第314話「人の話はあんまり信用しない方がいいぞ」

 食堂で腹を満たした後、一行はファイルの店へと戻る。ヨッタはそこで食事代分働くことになり、ララ達はその間少し地下街を散策することにした。


「スリやひったくりに気をつけてれば、後はそんなに治安も悪くないから大丈夫だよ」

「傭兵と神官を襲おうなんて思う輩はそういねぇからな」

「なんだか逆に不安になるわねぇ」


 楽観的なことを言うヨッタたちに見送られ、三人は煌々と明かりの連なる街中に繰り出す。砂漠の真ん中だと言うのに、地下街はとても涼しい。このような閉所に芋を洗うように人々が密集していると、すぐに窒息してしまうはずだが、何か強力な空調設備でもあるのだろうか。


「しかし、自由に歩けと言われてもね」

「わたしたちはここの事を何も知りませんからねぇ」


 困った顔でイールは周囲を見渡す。天井の低い町では、幅の広い通りの両脇から大きな声が飛び交っている。トカゲやサソリなどが丸々一匹軒下に吊り下げられ、その場で料理している店など、地元の匂いが強い光景がそこかしこに見受けられた。


「適当に歩けば何か見つかるでしょ。アグラ砂漠の珍味とかあったら食べてみたいわね」

「まだ食べるのかよ」

「砂蚯蚓の年輪焼きも珍味だったと思いますがねぇ」


 二人に呆れられながら、ララは元気よく歩き出す。彼女は建ち並ぶ商店を冷やかし、そこに陳列されている品々を注意深く見つめ、それらしい顔で唸ってみせる。その芝居がかった姿にイールたちの方が恥ずかしくなって俯く始末だった。


「むむむ、これはきっと年代物ね」

「オレが作ったランプだよ。一つどうだい?」


 明るい光を放つランプに囲まれて顎に指を添えているララの首を、イールがむんずと掴む。


「ほら、先に行くぞ」

「うわぁっ!? 良いところだったのに!」


 引き摺られるまま去って行くララを、ランプ屋の青年はきょとんとして見送る。ロミがペコリと頭を下げて、早足で二人を追いかけた。


「しっかし、本当にいろんな店があるな」

「上の町も相当騒がしかったけど、こっちの方が活気がある感じがするわねぇ」


 周囲を見渡して率直な感想を漏らすイールに、ララも素直に頷いて賛同する。

 野盗の砦はもともとこの地下街がメインストリートだっただけあって、混沌とした中にも秩序がある。砂竜人たちは賑やかな町の中を、太い尻尾を振りながら歩いている。


「今までの町は何だかんだで人間族が多数派だったから、こういう光景は新鮮ね」

「そうだなぁ。人間族は寒いところから暑いところまで、大体の場所にはいるからな」


 鬼人族ほどの力もなく、エルフ族ほどの魔法の才能も持ち合わせていない人間族は、他種族から見れば矮小な存在だ。そんな人間族が抜きん出て秀でているのは、その数と適応力だった。

 砂竜人は寒冷な地域では活動すら難しく、妖精族は荒野には住めない。しかし、人間族は万年雪の降り積もる遙か高山の頂から、木々が生い茂りうだるような熱気の立ち込める密林、嵐が度々襲い掛かる海のそばまで、様々な土地に集落を構えている。あらゆる気候に耐えられる適応力と、広範な土地に根付く数の多さが、人間族の武器である。

 このアグラ砂漠の過酷な環境においてさえ、少数とはいえララ達以外の人間族が居ること自体、その証左と言えるだろう。


「ディスロはこの砦よりももっと過酷な場所にあるんでしょ? そんなところで、〈錆びた歯車ラスティギア〉の残党は暮らしていけてるのかしら」


 敵ながら、この砂漠の過酷さを知ってしまえばその身を案じざるを得ない。人混みに揉まれながら眉を寄せるララに、イール達も唸る。


「〈錆びた歯車〉が砂竜人の集団ってわけでもないだろうしな」

「やっぱり、“太陽の欠片”が重要な生活基盤になってるんでしょうか」


 ファイルに依れば、“太陽の欠片”はディスロを取り仕切る赤銅騎士団という組織が管理しているらしい。それは町の地下に埋まっており、砂漠の真ん中で暮らす人々に水をもたらすという。

 その話が事実であれば、“太陽の欠片”はディスロにとって欠かすことのできない重要な存在だ。ララが自分の所有物だからといって奪取してしまえば、そこに住む人々は一瞬にして干からびてしまう。


「蒼火の灯台とか、サクラの本体みたいに、現地の生活が依存してる場合は十分考えられるのよね。物によっては、二つみたいにそのまま置いておいて、一部だけ貰うってこともできるんだけど」


 結局、何がそこにあるのか。“太陽の欠片”とは何なのか。それが分からないことには、ララにも対処のしようがない。そういうことだった。

 ファイルはディスロという町は悪人達の巣窟だというが、そこに住む全ての者が脛に傷を持っているというわけでもないだろう。もしそうであれば、ヨッタがわざわざ遠いエストルの町から遙々やって来る理由がない。


「人の話はあんまり信用しない方が良いぞ。聞き間違いもあるし、思い込みや勘違いってこともある。自分で見聞きしたものが一番確かだ」


 うんうんと唸るララを見て、イールは旅の先達として含蓄のある言葉を送る。


「百聞は一見に如かず、ってね。やっぱり、それが一番よね」

「そうですよ。図書館に収められてる本も、結構間違ってたりしますからね」


 ロミも身に覚えがあるようで、しきりに頷く。ララもここで悩んでいても仕方がないと気持ちを切り替える。


「じゃあ、イールのアドバイスに則って、あそこの“元祖”砂蟹サンドクラブ煮込みと“本家”砂蟹煮込みと“初代”砂蟹煮込みの店で食べ比べしましょうか」


 張り切って指を伸ばすララ。彼女の視線の先には、同じような旗を立てた三軒の店が並んでいた。どの店も大鍋でグツグツと小蟹を煮込んでいて、客も右往左往している。店主達は自分こそが最初の砂蟹煮込み屋であると言って譲らないようだ。

 期待に胸を膨らませて三つの店を見比べるララに、イールとロミは額に手を当てて呆れる。彼女の小さな身体のどこに、それほどの量が収まるのか、不思議でならない。とはいえ――。


「やっぱり元祖って所が一番なんじゃないか?」

「でも、初代と謳っている所はお鍋も年季が入ってますよ」


 二人もわざわざこんな所までやってきた奇特な人間族である。好奇心の刺激されるまま、ララの背中を追いかけた。

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