第309話「これはもう魔法具だな」

 翌朝、ララ達が荷支度を整えて宿を出ると、ヨッタは建物の前で待ち構えていた。昨日と同じく大きなリュックサックを背負い、その上に露店の天幕を畳んで積んでいる。かなりの大荷物だが、彼女は平気な顔をして三人に手を振った。


「おはよう。今日からよろしくな」

「おはよ。早いわね」

「いつ出てくるか分からなかったからな。それに、夜明けには目が覚めるんだ」


 ララは「勤勉ねぇ」と呆れたように言い、欠伸を一つ漏らす。


「ロミの服の具合はどうだ? 微調整が必要ならここでやるけど」

「問題ないです。以前よりも調子が良いくらいで」


 ヨッタはそんな彼女に苦笑して昨夜修理した神官服の様子を伺う。白い服を着込んだロミは、嬉しそうに目を細めて答えた。

 神官服は、壊れた魔法回路を直すついでに経年劣化していた箇所も修正されていた。そのため、今までよりも更に魔法の効力が高まっている。とはいえ、彼女も神官服を扱うのは初めての経験であったため、万が一のことがないか気にしていたようだった。

 ヨッタはロミの評価を聞いて、安心した様子で胸を撫で下ろした。


「それじゃ、早速だけど出発しましょうか」


 早くも四人が揃ったのを見て、ララが切り出す。まだまだ旅の目的地であるディスロへの道のりは長く、少しでも急ぎたい彼女は、すぐにでも出発したかった。


「そうだな。涼しいうちに、距離を稼いでおきたいし」


 リュックサックを背負い直して言うヨッタ。彼女の言葉に、ララはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 四人はオアシスの集落を発ち、砂漠の真ん中を歩く。ララを先頭にして進む一行を、ヨッタは怪訝な顔で見る。


「なあ、ディスロはこっちじゃないぞ?」

「分かってるわよ。ま、もうちょっとだから」


 問いをはぐらかすララに、ヨッタの目は怪しい者を見るものに変わっていく。神官もいることで信用していたが、彼女たちはたちの悪い輩なのかもしれない。そんな思いが一歩進むごとに募っていく。

 そもそも、女三人で旅をしているという時点で怪しい。しかも、これから本格的な乾期の始まるアグラ砂漠に、彼女たちは随分と軽装だ。神官服のロミはともかく、ララとイールの二人は乾期を侮ってるようにしか見えない。

 ヨッタは三人に悟られないよう、静かに腰のベルトに吊った護身用の短剣を確かめる。彼女も女の身である以上、それなりの用心はしていた。ダークエルフの端くれとして、魔法の心得もある。何かあればすぐに対処できるように、覚悟を決める。その時だった。


「サクラ、出てきなさい」


 唐突にララが立ち止まり、虚空に向かって叫ぶ。

 仲間が待ち伏せしていたのかと驚きながらナイフを引き抜いたヨッタの目の前に現れたのは、凶悪な賊ではなかった。


『お待ちしておりました、ララ様』

「異常は無い? すぐ出発できるかしら」

『もちろんです。システム、操縦系、駆動系、オールグリーンです』


 何も無い場所から突然現れた、濃緑色の車。全てが金属でできた奇異な乗り物は、キンキンと耳に響く声を上げていた。


「……は?」


 魔力反応もなく、何の前触れもなかった。あまりにも予想を越えた事態に、ヨッタは呆然と立ち尽くす。


「驚かせましたね。こちらがわたしたちの乗り物で、モービルと言うんです」


 彼女の様子に気がついたロミが、あまり役に立たない説明を施す。ヨッタにはこれがどういったものなのか、乗り物であるという事以外何も分からなかった。

 目を丸くするヨッタを置いて、モービルの扉がひとりでに開く。ララが前方の席に乗り込み、ロミとイールは後部へと向かう。


「ヨッタも乗っちゃって。シートベルトとかはロミが教えてくれるから」

「え、あ。……えっ?」


 混乱したまま、ヨッタはロミに手招きされてモービルの中に入り込む。

 中は少し狭いが、それでも三人が並んで座れる程度の幅がある。ロミが慣れた手つきで柔らかい座席に付いたベルトでヨッタを固定した。

 彼女の持つ荷物は車体後部の荷台に移す。


「ら、ララ。これ、これは一体……」


 ハンドルを握り、機器の点検をしているララ。彼女が持ち主であることを推察し、ヨッタが尋ねる。


「全地形対応型車両、モービルよ。まあ、砂漠を楽に移動するための馬なし馬車とでも思ってくれて良いわ」


 動力を内蔵した車両は、まだこの世界では普及していない。ヤルダではイールの妹であるテトルが〈壁の中の花園シークレットガーデン〉を指揮して魔導自動車の開発に取り組んでいるが、それもまだ研究段階だ。当然、ヨッタがそんなものを知るはずがない。

 彼女はララの噛み砕いた説明を聞いて、更に混乱を深めた。


「これは魔導具なのか? 魔力は何も感じなかったけど」

「まあ、ある意味ではそうかもね。私以外には扱える人も居ないけど」


 モービルの動力源であるブルーブラストは、ほとんど完全な魔力の上位互換と考えてもいい。その理論で言えば、モービルは魔導具の一つではあるはずだ。だが、魔導具が魔力さえあれば魔法を使えない者でも扱える道具であるのに対して、モービルはこの世界でただ一人ララ以外には使えない。


「よーし、それじゃあ出発するわよ」


 前のめりになって車内を隈無く見渡しているヨッタに、ララは目を配る。彼女は三人がシートベルトをしっかりと絞めているのを確認して、アクセルを踏み込んだ。


「うおおおおおっ!?」


 タイヤが砂を蹴り上げ、軽快に走り出す。

 動き出した車窓の風景を見て、ヨッタが大きな歓声を上げた。


「す、すごいすごい! こんなのがあれば、砂漠中どこでも行けるじゃないか!」

「砂漠だけじゃないわよ。用意さえすれば溶岩や水の中だって問題ないんだから」


 魔導技師としての性なのか、ヨッタは恐れるよりも驚きと好奇心が大きく勝っているようだった。彼女の無邪気な反応をミラー越しに窺って、ララは口元を緩めた。


「こんな魔導具、いや、これはもう魔法具だな。一体どこで手に入れたんだ?」

「色々と事情があるのよ。あんまり詳しくは言えないんだけど」


 モービルの出自を語ろうとすると、かなり込み入った話になる。ララが申し訳なさそうに眉を寄せて謝罪すると、ヨッタはすんなりと引き下がった。ララが事前に口の硬さを聞いた理由を察したようだった。


「ヨッタ、魔法具っていうのは?」


 代わりに、ララがヨッタに尋ねる。

 運転中は他にやることもなく、会話がある方が気が紛れる。


「魔導具よりももっと強力な魔法の道具だよ。遺失古代文明の遺跡なんかでたまに見つかったりするんだ」

「つまり、遺失古代技術ロストアーツ?」


 現在、地上に栄えている文明より以前により華々しい栄華を誇った文明、それが遺失古代文明だ。詳細が不明な、何らかの事件によって滅び、現在はその残滓が僅かに残るだけ。各地に点在する遺跡からは、現代の技術では再現不可能な高度な技術――遺失古代技術ロストアーツが発見される。


「うーん、遺失古代技術ロストアーツよりはまだ希望があるかもね」


 ララの言葉に、ヨッタは曖昧な返答を出す。


「魔法具は、魔導技師が目指す究極の魔導具なんだ。遺失古代技術よりはまだ、現実味があるものっていうのが、魔導技師としての考えだな」


 まあ他の一般人からすればどちらも同じようなもんだけど、とヨッタは笑って付け足す。

 魔法具というものは、非常に高値ではあるものの、遺失古代技術よりは遙かに多く出土し出回っている。そのため、ある程度研究も進んでおり、“理論上は実現可能”というものもあるにはあるようだった。


「ヨッタも魔法具を作ってみたいとか、思ってるのか?」


 話を聞いていたイールがふと尋ねる。ヨッタはそれに対し、困った様子で小さく唸った。


「うーん。どうだろうな。アタシは魔導具で沢山の人の生活が便利になればそれでいいと思ってるから、魔法具ほどのものはいらない気がするし……。でも、便利な魔法具が広まって、もっと生活が楽になればいいとは思ってるよ」


 少女の率直な思いに、ロミが感激して手を叩く。

 ヨッタは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

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