第311話「ゲストには飯くらい奢ってやる」

 野盗の砦は巨岩の内側をくりぬき、天然の防壁と成した堅牢な構造をしていた。三方に開けられた小さな門をくぐって中に入ると、そこには何層にも重なった複雑な建造物が現れる。


「うわぁ、また凄いところね」


 木で組んだ通路が縦横無尽に入り乱れ、色とりどりの旗が揺れる町並みを見て、ララが歓声を上げる。

 武装した砂竜人が多く、彼らの密度によって熱気は更に上がっていた。


「めちゃくちゃ暑いな。茹で上がりそうだ」

「神官服が直って良かったですよ……」


 イールは額に玉のような汗を浮かべ、それを見たロミが戦々恐々とする。ヨッタも褐色の肌を湿らせており、けろりとしているのはララだけだ。

 彼女は無邪気にはしゃぎながら、人の密集した通りに犇めく店々に視線を彷徨わせる。荒涼とした砂漠とは打って変わって、砦の内部は騒がしく、活発に取引が行われているようだった。


「ねえヨッタ、魔導具も売ってるわよ!」


 ララが見つけたのは、見た目からどのように動くかも分からない魔導具を乱雑に並べた店だ。屈強な砂竜人の店主がニコニコと笑みを浮かべている。

 ヨッタはそこの商品を一瞥し、肩を竦めた。


「盗品かスクラップだな。ジャンク品を組むには便利だけど、今は用がないよ」

「そうなの? 残念ね」


 ヨッタの言葉にララは眉を寄せつつ、すぐに別の店に興味を移す。

 野盗の砦はその生業から、店も胡散臭い商品を置いているところが多かった。王家の秘宝と謳う華美な宝石剣に埃が積もっていたり、龍の鱗と称されるカビた魚の鱗が籠に満載されていたりと、なかなかの無法ぶりである。


「どれもこれも、眉唾ものだな」

「でも、たまに魔力をしっかり宿してるものもありますね」

「九割九分外れだけど残りの少しに本物もあったりするんだ。知識と眼があれば、見て回るのも楽しいよ」


 ヨッタはそう言いつつも、客寄せの声に耳を貸さず真っ直ぐに道を進んでいく。ララ達もそれを追いかけ、階段を登ったり降りたり、複雑に入り組んだ町の中を奥へ奥へと向かった。


「ヨッタ、あたしたちはどこに向かってるんだ?」


 イールがそう尋ねると、彼女は何か企むような笑みを浮かべる。そうして、ひとけのない薄暗い路地へと入ったところで立ち止まって振り返った。


「この砦にも知り合いがいるんだ。ちょっと挨拶しようと思ってね」


 ヨッタはおもむろに、木板の壁を手で押す。

 ララたちが怪訝な顔で見る中、壁の一部が凹み、奥でガチャリと何かが動き出す音がした。


「足元、気をつけて」

「え? うわわっ!?」


 ララたちの足元が揺れ、砂の下に隠された岩が動く。現れたのは、地下に続く階段だった。


「隠し階段? 随分物騒だな」

「砦はよく襲撃も来るからね。こういうのはいろんな所にあるらしいよ」


 ヨッタはそう言いながら、現れた階段を下っていく。ララ達は顔を見合わせて、恐る恐る彼女の背中を追った。

 石製の階段は、ゆるくカーブしながら下へ下へと続いている。壁面も隙間無く石が積み上げられており、換気もしっかりされているのか、息苦しさはない。むしろ日光が入らないことで、少し涼しいほどだ。


「さあ、ようこそ野盗の砦へ」


 階段を下りきり、ヨッタが笑みを浮かべて三人に言う。階段の果てにあったのは、頑丈な石造りの小部屋だ。その奥にある壁の一部の石をヨッタが押すと、それが揺れ動いて開かれる。


「わぁっ!」

「これは……すごい……!」


 そこにあったのは、町だった。

 細かな間隔で並べられた魔導灯が明々と照らし上げる歓楽街だ。地上よりも人の密度は低いが、そこに負けないくらいの活気がある。


「表の町は新参とか、外の者がいる場所なんだ。砦の本当の住人はこっちで暮らしてる」


 ヨッタは驚く三人に満悦の笑みを浮かべつつ、壁の向こうへと歩き出す。地下に現れた町に唖然としていたララたちは、慌ててその後を追った。

 野盗の砦は本来、巨岩の下に築かれた町だった。人口が増えるに従って開発が進み、いつしか上の町が出来上がった。

 だが、今でも古くからの住人は地下街に住み、そこで暮らしている。


「ここだよ」


 ヨッタが三人を案内したのは、地下街の一角にある古びた魔導具店だった。彼女は遠慮なくつかつかと中に入り、奥に大きな声を上げる。


「ファイル! 居るんだろ。出てきなよ!」


 彼女の声が天井の低い室内に響く。

 ララは内装を見渡し、作り付けの棚に魔導具らしいものがずらりと並んでいることに気がついた。どれも綺麗に磨かれており、傷一つ無い。並べ方にも寸分の狂いなく、この店の主の性格が窺えた。


「おーい、ファイル!」

「うるっせーーーい! 何を朝からガンガン怒鳴ってんだクソが!」


 直後、ララの予想がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 ヨッタの声に返ってきたのは、地下街を揺るがすような大声だ。暗い店の奥から現れたのは、窮屈そうに身を屈めた巨漢だった。


「よう、ファイル。もう昼だぞ?」


 ヨッタは動じることなく、からかうように声を掛ける。ファイルと呼ばれた巌のような巨漢は、太い眉を寄せて壁に掛けた時計を睨んだ。


「……。地下街じゃあ太陽なんてアテにならん」

「全く。また作業に熱中してたのか?」

「うるせえな。繁盛してんだよ」


 楽しげに話すヨッタと、ぶっきらぼうに答えるファイル。二人の姿を見ているだけで、親しいことはよく分かった。

 ララはおずおずと手を挙げて、忘れられていないかと不安になりながら声を掛ける。


「あのー、ヨッタ。この人は?」

「ああ、ごめんごめん。こいつはファイル。こんなナリだけど魔導技師で、アタシの兄弟子だよ」


 ヨッタはそう言って、ファイルの太い二の腕をぽんぽんと叩く。対するファイルは口をへの字に曲げて不本意そうな顔をしていた。


「兄弟子になったつもりはねぇけどな。あのクソ野郎が知らん間にテメェを拾って持ってきただけだ」

「つれないなぁ、相変わらず」


 ヨッタが唇を尖らせるも、ファイルはボリボリとこめかみを掻いて鼻を鳴らす。

 彼の背丈は、真っ直ぐ背筋を伸ばせば優に2メートルを越えるだろう。岩のような肌や四本の指を見ても、人間でないことは分かる。


「巨人族か。珍しいな」

「そうかい。ここじゃあ人間族も随分珍しいけどな」


 イールの声に、ファイルは口角を上げながら答える。

 彼は人間よりも大きな身体と強い力を持つ種族、巨人族だった。屈強な身体を持つ彼の種族は厳しい環境にも耐えるため、砂漠の真ん中で暮らしていたとしても不思議ではない。


「巨人族の魔導技師は初めてです。わたしはキア・クルミナ教の武装神官で、ロミと言います」


 よろしくお願いします、とロミが手を差し出す。ファイルはそれに眉を上げて、恐る恐る二本の指を差し出した。

 二人の大きさが違うため、二本指でもロミは握りきれない。


「私はララ、こっちはイール。二人は傭兵で、ロミと三人で旅をしてるの」

「ほーん。それでヨッタに捕まったのか」


 ファイルは三人を見渡し、憐憫の眼を向ける。それに気がついたヨッタがむっと眉間に皺を寄せて、彼の柱のような足を蹴った。


「せっかく可愛い妹弟子が会いに来てやったんだ。飯くらい奢ってくれよ」

「なんで俺がそんなことをしなくちゃならねぇんだよ」


 不遜なヨッタの言葉に、ファイルは呆れた顔で声を上げる。

 それを見てララはようやく、ヨッタがこの町に立ち寄った理由を察した。彼女は昼食を求めてファイルの元へとやってきたのだ。


「いいじゃんか、ちょっとくらいさ。久しぶりに会えたんだし」

「久しぶりって、別に会いたかねぇよ。突然来やがって、人の安眠を邪魔して……」


 ぶーぶーと抗議するヨッタだが、圧倒的にファイルの言葉の方が正論だった。


「あはは。それじゃあ、どこかおすすめのお店教えてよ。地元民ならそういうの詳しいでしょ」


 ララが見かねて折衷案を出す。案内をしてもらえるだけでも、彼女たちにとってはありがたい。

 彼女の要求を聞いたファイルは、ボリボリと掻きながら仕方なさそうに三人を見た。


「仕方ねぇ。ゲストには飯くらい奢ってやる」

「いいの!? やったぁ!」

「テメェは身内だろうが! 喰った分働けよ」


 跳び上がって喜ぶヨッタに、ファイルはすかさず釘を刺す。それでも昼食を振る舞うことにはなっているあたり、彼の性格が覗えた。


「すまない。助かる」

「別に良い。繁盛してるって言っただろ」


 余裕はあるんだ、とファイルはそっぽを向いて答える。彼のそんな様子を見て、イールとララは思わず笑った。


「巨人の方がどんな食事をされるのか、気になりますね。砂竜人の方はお肉を良く食べているようでしたが……」


 ロミは早速懐から手帳を取り出し、記録の準備をしている。彼女から好奇心の視線を向けられたファイルは、恥ずかしそうにしながら奥の部屋から荷物を取ってきた。


「地下街なら何だってあるからな。好きなもんを言ってくれ」

「わーい! じゃあ、肉だ!」

「テメェじゃねぇっつってんだろ!」


 すかさず手を挙げるヨッタを、ファイルは大きな手のひらで押し退ける。

 結局、ララが地元らしい料理をと希望を挙げ、ファイルはそれを了承した。彼女たちは大柄な男の後を追い、地下の明るい町へと繰り出した。

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