第310話「野盗の砦!?」

 モービルは快調な走りを見せていた。

 ヨッタの計画していたルートを、ヨッタの予想よりを遙かに超える速度で駆け抜け、数日かかる距離を数時間で稼いでいく。しかも、彼女たちはただ柔らかい座席に座っているだけでいい。暑さや日差しを気にする必要も無く、談笑したりうたた寝したりしているだけで目的地へと近づくのだ。


「いやぁ、凄いね。まったく」


 流れゆく景色を車窓から眺め、ヨッタが何度目かの賞賛を口にする。

 広大な砂漠は更に厳しさを増し、疎らに見えていた魔獣たちの姿もめっきり減ってしまった。時折、砂竜人の盗賊らしい影も見えるが、彼らが何か行動を起こすよりも早く距離を離してしまう。

 全くもって、モービルの旅は快適だった。


「本当に、モービル様々です。この砂漠を歩いて進もうと考えただけでも気が遠くなっちゃいます」

「ヨッタは元々そのつもりだったんだろ。凄いもんだ」


 ヨッタと共に後部座席に座ったロミとイールは、過酷な砂漠の環境を見て感嘆の声を漏らす。ヨッタはこの砂漠を、数日かけて歩き通すつもりだったのだ。というよりも、モービルなど持っていない商隊や他の旅人たちは、それを余儀なくされるのだ。

 もはやロミやイールにとっては考えられないような行動である。


「道なき道というか、もはや目印もないのよね。こういうところを歩く時って、どうやって進路を決めてるの?」


 普段、街道沿いにしか移動をしていないララにとって、砂漠はただただ広大無辺な土地にしか見えない。このあたりになってくると、キア・クルミナ教の聖柱も立っておらず、旅する際の目印となるようなものが何もなかった。

 現在はサクラとレコによるナビゲーションを受けてモービルのルートが選択されているが、一般的な旅人ではそうは行かないはずだ。


「基本的には星頼りだな。地図と羅針盤を片手に歩いて、夜になったら星を見て居場所を確認するんだ」

「なるほど。そういうのは必須技能なのね」


 この世界でも、星が大地を指し示す点は変わらない。ヨッタは荷物の中から六分儀のような道具を取り出して見せる。彼女はこれを使って、茫漠とした砂原のどこに自分が立っているのかを知るのだ。


「それも魔導具?」

「ただの道具だよ。魔力は必要ない」


 興味を示すララの言葉に、ヨッタは苦笑して答える。

 天球に映る星々の位置関係を図るだけのものであれば、魔石を内蔵する必要はない。魔導技師だからといって、身の回りの物全てを魔導具で揃えているわけではないのだ。

 それもそうかとララが相槌を打ちつつ、ハンドルを切る。背の高い砂丘を難なく乗り越えると、遙か彼方まで広がる眺望のなかに、巨岩が現れた。


「あれは?」

「砂竜人の野盗の砦だな」

「野盗!? 砦!?」


 赤みがかった褐色の、扁平な形をした巨大な岩だ。それを見て軽く放たれたヨッタの言葉に、ララとロミが目を見開いて驚く。そんな二人に対し、ヨッタはそうだと手を叩いた。


「せっかくだし、ちょっと寄ってかないか?」


 彼女の提案に、二人は更に驚く。信じられないと眉を釣り上げ、ヨッタを睨む。


「何を言ってるんですか。野盗ですよ!?」

「ノコノコ入っていったら、素寒貧にされちゃうんじゃないの?」


 喧々囂々と捲し立てる二人を見て、ヨッタははっとする。そうして、彼女は違うよと苦笑して首を振った。


「野盗って言っても、別に無差別に旅人を襲ってるわけじゃない。正しく言えば、賞金稼ぎかな」

「賞金稼ぎ?」


 首を傾げ、言葉をそのまま繰り返すララ。ヨッタは頷く。


「三人も、アグラ砂漠がどういうとこかは知ってるんだろ?」

「まあ、ある程度は……。あっ、そういうことですか」


 ロミがぴくんと眉を動かす。彼女は何かに気がついたようだった。それを察して、ヨッタは口角を上げる。


「多分、ロミが考えてることが正解だよ」

「なるほど。……罪人を捕らえる方々の拠点なんですね」


 それを聞いて、ようやくララも納得する。

 野盗とは言いつつ、彼らが狙うのは他の土地から砂漠へ逃げ込んできた者たち――つまりは犯罪者だ。こんな所まで追い込まれた者はその大半が首に金が懸けられている。それを目当てにする賞金稼ぎが、砂漠で目を光らせているのだ。


「ご名答。そんなわけで、清廉潔白なアタシたちには何の問題もないよ」


 ヨッタの説明を聞いて、ララはほっと胸を撫で下ろす。そうして、早速ルートを少しずらして、巨岩の砦へとモービルを向けた。


「野盗は襲われることも多いからね。ああいう岩をくりぬいた要塞なんかを作ってるんだ」

「あれ、中がくり抜かれてるんだ? ……ほんとだ、表面に小さい穴が開いてるわね」


 ララは視力を強化して、遠く離れた場所にある砦を見る。一見するとただの巨岩ではあるが、注意深く岩肌を見てみると、小さな穴がいくつも開いている。あれが光や空気を取り込むためのものであり、外を窺う窓であり、有事の際には魔法や熱湯などを注ぐための場所になるのだろう。


「しかし、ずいぶん大きいわね」


 巨岩は平たい円柱形をしている。その大きさは遠く離れていても強い存在感を放つほどで、荒涼とした砂漠のなかでは特によく目立つ。


「ここいらじゃ一番大きな野盗の砦だよ。500人くらいの賞金稼ぎと、その家族が暮らしてる。それに、捕まえた賞金首を入れる牢屋もでっかいのがあるんだ」

「ヨッタは詳しいのね」

「何度か行ったことあるからね。魔導具修理の需要はどこでもあるし」


 少し自慢げに鼻を鳴らすヨッタ。

 凶悪な賞金首を捕らえておく必要のある砦だからこそ、他の集落では見られないような珍しい魔導具も多くあり、だからこそ彼女のような魔導技師の需要も高い。実際、彼女は以前この町で拘束用の魔導具や檻を施錠するための魔導具などの修理を請け負っていた。


「野盗の砦は他の村と比べて賑やかなんだ。何せ、金を持ってるからね」

「なんだか複雑な話ねぇ」


 資源が乏しい砂漠の集落の中では異例だが、野盗の村は経済的に豊かだった。そこに住む賞金稼ぎたちにとって、砂漠を彷徨う犯罪者たちを捕らえる事が仕事であり、彼らはエストルの向こう側からいくらでもやってくるのだ。ある意味では、尽きることのない資源を取り続けているとも言える。

 そんな理由から野盗の砦は多くの商隊キャラバンも訪れる一大都市になっており、砂漠の真ん中にも関わらず様々なヒトやモノが集まる物流の拠点としても機能していた。


「賞金首が後生大事に持ってたモンも売りに出されててさ、結構掘り出し物があったりするんだ」

「ええ……。それっていいの?」

「悪人が捕まった時点で、そいつが持ってたモンは捕まえた奴のものになるからな」


 微妙な顔をするララに、ヨッタは軽く答える。彼女もまた、砂漠に生きる者としての強かさを持っていた。

 もし、悪人の持ち物がどこかから盗まれた物だった場合、それを取り戻したいと考える本来の持ち主に返すための専門業者もいるらしい。当然、賞金首の懸賞金とは別に金は掛かるが。


「っと。モービルはこのあたりに停めておこうかな」


 そんな話をしているうちに、巨岩の砦がかなり近づいてきた。

 ララはモービルの速度を緩め、砂漠の真ん中に停車する。今回も、砦には徒歩で乗り込むつもりだった。


「うぅ、また砂漠を歩かないといけないんですね」

「本来はそれが当たり前なんだからな。ほら、降りた降りた」


 悲しい顔をするロミを追いやり、ヨッタは数時間ぶりに車外へ出る。ララも運転席から転がり出て、腰を思い切り反らした。


「ほら、イールも。出掛けるわよ」

「うおっ!? っと、寝てたのか」


 ララは後部座席で静かに俯いていたイールの肩を叩く。彼女はモービル体験2日目にして、早速眠りに落ちてしまっていたようだった。

 少し恥ずかしそうに目を擦るイールを見て、ララは薄く笑みを浮かべる。同乗者が安心して眠ってくれているのは、運転者としては誇らしく思うところもあるのだ。


「うわ、なんだあの岩?」

「野盗の砦だって。今からあそこに行くのよ」

「野盗の砦!?」


 イールは遠くに泰然と横たわる巨岩を見て声を上げる。彼女の反応はつい先ほどの繰り返しであり、ララとロミは思わず吹き出してしまった。そんな二人を見て、イールは困惑の表情を浮かべるのだった。

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