第214話「うわ、全然読めない」

「ここが魔法素材を売ってるお店だよ。杖や魔導具が欲しいならここへ」


 オルボンの一件の後、一行は気を取り直して村の見学を再開していた。

 民家の並ぶ一角を抜け、少し歩くと、殆どつぶれかけたボロボロの荒ら屋に辿り着く。

 巨大な二本の老樹柱が互いに寄りかかるようにしてできた三角形の空間に収まっているそれは、柱が微妙に傾き、壁にはいくつも穴が開いている。

 まるで樹に板を立てかけただけかと誤解してしまいそうな簡素な作りの壁は、少し強い風が一度吹けば、それだけで倒れてしまいそうだ。

 だからこそ最初、ララにはソールの言葉が信じられなかった。


「えと、ここがお店なの?」

「あはは。ララの戸惑いもよく分かるよ」


 瞠目するララに、ソールは思わず吹き出す。

 ケイルソードやティーナもなんとも微妙な表情で荒ら屋を見ていた。

 看板も何も出ておらず、人が住んでいる気配もない。

 到底ここで何かを売っているようには見えなかった。


「ジローナ婆さんは村一番の魔法使いではあるんだけど、如何せん変わり者なんだよね」


 やれやれと肩をすくめてソールが言った。

 この庵で魔法店を営んでいるのは、ジローナという老婆らしかった。


「とりあえず、入ってもいいのか?」


 好奇心を刺激されたらしく、うずうずとイールが言う。

 ソールが頷けば、彼女は早速扉に手を掛けた。

 乾燥した木の擦れる音がして、重い扉が開く。

 中も外観に違わず埃っぽく乱雑に物が積み上げられている。

 大小様々な商品のタワーが乱立し、さながら迷路か森の様相を呈している。


「これは、また中々……」


 内部を見渡し、ララが絶句する。

 ここから目当ての商品を探し出すだけで数日かかりそうだ。

 それにはきっと、弱々しいランプの頼りない光も一役買うはずだ。


「ジローナ婆さん! お客さんをつれてきたよー」


 ソールが店の奥に向かって叫ぶ。

 シンと静まりかえった店内に人の気配はないが、どこかに潜んでいるのだろうか。


「わっ」


 突然にロミが驚愕の声を上げる。

 それに驚いてララが振り返ると、彼女は慌てて手で口を押さえた。


「どうかしたの?」

「そ、その山の一番下に置いてあるの、古龍の鱗です……」

「なんだって!?」


 信じられない、とロミが唇を震わせる。

 イールが驚いて探す。

 ロミの前にあった、商品が乱雑に積み上げられた塔。

 その一番下に、確かに歪な五角形をした黒い鱗が積み重なっている。


「本当だ。これ一枚だけで豪邸が建つぞ」


 イールは一周回って面白くなってきたのか、口角を上げて言う。


「ま、普通は驚くよねぇ」


 そんな彼女らの反応に、ティーナが苦笑して言う。


「ジローナ婆ちゃんはあんまりこういうのをちゃんと管理しないんだよね。その辺に目が飛び出るような希少な素材が一杯置いてあるの」


 そう言ってティーナは軽く周囲を見渡す。


「これは虹色魔石、ミスリルインゴット、不死鳥の尾羽、単眼巨人の眼球、星の鉄、死の宝珠……。ぱっと見ただけでこれだけあるわねー」

「あっちにあるのはユニコーンの角だし、あれは火龍の皮翼だ。ウォーキングフィッシュの干物の隣に吊られてるのは六足ヤモリだな」



 スラスラとララの聞いたことも無いような名前を挙げるティーナとケイルソード。

 ララはぽかんと口を開けて首を傾げるだけだったが、両隣のイールとロミは様子が異なる。

 名前を一つ聞くたびに頭痛を覚えるようで、額に手を当てて唸っていた。


「い、いくらなんでも乱雑すぎます……」

「せめて警備をしっかりしてくれないと、あたしらの心が重くなるな」


 苦しそうに言う二人に、エルフ三人は共感して笑みを浮かべた。


「何か騒がしいと思うたら、珍しい客人じゃな」


 そこへ、店の奥からしわがれた老婆の声が聞こえる。

 六人が振り向くと、杖をつき、腰を折り曲げた老婆がゆっくりとした足取りで現れた。


「やあ、ジローナ婆さん。今日も元気そうだね」

「ソールに、ケイルソードに、ティーナ。後の三人は知らない顔だね」


 ジローナは店頭に立つ六人の顔を、ぎょろりとした目で見渡す。


「この三人は村の外から来た人間の旅人だよ。イール、ララ、ロミだ」

「ふむ。珍しいこともあるもんだ。長生きはするもんだね」


 ソールの紹介に、ジローナはゆっくりと何度か頷く。

 彼女はオルボンとは違って、人間に苛烈な敵対意識を持っている訳ではないようだった。

 一先ず、平和的に話ができるようで、ララ達は内心胸をなで下ろす。


「それで、今回は何が入り用かね」


 とんと杖をつき、ジローナが尋ねる。

 今にも倒れそうな外見とは裏腹に、その口調はしっかりとしている。


「ああいや、今回はこの三人に村を案内しようと思って」

「そういうことかね。うむ」


 ジローナが三人を見る。

 濁った青緑の目は、妙な魔力を含んで彼女達を射抜く。


「――何か用事があったら、いつでも来なさい」

「そうさせて貰うわ。ここなら何でも揃いそうだし」


 にぃ、と歯を見せて笑うジローナに、ララが答える。

 彼女の答えに満足した様子で、ジローナは何度か頷いた。


「それと」


 ジローナが言葉を重ねる。


「心配されなくても、店の用心はしっかりしておるよ」


 子供が見れば泣きそうな笑顔で、ジローナが言う。

 ララとロミが驚いて顔を見合わせた。


「こう見えて、ワタシもそれなりに魔法は得意でね。いくつか防犯用に魔法を掛けてあるのさ」


 ジローナは得意げに鷲鼻をひくひくと動かして言う。

 ソールたちはそれに対して参ったように肩をすくめる。


「無断で商品を持ち出した奴を一瞬で灰にする魔法を、防犯用って言えるのはジローナ婆さんだけだよ」

「あれ、もう塩の柱にする魔法じゃなくなったんだな」


 ソールとケイルソードの口から飛び出す言葉に、ララ達はしばし茫然とする。


「それよりもお前達。これから村を見て回るんだろう? それなら少し頼まれてくれないかい」


 ジローナは話題を切り替え、ララ達に話しかける。

 内容に依るけど、とソールが頷けば、ジローナは満足そうに目を細める。


「なに、簡単な配達さね」


 そう言って、彼女は店の奥へと進む。

 乱雑に積み上げられた魔法素材の数々を、粗雑に放り投げながら、彼女は何かを探しているようだった。

 ロミとイールが、真っ青な顔をしてその光景を見届けていた。


「あったあった。こいつらを届けて欲しいのさ」


 そう言って、ジローナがいくつかの木箱を持って戻ってくる。

 彼女は懐から宛先の書かれたメモも取り出し、共にそれらをソールに託す。


「うわ、全然読めない」

「エルフ語の文字だからね」


 後ろからのぞき込んで、ララが声を上げる。

 見慣れた共通語ではなく、それはエルフだけが用いる言葉らしい。

 意味を知らないララ達には、ただのミミズが這ったような線にしか見えなかった。


「エルフ語は速記に向いてるみたいですね」


 興味深そうにロミがエルフ語の文章を見る。

 言われてみれば確かに、共通語は文字が一つ一つ完全に分かれ、記号の羅列となっているのと異なり、エルフ語は全てが繋がっている。


「それじゃあ、確かに頼んだよ。できれば今日中に回っておくれ」

「分かった。回り終わったらまたくるね」


 ジローナから預かったメモを仕舞いながら、ソールが頷く。

 そうして一行は、少し荷物を増やして店を出た。


「最初はどこに行くんだ?」


 再度村の中心部に向かって歩きながら、イールが尋ねる。


「まずは民家だね。マスティアとボタニカの家が近いかな」


 メモを見ながら、ソールはそう言った。

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