第312話「それくらいなら食べられるから」
ファイルはララ達を引き連れて、地下街でも賑やかな通りへと向かう。魔導灯の青やオレンジの光がぼんやりと闇を払う街並みには、肩が当たるほどの密度で人がいた。
「このあたりは賑やかね」
「飯屋が多いからだな。上はともかく、下の奴らは太陽が出てようが出てまいが関係ねぇんだ」
通りに並ぶ店の多くは、煮炊きを行う調理場を備えた飲食店だった。そこかしこで火が熾され、籠もった空気はほのかに暖かい。それでも煙が目に染みないのは、煙突や排気口といった換気設備が整っているかららしい。
店で売られているのは。砂漠鼠の姿焼きや花サボテンのスープなど、アグラ砂漠で採れる食材を用いた料理だ。どれもララの目には新鮮に映り、彼女は落ち着く暇が無かった。
「ほら、こっちだぞ」
どこから見ても立派な新参者と分かるララに、ファイルが声を掛ける。彼が指し示したのは、屋台ではなくきちんと客席の用意された店だった。
「またここかぁ」
その店を見て、ヨッタが眉を寄せる。彼女は一度ならず来たことのある場所だったようだ。
ララ達三人にとってはどの店も初めてなので、拒否する理由はない。ファイルが先陣を切って暖簾を掻き分けながら入ると、店の奥から威勢の良い声がした。
「らっしゃい! ってファイルじゃねぇか」
「期待通りで悪かったな」
店は巨人族のファイルが背を伸ばせるほど天井が高かった。
それもそのはず、店の奥から彼らを出迎えたのもまた、見上げるほどの体格をした立派な巨人族だったのだ。
「巨人が入れる店は少ないからな。ファイルはいっつもここで飯を食べてるんだ」
適当な席へ向かいながら、ヨッタが小さな声でララ達に囁く。
種族による体格の差は暮らしの中でも不便を感じやすい。巨人族は入れる建物が限られ、着れる服や使える道具を売る店も少ない。それは逆にも言えて、人間から見れば小人と称される妖精族なども苦労が多かった。
そういった体格的に少数派である種族は、町々に同胞向けの店を営むことも多い。この砦の地下街において、この店がそのうちの一つなのだろう。
「テーブルも大きいわね」
「椅子も、足が届きませんよ」
ララ達が案内されたのは、大きく切り出した岩のテーブルだった。巨人族の店らしい豪快なもので、椅子も小さめのものを用意されてなお、人間族にとっては少し大きい。
「ファイルは三枚かい? 嬢ちゃん達は?」
五人が囲むテーブルに、巨人族の店主がやってくる。ファイルは馴染みらしくすんなりと頷いたが、ララ達にはこの店で何が食べられるのかすら分からない。彼女たちを見て、ヨッタが補足した。
「この店は砂蚯蚓の年輪焼きが目玉なんだ。とりあえず、小を一枚頼んどけば十分だと思うよ」
「なるほど」
「み、ミミズですか……」
彼女の言葉に頷き、ララ達三人は砂蚯蚓の年輪焼きの小を一枚ずつ注文する。ロミは料理名を聞いてうっと表情を陰らせたが、それでも好奇心が勝ったようだ。
「砂蚯蚓って美味しいの?」
店主が注文を控えて厨房へ向かった後、ララがファイルに尋ねる。彼は考えたこともなかったと目を開き、顎に手を当てて考える。
「基本的に、毎日これだからな。腹に溜まるし、喰いやすい」
「ファイルは巨人の中でも特に食に無頓着だからね。ここの年輪焼きはまあ美味しいと思うけど、たぶん普通は3日で飽きるよ」
ヨッタが呆れた顔で言う。
巨人族は大量の食事を必要とするが、代わりに繊細な味覚を持ち合わせていない。腹が膨れ、栄養が摂れれば十分だと考える者が多い。そのため、街に少ない巨人族向けの店でもメニューの数はあまり豊富ではないのだという。
「砂蚯蚓は砂漠の魔獣だよな」
「ああ。最初はちっちゃい虫みてぇな奴だがな、少しずつ成長していって、どんどん大きくなるんだ」
むしろ魔獣としての砂蚯蚓に興味を示すイールに、ファイルは太い指で僅かな隙間を作りながら言う。
蚯蚓と名前に関しているが、実際には魔獣であるためミミズではない。形が似ているだけであり、それも幼年期の僅かな時だけだ。
砂蚯蚓は砂の中を這いながら成長を続け、だんだんと大きくなっていく。身体が大きくなるにつれて新しい皮が生まれていくため、成長したものを切れば、断面が年輪のように見える。
「なるほど。年輪焼きというのは、輪切りステーキのことなんですね」
「そういうことだ。砂蚯蚓は骨もねぇし、毒を持ってるわけでもねぇ。腹の中の砂を取るだけでいいし、何より数が多い」
だから巨人族の胃袋を支えられるのだ、とファイルは言った。
砂蚯蚓は砂漠ではメジャーな魔獣であり、小さなものは他の魔獣の捕食対象にもなっている。大きくなるにつれて数は減るが、それでも巨人族が満足できる大きさのものくらいならいくらでも獲れた。
砂蚯蚓の年輪焼きは安く、早く、美味く、多い。三拍子どころか四拍子揃った、とても理想的な料理なのだ。
「はいよ、おまちどう」
会話の間に割り込んで、店主が大きな皿をテーブルに置く。そこに載っていたのは、ララの指三本分はあろうかという分厚い肉だ。円形をしており、その大きさも彼女が両腕をいっぱいに使って丸を作ったものと同等に見える。
「でっか!」
そんな、豪快な肉が三枚。こんがりと網の焼き目が付けられて、潰した芋や茹でた野菜を添えられて鎮座している。
「これがひとり分ですか?」
「俺のな。あんたらのはもっと小さいから安心しろ」
恐ろしげな表情をするロミに、ファイルはすげなく答える。一枚を食べるだけでも苦労しそうな量だが、彼は驚く様子もない。
「これが砂蚯蚓の輪切りなのね。めちゃくちゃ大きいじゃないの」
ララは皿の上に重ねられたステーキを見て神妙な顔になる。
名前の通り、それは年輪のように同心円が重なっており、その間に肉が詰まっている。良く焼かれているが、柔らかそうだ。
「こいつは1年と少しくらいだな。皮の数で分かる」
ファイルはナイフとフォークを握り、その先端で指し示す。年輪と言いつつも新しい皮に入れ替わる頻度はおよそ一月に一度らしく、そのステーキには十五程の円があった。
外側の皮ほど硬くなるため、大きな輪切りになると噛み応えが増す。しかし、ファイルのような巨人にとってはあまり関係の無いことだった。
「はいよ。小、おまちどう」
「来たわね!」
そうこうしているうちに、ララ達の前にも皿が差し出される。それはファイルのものと比べると圧倒的に小さく、彼女たちからすれば常識的な大きさの年輪焼きだった。
これならば食べきれそうだとロミはほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃ、頂きまーす!」
全員の前に皿が出揃ったのを見て、ララが手を合わせる。ロミたちはキア・クルミナ教の挨拶を行い、ファイルはおもむろにフォークを突き立て、豪快にがぱりと口を開いて食べ出した。
「うん。美味しいじゃないか」
もにゅもにゅと口を動かし、嚥下する。初めての砂蚯蚓の年輪焼きを食べたイールは、頷いて言った。
臭み抜きも兼ねているのか、全体にスパイスが振られ、更に野菜をじっくりと煮溶かしたソースが掛けられている。筋張っているわけではなく、むしろ舌で潰せるほど柔らかい。円を描いている皮がくにくにとした食感で、それもまた面白い。
「美味しいわね。大でも良かったわよ」
瞬く間に小を一枚ぺろりと完食したララも、満悦の笑みを浮かべている。ロミも食べる速度は遅いが、味を楽しんでいるようだった。
「小か中、もう一枚喰うか?」
「いいの!?」
早くも大きな一枚を食べ終えていたファイルが、にやりと笑って言う。彼も案内した店で喜んでくれているのなら悪い気はしなかった。
気前よく言う彼を見て、イールとロミは互いに顔を見合わせた。
「あー。多少はこっちも払うぞ?」
イールが財布を出しながら言う。
しかし、ファイルはそれをしまうように促した。
「そんなに高いもんでもない。人間族の胃袋ならたかが知れてるだろ」
彼から見れば、ララのような人間は小食すぎる。多少大食いだとしても、彼らにとっての小腹を慰めるほどの量も食べられない。
そしてこの店は生まれ持っての大食漢である巨人族に向けた飲食店だ。人間の食べる量などはほとんど誤差の範疇である。
「じゃ、お言葉に甘えて。――大将、大二枚ちょうだい!」
「はいよっ。……はっ!?」
ララが厨房に向かって元気に注文を通す。それを聞いた店主がいつものように返し、少し遅れて目を丸くする。
二枚目を口に運んでいたファイルも、驚いてフォークを取り落とした。
「おま、大ってこのサイズなんだぞ?」
彼は確かめるように、自分の皿を示す。そこに載っているのは、人間族にとっては大きすぎる肉塊だ。
しかし、それを見てなおララはけろりとした顔で頷く。
「大丈夫よ。わたし、それくらいなら食べられるから」
「ええ……」
唖然とするファイルとヨッタ。
しかし、イールとロミは困り顔だが否定はしなかった。それを見て、ファイルはため息をつく。
「もう、好きにしろ。残したら俺が食べるよ」
「わーい! ありがとう、ファイル!」
ファイルが頷くのを見て、店主が肉を焼き始める。
周囲から様々な感情の視線が突き刺さるなか、ララは無邪気に笑って喜んでいた。
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