第210話「危害を加えるものじゃないわ」
「……」
緑の眩しい村の真ん中を、ララ達は縦断する。
深い森に囲まれたリエーナの村は、その領域内の至る所に木々が乱立していたが、よくよく冷静に目を凝らしてみれば、おおよそ円形の形をしていることが分かる。
中央には小さいながらも円形の固い地面が見え、そこには共用の井戸がある広場がある。更にそこを起点として民家や倉庫、商店が外縁部に建ち並んでいる。
日の高い時間帯ということもあり、広場ではエルフの主婦達がバケツ片手に集まって井戸端会議に興じていた。
彼女らの足下では、幼いエルフ達が互いの背中を追いかけて仲睦まじく遊んでいた。
「……ねえ」
「分かってる。気にすることはない」
守護樹から離れ、村の中を歩く。
辛抱溜まらずララが口を開くと、すぐにイールが遮る。
先ほどからの居心地の悪さは常につきまとう視線のせいだ。
「まさか、こんなに見られるとは思わなかったわ」
「村人の皆さん、全員いらっしゃるんじゃ……」
ロミの危惧も頷けるほど、周囲は異様な空気だった。
ティーナを先頭にして進む一行を、多くのエルフ達が遠巻きに囲んでいた。
井戸の側の主婦達は駆け回っていた子供達の手を握り、チラチラと視線を送る。
建物の影や窓、木々の枝の上、洞の中、様々な物陰から隠しきれない警戒の視線があった。
「はっきり何か言われる訳でもないのが余計に辛いわねぇ」
「向こうもこっちとの距離感を掴み切れてないんだろ。人間なんて、初めて見る奴が大半なんだろう?」
「おい、あんまり妙な事を言うなよ。俺たちと友好な関係を築きたいならな」
小声で言葉を交わすララ達に、後ろを着いてきていたケイルソードが苛立ったように言った。
彼も村人から事情を説明しろと言わんばかりの視線に射抜かれ、多少なりとも居心地の悪さを感じているようだった。
「分かってるわ。別に刃傷沙汰起こそうって気もないし。なんならちょっとした観光して休暇を取りたい気分だし」
「そこまで気を抜くのもどうかと思うがな……」
のんきなララに、イールが苦笑して言う。
彼女のおおらかな気質は美点でもあるが、少々行き過ぎている様子もあるのが玉に瑕だ。
「これ、村人の皆さんに事情を説明しなくていいんですか?」
「いいのいいの。そういうの知りたかったら、村人の方が長老に聞きに行くもの」
「ふむふむ。困った時は長老さん頼みなんですね」
どうやらエルフの村というものはどこまでも長老を中心に運営されているようだ。
民族の暮らしや文化に興味を持つロミは、面白そうに頷いて早速メモに記す。
「おい、何を書いてるんだ」
「エルフの村の仕組みについてです。個人的に、こういった事には興味があるので」
「……それぐらいならいいのか?」
ケイルソード自身もまだララ達との距離感は掴み切れていないらしく、ロミの行動に首を傾げるものの、咎めようとはしなかった。
「ほら、あそこが私たちの家よ」
広場を通り過ぎ、村と森の境界の辺りまでやって来て、ティーナが指さす。
その方向へ三人が目線を向けると、太い木の上に小さな小屋が乗っていた。
「わ、ツリーハウスね」
「格好良いでしょう? うちは代々この木の上に住んできたのよ」
感激するララに、ティーナは誇らしげに言う。
「そういえば、村の中にも木の上のお家がありましたね」
「ええ。エルフにとって木は財産。家が乗せられるような丈夫な木は何よりも価値があるものなのよ」
「へぇ。それじゃあ地面に住んでる人よりも木の上に住んでる人の方が身分は上なの?」
「そういうわけでも無いわ。地面に家を建ててる人は木が十分育ちきっていないか、もしくは自分の木が村の近くに無い人なのよ」
エルフは植物を大切に扱う種族らしく、木は家系に伝わる財産だった。
「俺たちエルフは皆、自分の木がある。ティーナにもな。エルフが死んだら、その木の根元に埋められる。そうして、俺たちは木と共に永遠に生きるんだ」
「木と共に生きる、か……。面白いわ」
ケイルソードの説明に、ララは興味深そうに相槌を打つ。
ロミも一字一句聞き逃すまいとメモにペンを走らせていた。
「人間はそういうことはしないのか?」
「木の根元に埋葬される奴もいる。けど、大抵は墓石――石の下だな」
「石の下……。重たそうだ」
イールの答えに、ケイルソードはいささか驚いた様子だった。
見ればティーナも異なる文化に首を傾げている。
「灰になるまで焼いて海に撒いたり、木の上に吊して鳥に食べさせたりする民族もあるそうですよ」
「なんだそれは!? 死者への冒涜じゃないのか?」
「ふえ!? わ、わたしがしてる訳じゃないですよぉ」
職業柄、埋葬法には詳しいのか、ロミが捕捉する。
ケイルソードは驚きと共に憤り、ロミに詰め寄った。
彼女はおろおろと取り乱して涙目になる。
「兄さん! ロミちゃんを泣かせちゃダメでしょ」
「す、すまない……」
すかさずティーナの怒声が飛び、ケイルソードはしゅんと肩を落とす。
なんだかんだで彼も悪いエルフではなさそうだ、とララは認識を少し改めた。
「ていうか、何時までも外で話してるのもアレよね。中に入りましょう」
「それもそうね。ツリーハウスなんて私初めてだわ」
ティーナの鶴の一声で、一行はツリーハウスの中へと入る。
一本のせり出した太い枝から縄梯子が吊り下げられており、五人はそれを使って登る。
小屋の中は案外広く、窓も大きいため開放感もあって光もよく入る。
家具はそれほど多い訳ではなく、小さな棚と木箱、二人分の椅子とテーブルとベッドという質素な内装である。
「思ってたより随分広いね。床の敷物もエルフ製?」
キョロキョロと中を見回し、ララが言う。
小屋の床には、アーホルンの部屋にあったものと同じような敷物があった。
「そうよ。冬は動物も捕れないし木の実もないから、こういう物を作ってるの」
「これは売ったりするのか?」
「たまに妖精に売ったりもするけど、基本は各自で使うものよ。売る相手も、売って得する事もないもの」
ララ達に二つの椅子と木箱を提供し、自分たちはベッドに腰掛けながらティーナが言う。
鮮やかな色に染め上げられ、複雑で美しい模様を描く敷物だが、冬の無聊を慰めるだけの代物という事実に、三人は驚く。
これほどに見事な物ならば、人間の町で売ればそれなりの値段がつく。
「貿易をしようと思えば、すぐにでも始められるんだな」
「問題は、エルフがそんなことしようとは思わないことね」
イールの言葉に、ティーナは可笑しそうに口を曲げて言った。
『ララ様ーーー!! 探しましたよ! ララ様!』
「うわっ!?」
その時、突然小屋の窓から銀球が飛び込んでくる。
咄嗟にケイルソードが矢を抜いて構える中、銀球はララの胸に飛び込む。
「何だそれは!」
「ちょちょちょ、ストップ! 待って待って。怪しい物じゃないわ、ただの……えっと、ペットよ!」
「ペット……?」
混乱しながらもケイルソードをなだめるララがそう言い放つ。
ケイルソードは怪訝な顔で銀球を見る。
つるつるてかてかとした表面に、透き通った一つ目は、どう見ても人工物、それもエルフの苦手とする金属製である。
「どう見てもペットには見えないが……」
「魔導具式のペットなのよ! ほら、ワンって」
ガンッと硬質な打撃音がする。
『わ、わんっ』
戸惑いを隠せない鳴き声が一つ。
微妙な空気の中、沈黙が小屋の中を支配する。
「……とりあえず、危害を加えるものじゃないわ」
「そう信じておこう」
絞り出すようなララの言葉に、ケイルソードは呆れた様に返した。
「それは置いといて、今はお前達の寝床を用意しないといけないだろう」
ケイルソードは矢筒に矢を戻しながら、ぶっきらぼうにそう言い放った。
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