第212話「早く終わらせましょう」
「そういえばケイルソードの家で寝泊まりすることになったんだね」
「ええ、そうなのよ」
ツリーハウスへの帰路を歩きながら、ソールが思い出したように言った。
ティーナ達が家を貸してくれることになったのは彼が守護樹の根元で休んでいる時だった為、彼は知らなかったようだ。
「ケイルソードも良く許したね?」
ソールは少し驚いた様子で、隣を歩くケイルソードの顔をのぞき込む。
ケイルソードは鬱陶しそうにソールを手で押し離して鼻を鳴らす。
「ティーナはああ見えて頑固だからな。一度決めた事は俺でも覆せない」
「あれれー、ほんとにそれだけかなぁ?」
「もう一度蹴られたいか、ソール」
ギロリと睨み付けるケイルソードに、ソールはぱっと離れる。
そんな二人の関係は、気心の知れた友人同士のそれに見えた。
「ソールとティーナが同い年なんだっけ?」
「そうそう。だから小さい頃から三人一緒になって森の中で遊び回ってたんだよ」
懐かしいなぁ、とソールは目を細める。
エルフにとっての幼少期が何歳くらいまでなのか、ララは知らない。
しかし、もう随分と昔のことのようだった。
「お前なんかと同じ年に生まれたばっかりに、ティーナは考え方までお前に引っ張られるようになった」
「僕は大歓迎だけどな。同じ考えを持つ同志が増えるのは喜ばしいことだよ」
「お前から見ればそうかも知れないが、村の大多数から見ればお前は異端なんだぞ」
ケイルソードは語気を荒げてソールに詰め寄るが、彼は気にした様子も無かった。
このやりとりも、幾度となく行われてきたのだろう。
「ほらほら二人とも、喧嘩しないで。もうすぐ着くわよ」
そんな二人を窘めて、ララは一足先にツリーハウスの根元に駆ける。
「ただいま!」
「おう、おかえり。ソールも一緒なのか」
「丁度雑貨屋さんで出会ったの」
ツリーハウスの外では、イール達がララ達の帰りを待っていた。
ティーナが小さな木箱を持っている。
「ちゃんと買ってきてくれたわね。それじゃあ早速ベッドを作りましょっか」
張り切って袖を捲り、ティーナが号令を掛ける。
それに合わせて、ララ達も動き始めた。
「わたしは別に持ってきた毛布だけでも良かったんですが……」
ララから畳んだシーツを受け取りながら、ロミが言う。
「こうやって現地の生活を体験してみるのも、良いことだと思うぞ」
そんな彼女を、イールが窘める。
彼女は琥珀色の目を輝かせ、やる気も溢れているようだ。
「ケイルソード、綿草はもう開けていい?」
「ああ、ちょっと待て」
パンパンに張り詰めた綿草の袋を持って、ララがケイルソードに尋ねる。
中には高密度に圧縮された綿草が詰まっている為、不用意に開ければ大惨事を招きかねない。
ケイルソードは早口で呪文を唱えると、ララを中心にして小さな結界を張った。
薄い緑色のガラスのような結界に突然囲まれ、彼女は驚く。
「ええ、ちょ、これどういうこと?」
「その中で開けば問題ない」
「私には問題しかない気もするんだけど!?」
「大丈夫だって。一思いにやっちまえ」
「イールは絶対面白がってるでしょ!?」
ぶっきらぼうに答えるケイルソードに、ケラケラと笑いながら茶々を入れるイール。
仕方なくララはこれから待つ悲劇を予想しながら、そっと綿草の詰まった袋を破る。
「わぷっ!?」
「おおー、凄いですね!」
途端に弾けるようにして噴出する真っ白な綿。
見る間にそれは結界の中を飛び回り、ララは一瞬で埋もれる。
それを見たロミが満面の笑みで駆け寄る。
「ほら、早く結界ごとシーツをかぶせるんだ」
「了解です!」
ケイルソードの指示に従い、ロミがシーツの口を開いて結界にかぶせる。
真っ白になった結界の上から三分の二ほどを、シーツが覆う。
「結界のシーツに覆われた部分だけを取る。口をしっかり押さえて、綿を入れてしまえ」
パチンとケイルソードが指を打ち鳴らす。
結界の壁が消え、自由になった綿がシーツの中に入る。
「もががが!」
「ちょっと待って下さいねー」
綿の中心で叫ぶララをいなしながら、ロミとイールが二人がかりでシーツに綿を詰めていく。
一枚目のシーツが一杯になった所で、まだ綿は少し結界の中に残っていた。
「口をしっかり詰めたらもう一枚かぶせるんだ」
「はいよ、大将」
イールも中々この作業を気に入ったのか、ノリノリでケイルソードの指示に答える。
「ぷはっ。ち、窒息するかと――もがが!?」
シーツが外され、ぜえぜえと肩で息をするララ。
安堵したのも束の間、新たなシーツがかぶせられる。
今度はケイルソードが結界を上に動かす。
「凄い。綿だけ持ち上げて、ララさんは透過させてるんですね」
結界を移動させれば、それに合わせて綿もシーツの中へと収まっていく。
しかしララの身体と服は結界を素通りし、その場に残る。
エルフの高度な魔法技術を垣間見て、ロミが感激していた。
「これくらいのことなら、エルフの子供でもできるぞ」
賞賛するロミに向かって、心なしか誇らしげにケイルソードが言った。
初めこそ物騒な印象の彼だったが、付き合ってみれば案外親しみやすい性格をしているようだ。
「はぁはぁ……。た、助かった」
「ほら、ララ。あともう一袋あるぞ」
よろよろと地面に座り込むララに、イールがもう一つの綿草の袋を投げてよこす。
それを受け取ったララは、絶望の表情を浮かべてイールを見る。
イールは無慈悲で眩しい笑顔だった。
「もー、兄さんもあんまりいじめないで。普通にいつも通り結界の中に袋だけ入れたらいいでしょう?」
「チッ。ティーナ、こういうのは楽しまないといけないんだぞ」
「ああ! そんな手が! 良くも騙したわね!?」
見かねたティーナに助けられ、ララは憤怒の表情でケイルソードに詰め寄る。
ララを弄ぶ為だけに、ケイルソードは無駄に高度な技を披露したらしい。
「悪いと思ってる」
「思ってない人の顔じゃないの!!」
ぷっくりと風船のように頬を膨らませるララ。
そんな彼女を見て、イールが腹を抱えて笑っていた。
「ほらほら、皆遊んでないで。枕はこれくらいの硬さでいいかな?」
そこへソールが、三つの枕を持ってやって来る。
布袋の中に詰まっているのは、乾燥させた香草だ。
「わ、ありがとう。この香草は?」
「村の倉庫にたっぷり置いてある奴だよ。自由に使っていいんだ」
それを受け取り、ララは顔を埋める。
微かに甘い、心の安らぐような香りが鼻をくすぐる。
硬さも丁度良く、これだけでも十分安眠できそうな良い枕だ。
「んー、これ普段使い用にも欲しいですね」
同じように枕を頬に当てて、うっとりとした表情でロミが言う。
イールもポンポンと叩いて形を整えながら頷いている。
「そんなに気に入って貰えたなら光栄だね」
そんな三人の様子に、ソールも嬉しそうに破顔する。
「エルフって植物の扱いが上手いのね。どれもこれも、人間の町に持って行けば凄く人気が出そうな物ばっかりだわ」
「それは良いことだ。いつか人間と貿易ができるようになった時、武器がいくつもあったら心強い」
ソールは遙か未来を見据え、期待に胸を躍らせる。
そのためにも、ララ達と村人達との関係は良い物を築きたい。
「シーツに綿を詰めたら木陰に吊して馴染ませておこう。その間に、ちょっと村を見て回ろうか」
「いいわね。それじゃ、早く終わらせましょう」
ソールの提案に、ララは賛同する。
詰めかけのシーツを手早く終わらせるため、彼女はケイルソードの所へと駆けていった。
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