第313話「とりあえず実物を見てみないことにはね」

 地下街の飲食店に戦慄が走る。

 大食らいな巨人族を満足させるほどのボリュームが売りである砂蚯蚓の年輪焼きを、人間族、それも年端もいかない少女が次々と平らげているのだ。ファイルが食べた三枚という量は瞬く間に追い抜かれ、テーブルには舐めたように綺麗になった空き皿が10枚重なっている。


「ふぅ、食べた食べた」

「食べ過ぎだ、バカ!」


 膨らんだ腹をさするララの後頭部を、イールが軽く叩く。ロミも苦笑しているが、彼女を止めようとはしなかった。

 ファイルは奢ると言っていたが、これではララの分くらいは支払わなければ詐欺のようなものである。


「はぁ、すごいんだね。よくそんなに入るもんだ」

「俺だってそんなに食べられねぇぞ」


 ヨッタとファイルの二人は、一度も止まることなく完食したララを見て唖然としている。その小さな身体のどこに大量の肉が入っているのか、不思議に思っているようだ。

 実際、本来ならばララの胃袋は到底それらが収まりきるほどの大きさではない。食べたそばから強化された消化酵素によって溶かし、それを効率よくエネルギーに変換しているからできる芸当である。


「ごめんごめん。ここの年輪焼きが美味しくてついね。もう3日は何も食べなくていいかも」


 そう言っている間にも、ララの腹はゆっくりと元通りに戻っていく。ナノマシンによって貯蔵されるエネルギーは、脂肪よりも遙かに高効率に使用できる。彼女の言葉は間違いではなかった。

 無論、食べなくても問題がないだけで、食べることができるなら食事は摂るつもりではある。彼女にとって、食事は娯楽でもあるのだ。


「ほんとに人間族か?」

「うーん、どうだろうね?」


 ファイルの問いに、ララは曖昧にしか答えられない。姿形は人間族とよく似ているが、そもそも生まれた場所が違うため、遺伝子レベルでは違う生物であるはずだ。

 収斂進化か、神の奇跡か、世界の真理か。なんにせよ、この世界の人間がララとそう変わらない外見であることは色々と都合がいい。


「ララは不思議な奴だなぁ」


 ヨッタがもそもそと残りの年輪焼きを食べながら言う。彼女はエルフではないため、動物の肉も問題なく食べることができるのだと、ララは今更ながら気がついた。


「ヨッタはララ達のことよく知らねぇのか?」


 ヨッタの様子を見て、ファイルが首を傾げる。彼はてっきり、ヨッタとララ達が別の町からしばらく一緒に旅してきたと思っていた。そもそも、モービルが無ければ彼女たちが今朝発ったオアシスからでも数日かかるため、当然といえば当然である。

 そのため、ヨッタが昨日であったばかりだと言うと、彼は目を丸くして驚いた。


「よくそんな奴を地下街まで案内してきたな」

「何故か馬が合ったんだよ。悪い奴らには見えないでしょ?」

「そりゃあ、そうかもしれんがなあ」


 そう言って、ファイルはぼりぼりと頭を掻く。彼の目から見ても、三人は腕は立つものの礼儀は弁えた人物だと捉えられた。


「オアシスで偶然出会って、行き先が同じだったからね」

「行き先?」

「うん。ディスロ」


 ヨッタは答えて、砂蚯蚓の肉を食いちぎる。弾力のある肉をもにもにと噛んでいると、ファイルは椅子を蹴って立ち上がった。


「ヨッタ! まだあんな所に行ってるのか!」


 声を荒げるファイルに、ララ達が驚く。ヨッタはしまったと言いたげな顔をして、唇を尖らせる。


「だって……依頼がくるから」

「そうは言ってもな。あそこは脛が傷だらけの奴が逃げ込む場所だぞ。お前はこんなでも女なんだから――」

「女だから何だってんだよ。ファイルよりはよっぽど強いからな!」


 訥々と説教を始めるファイル。ヨッタはそれに反抗し、拳を振り上げる。しかし彼女の褐色の腕は細く、力があるようには見えなかった。

 エルフとダークエルフは様々異なるが、生来高い魔力とそれを扱う才能を持っている点は同じくする。


「テメェは魔力が高いだけだろ。詠唱できなきゃロクに戦えねぇじゃねぇか」

「何をぉ!」

「ちょ、ちょっと二人とも! 落ち着いて下さい!」


 一発触発の空気に耐えきれず、ロミが仲裁に入る。二人はしばらく睨み合っていたが、ララ達が見ていることに気がついて、ばつの悪そうな顔で腰を落ち着かせる。


「す、すまん。食事中に……。しかし、その話だとあんたらもディスロに行くのか?」


 ファイルは簡潔な謝罪の後、三人に確認する。彼の目には心配の色があり、彼の優しさ故の言葉だといううことはすぐに分かった。

 それでも、ララは頷く。


「ええ。ディスロに捜し物があるのよ」

「捜し物?」


 ララはちょうど良いと流れに乗って話を続ける。


「“太陽の欠片”って言うんだけど、聞いたことない?」


 このあたりで少し、情報を集めてもいいだろう。魔導技師であるファイルなら何か知っていてもおかしくはないし、彼ならば信頼が置けると判断した。

 そして、そんなララの予想は当たり、ファイルは太い眉を吊り上げた。


「太陽の欠片! なんでまた、そんなモンを……」

「やっぱり知ってるのね。できれば、どういう物か教えてくれると嬉しいんだけど」


 ララは手を叩いて喜ぶ。対するファイルは、眉間に深い皺を刻み、低い声で唸った。


「何にも知らねぇでディスロに行くんだな……。“太陽の欠片”はあの町の秘宝だぞ」


 ファイルの言葉に、ララはきょとんとする。イールとロミも予想外に壮大な単語が飛び出したことに驚きを隠せないでいた。


「ララ達、ほんとにそれを狙ってるの? 止めといた方が良いよ」


 ヨッタも“太陽の欠片”について知っているらしく、三人に警告する。しかし、ララ達もここまで来て引き下がるわけにはいかない。せめてその理由を知りたいとファイルにせがんだ。


「“太陽の欠片”はディスロを仕切ってる赤銅騎士団って奴らが守ってる。なんでも、無限の力を生み出す遺失古代技術ロストアーツで、町に水を引くための動力になってるらしい」

「へぇ。太陽なのに水をねぇ」


 詳しい説明を聞き、ララは口角を上げる。そんな彼女を見て理解が足りていないと思ったのか、ファイルは続ける。


「赤銅騎士団は騎士なんて自称しちゃいるが、ならず者の集まりが勝手に町を仕切ってるだけだ。それに、“太陽の欠片”は町の地下に埋まってるとんでもなくデケぇ代物らしいからな。盗みだそうなんて思わない方が良い」

「なるほどなるほど。それはまた……」


 ララは顎に手を当て、深く考え込む。ファイルは本当に分かってるのか? と訝しんだ。


「まあ、とりあえず実物を見てみないことにはね。私達が探してるものとは違うかもしれないし」


 “太陽の欠片”が本当に遺失古代技術ロストアーツであるならば、ララがそれを手に入れる理由はない。彼女が欲しいのはあくまで、散逸した宇宙船のパーツなのだ。


「ヨッタとの約束もあるし、ディスロまでは行くわよ」

「ですね。砂漠で暮らす方々の生活というのも見たいですし」


 ララ達の返答から意思の硬さを感じ、ファイルは大きくため息をつく。これ以上は何を言っても糠に釘を打つようなものだと思い至ったようだった。


「はぁ。あんたらが並の悪人より強いことを祈るよ」

「そこは任せてちょうだい」


 ファイルの言葉に、ララが胸を張る。一番頼りなさそうな彼女を見て、巨人は渋い顔をした。

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