の小物たちのことは放っておいて、彼女たちは場所を移動することとなった。リグレスがララたちを案内したのは、町の中心部にある朽ちた廃城だった。

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