第213話「人間が生きるために必要な事よ」

 三人分の寝具を作り終え、ツリーハウスの木陰に吊して休ませる。

 そうして、ララ達は村を見て回ることになった。


「リエーナの村は他のエルフの村と比べたら小さい方なの?」


 木々の隙間を歩きながら、ララがソールに尋ねた。

 サクラを通じて得られた村の地図に映る民家は五十軒にも満たない。

 人間基準で言えば、小さめに分類される規模である。


「何度か他の村にも行ったけど、今のところこの村が一番大きい規模だね」

「へえ。そうなんだ。小さい村が広範囲に点在してる感じなのかしら」

「まあ、そんなところ。そもそもエルフの人口が少ないんだから、仕方ないよ」


 特に気にした様子もなく、ソールは歩きながら言う。

 寿命が長く、出生率も高くないエルフは、村の規模も大きくなり辛いのだった。

 一つの村の人口が百を越えることすら珍しい。


「一カ所に纏まって、大きな村を作ったりはしないのか?」

「俺たちエルフは守護樹を中心にして村を作る。守護樹を守りながら、守護樹に守られるんだ。そう易々と移動できるものでもない」


 イールの質問に答えたのはケイルソードだ。


「守護樹は龍脈に根を張って成長する。そうして龍脈に絡みつき、流れを安定させるんだ」

「へえ。それじゃあ守護樹はなんだかんだあたしたちの生活にも関わってるんだな」


 ケイルソードの説明に、イールはふむふむと頷く。

 その隣でまた首を傾げているのはララである。

 彼女は後ろを歩いていたロミにそっと話しかけた。


「ねえ、龍脈って何? 大体察しは付いてるけど」

「大きな魔力の流れですよ。地中深くに、濃密な魔力の流れがあるんです。地形も動物もそれに従って生きている、大いなる自然の基盤ですね」


 流石はその筋に詳しいロミである。

 彼女はスラスラと概要を答えた。

 概ね予想と合っていたようで、ララも頷く。


「木々は根を張ることで地面を固めるって言うけど、守護樹はそれを龍脈でやってるのね」

「そういうことです。これはわたしも初めて知りました」


 ロミは興奮気味に頬を染めてメモ帳に書き込む。


「おい! おめぇらこんなとこで何してやがる!」


 そこへ、苛立った激しい怒号が襲う。

 驚いたロミがペンを地面に落とす。

 ララ達が声のする方へ目を向けると、白い口髭を蓄えた老人がヒクヒクとこめかみを揺らして立っていた。


「オルボン爺さん……」


 面倒臭そうに眉間に皺を寄せ、ソールが老人の名前を零す。

 見れば、ティーナやケイルソードさえも渋い表情で視線を逸らしていた。


「こんな昼間から遊び呆けやがって。それに、そこの奴らはなんだ。まさか人間じゃあるまいな? 汚らわしい。さっさとこの神聖な土地から出ていけ!」


 オルボンは拳を固く握り、髭を揺らして唾を飛ばす。

 烈火の如き怒り様に、ララ達も口を噤む。


「……オルボン爺さん、客人に向かってその言いようはひどいよ」


 ソールの反論は、しかしオルボンの激昂には焼け石に水だった。


「何が客人じゃ! お前のやっていることはただの外患誘致ではないか! こんな者共がおると草も木も枯れてしまう!」

「この人達はアーホルン長老の許可を得た正真正銘の、丁重にもてなすべき客人だ。それ以上言うなら、長老に報告するぞ」


 語気を強め、ソールが言い返す。

 長老の名を出されて、流石のオルボンもたじろぐ。

 しかしその瞳に嫌悪の色は衰えず、どしどしと乱雑な足つきで去って行った。


「ごめんね。オルボン爺さんは村でも輪を掛けて人間嫌いなエルフなんだ」


 老人の背中が見えなくなってから、ソールは申し訳なさそうに三人に頭を下げる。


「ちょっとびっくりしたけど、私は大丈夫よ」

「あたしもだ」

「わ、わたしもケイルソードさんの時で慣れました!」

「うっ」


 三人は口々にソールを慰め、流れ弾がケイルソードを貫く。


「けどま、エルフと人間の溝は深そうっていうのが分かったわ」


 ララがため息をついて言う。

 オルボンのあの様子を見れば、仕方の無いことではある。


「どうにか君たちの滞在中に、そのあたりのわだかまりを解消できたらいいんだけど」


 物憂げな表情でソールが頷く。

 人間とエルフの平和的な関係構築を目指す彼にとって、オルボンのようなエルフは目の上のこぶのようなものだろう。


「……そういえば、エルフはなんで人間を嫌ってるんだ? いくら人間の事を知らないからと言っても、流石に行き過ぎな気もするんだが」

「エルフが排他的とか、まあさっき言った理由が大きいんだよ」

「だが、それだけじゃないだろう?」


 ソールの言葉を遮り、ケイルソードが言う。


「人間は森を拓く。木を切り、森を燃やしてしまう。植物と共に暮らすエルフにとって、それは許しがたいことだ」

「ケイルソード!」

「事実だろう」


 ケイルソードの言葉に、三人は絶句する。


「植物は、エルフにとって家族だ。仲間だ。兄弟でもある。だからこそそれを切り、燃やしてしまう人間に敵意を持つ者は多い」

「でも、それは人間が生きるために必要な事よ」


 ララの反駁に、ケイルソードはゆっくりと頷いた。


「俺たちはそれを知っているし、納得している。だが、一方で、それに納得できないエルフもいるんだ」


 人間は森を切り開き、畑を耕さなければ生きられない。

 それと同じように、エルフも森が無ければ生きられない。

 種族の根底の部分で、二つの種族は決別していた。


「どうにかして、二つの種族が共に歩める道を探したいんだ」


 自分の中に染みこませるように、ソールが言った。

 その言葉は、ずっしりと重く、ララの心にのしかかった。

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