第211話「ちゃんと買えたわよ」
「そういえば、サクラはどこで何してたのよ?」
ツリーハウスを降りながら、ララがサクラに尋ねる。
『森の上空を飛び回って、マッピングしてました。大体の地形は既にインプット済みですよ』
ソールに導かれて村へやって来てすぐに、サクラは上空へと飛翔して周囲の地形情報を収集していたようだ。
ララがソールの森の中で下した指示の延長だと処理したのだろう。
「そっか。データ送って貰える?」
『もちろん。本体コアの方にアップロードおよびバックアップ、ついでに一応プロテクトも掛けておきました。暗号パターンはθ507のクラスQです』
「こんな辺鄙な場所じゃクラスCどころかAでも解ける人いないでしょうに……」
無駄に無駄を重ね機密性を高めている頼れるAIに、ララは思わず肩を下げる。
ナノマシンを起動し、コアにアクセスし、そこからサクラが集めた地形マップをダウンロードする。
「……あー。そっか」
『はい。そうなんですよ』
ピクンと身体を揺らし、ララが少しだけ目を見開く。
彼女はすべてを悟ったような表情で、サクラを見た。
「何話してるんだ? 早く行くぞ」
縄梯子を下りて地面に足を付けると、下で待っていたケイルソードが眉を寄せて腕を組んでいた。
「ごめんなさい。ちょっとサクラと色々ね」
「こいつはサクラと言うのか」
『どうもどうも』
ケイルソードは一先ずサクラの事はペットと認識しているらしく、不思議そうに首を傾げつつも詳しいことは聞こうとしなかった。
それよりも今、彼女達は今晩の寝床を確保する為にツリーハウスを出たのだ。
「荷物持ちは私だけで良かったの?」
すたすたと歩き始めるケイルソードを追いかけながら、ララが尋ねる。
「大丈夫だ。雑貨屋で、綿草を買うだけだからな」
「綿草?」
聞き慣れない名前に、更に質問を重ねる。
ケイルソードは煩わしそうに顔を顰めつつも、一応答えてくれた。
「柔らかい綿が取れる草だ。森の奥に群生地がある。それを使って糸を紡いだりもするが、布袋に詰めて枕にしたり、シーツをかぶせてベッドにしたりする」
「へえ。綿花とはまた違うのかしらね?」
「綿花……。ああ、昔一度だけ見たことがあるな。あれよりももっと大きくて密度も高いぞ」
どうやら人里で良く知られ、栽培されている綿花とは別種の植物のようで、そちらはエルフの森では分布していないらしかった。
微妙に植生が異なる事に、ララは僅かに好奇心を煽られる。
「エルフの森にしか無い植物とかも多そうね」
「たまに妖精が森への案内を頼みに来たりもする。何でも珍しい薬草が森ではそれなりに生えているらしい」
あまりそのあたりには興味が無いのか、ケイルソードはぶっきらぼうに答えた。
弓を携え森の中を毎日のように歩く彼にとって、森は極々身近な存在なのだろう。
「ほら、あそこが雑貨屋だ。人数分の布袋とシーツを買え。綿草は二袋で十分だろ」
「了解! じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
リエーナ村の雑貨屋は、村の広場に面した一角に建っていた。
村の中ではそれなりに大きな建物で、二階建てになっている。
上空から見ればロの字の構造になっていて、中庭に一本の木が植わっているようだ。
「俯瞰視点のみとはいえ、プライバシーも何もあったもんじゃ無いわね」
サクラから送られてきたマップ情報を照らし合わせ、ララは思わず苦笑いする。
『仕方ありません。ここにはジャミング電波も電磁シールドも情報的保護層も無いですから』
サクラの返答は、極めて正確で正論で、どこか的外れだった。
ララはぽんぽんとサクラの筐体を軽く叩き、雑貨屋へと足を向ける。
どうやらケイルソードは道案内だけに徹するようで、広場の中央にある井戸に腰を預けてララを見ている。
「こんにちは!」
移動式の商品棚が表に出された店頭に立って、ララが奥に向かって声を放つ。
パタパタと足音が響き、出てきたのは一人のエルフの女性。
彼女は見慣れない少女にぎょっとした様子で、恐る恐る声を掛ける。
「い、いらっしゃいませ……。あなたもしかして、人間?」
「ええ。ごめんなさいね、突然」
おどおどと落ち着きの無い様子のエルフに、ララは一先ず謝罪する。
エルフは慌てて両手を振って彼女を止めた。
「いいのいいの。ちょっと驚いてるだけだから」
「ほんと? エルフ族は人間の事が嫌いなのかと思ってたけど」
意外な彼女の反応に、ララは驚きながら頭を上げる。
エルフの店員は、鶯色の瞳の優しげな女性だった。
民族的な紋様で縁取られた、エプロンドレスのような服を着ている。
長い髪を青い石の髪飾りで纏めていた。
「妖精からたまに人間の事は聞いてるの。だから、あんまり忌避感は無いわ。でもそれは私が雑貨屋をやってるからで、他の村人はそうじゃないかも」
「そっか、妖精に……。確かに、さっきまでいた村人さん、だーれも見なくなっちゃったしね」
ティーナ達の家に向かう時には痛いくらいに感じていた視線も、雑貨屋に来るまでは綺麗さっぱり消えていた。
「皆、あなたたちの事が分からなくて避けてるのよ」
「そっか。まあ、似てるようで違うものって怖いもんね」
妙に実感の籠もった言葉で、ララは頷く。
「それはともかく、何かご入り用かしら? 私はエイレーネ。料理と魔法素材以外ならウチで大体揃うわよ」
細身のエルフ、エイレーネはそう言って、ぽんと胸を叩いた。
「頼もしいわね。私はララよ。今晩寝るための寝具を作る為に、布袋とシーツと綿草が欲しいの」
「そういうことね、任せておいて。止まる場所はあるの?」
ララの要望を聞いて、エイレーネは早速店内を歩き回る。
商品棚からいくつか物を引っ張り出しながら、彼女はララに尋ねた。
「ケイルソードのお家に泊めて貰うことになったの」
「まあ、ケイルソードの? よくあの子が許したわね……。って、ティーナちゃんもいたわね」
エイレーネは驚いた様子だったが、すぐにティーナの事を思い出して一人で納得する。
どうやら、あの兄妹の事はよく知っているようだ。
「そういえば、確かにティーナちゃん達と歩いてたわね」
「そうそう。やっぱり見てたのね」
「そりゃ、あんなに目立つものはないもの」
そう言って、エイレーネはクスクスと笑った。
村中のエルフ達が、あの一行を見ていただろうと付け足す。
「皆、興味が無いわけじゃ無いのよね」
「そうなんだ?」
「外からやって来るのは妖精かレプラコーンだけだけど、彼らに外の話を聞いてるのはソールだけじゃないもの」
「ソールも有名なのね」
「そりゃもちろん。あの子は村で一番の変わり者だもの」
一通り揃ったのか、エイレーネが腕に商品を抱えて戻ってくる。
布袋とシーツは白い綺麗な布を丁寧に縫った、質の良いものだ。
手触りも滑らかで、さぞ寝心地も良いことだろう。
「これが綿草?」
そう言ってララが指さした先にあるのは、パンパンに張った小さな布袋だ。
ケイルソードは二袋で十分だと言っていたが、いささか小さすぎる気がする。
「ええ。この中に沢山綿草が入ってるの。あ、ここで開けないでね」
エイレーネの忠告に、ララは伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
どうやら、中は随分圧縮して収まっているようだ。
「シーツと布袋が三つと、綿草が二袋でいいわね」
「ええ。それでお願い」
手早くエイレーネが代金を計算し、ララはイールから預かった財布から硬貨を取り出す。
「エルフの通貨って、木製なのね」
カウンターにコインを並べつつ、珍しそうにララが言う。
アーホルンに両替してもらったエルフの通貨は、金属ではなく木製だった。
木目もある濃い茶色のコインに、エルフらしい男の横顔と数字が刻印されている。
「もちろん。エルフは鉄は扱えないからね」
当然と言わんばかりに頷いてエイレーネが言う。
そういえばついさっきも聞いたな、とララは思い出す。
「でも、鉄よりもずっと固くて丈夫な木を使ってるから、逆に軽くて便利なくらいなのよ」
これも妖精からの触れ込みらしく、エイレーネは少し誇らしげに言った。
「へえ。面白いわね。いくつか記念に取っておこうかしら」
ララは手の中でコインを弄び、そんなことを言った。
精算を終え、購入した品々は蔦を編んだ籠に纏めて貰う。
それを抱えて、ララは雑貨屋を出た。
「また何か入り用だったら気軽に寄ってね」
「ええ。ありがとう。また頼らせて貰うわ」
親切なエルフに見送られ、ララは店を後にする。
広場に出ると、ケイルソードが退屈そうに欠伸を漏らしていた。
「お待たせ。ちゃんと買えたわよ」
「子供のお使いじゃないんだからな。買えて当然だ」
誇らしげに胸を張るララの言葉を、ケイルソードはにべもなく突っぱねる。
「おや、僕が見ない間に随分仲良くなったみたいだね」
そこへ、新たな声がやって来る。
「ソール! 怪我はもう治ったの?」
ララが振り向けば、そこに立っていたのはソールである。
怪我を心配する彼女に、ソールはひらひらと手を振って応える。
「うん。守護樹の側まで運んでくれたお陰でこの通り」
「チッ。一晩くらいは動けないかと思ったが……」
ニコニコと満面の笑みのソールとは対照的に、ケイルソードは苦々しげに言い捨てる。
「ひどいなぁ。元はと言えば、ケイルソードが――」
「分かってるよ。だが、謝らないからな」
「はいはい。それよりも、僕も付いていっていい?」
「なんでお前が!」
「是非是非。ついでにベッド作るのも手伝って頂戴」
憤るケイルソードの言葉を遮り、ララがソールの手を引く。
台詞を続けるタイミングを失ったケイルソードは不満げに口を曲げながらも、すたすたと歩き始めた。
「あ、ちょっと待ってよー」
「そうだそうだー」
そんな彼の背中を、ララとソールが慌てて追いかけた。
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