第209話「私は君たちを歓迎しよう」

「長老は三人いるって聞いてたけど、アーホルン長老以外には誰がいるの?」


 大樹の内壁に沿うようにして伸びる螺旋階段を上りながら、ララがティーナに話しかける。

 一歩先を歩いていた若いエルフの少女は細長く水平に伸びた耳の先をぴくりと動かして振り返った。


「エーイルド長老と、カルカドール最長老よ。アーホルン長老は三長老の中で一番若くて、一〇二二歳、エーイルド長老が一〇五七歳、カルカドール最長老は二〇〇一歳になるの」

「さすがはエルフ。年齢のスケールが違うわね……」

「あはは。長老たちは特別よ。ずっと守護樹の魔力を受けてるから、エルフの中でも更に寿命が延びるの。普通は大体八百歳くらいが平均寿命かしら」

「へえ、守護樹の魔力って凄いのね。アンチエイジング効果もあるなんて」


 アンチエイジングが通じなかったのか、ティーナはぱちぱちと瞬いて首を傾げる。

 ララは何でもないと言ってまた大樹へと目を戻した。


「この木の中、良い香りがしますね」

「すんすん……。ほんとだ。森の香りをぎゅっと濃くした感じ」


 ロミの言葉に、ララは鼻を動かす。

 確かに彼女の言うとおり、大樹の中は良い香りがする。

 森の中を歩く時に感じる深い木々と腐葉土の香りから、雑味を全て取り払って良いところだけを集めたような、心が落ち着く香りだ。

 この香りも、ともすれば長老達のアンチエイジングに関わっているのかもしれない。


「はい。着いたよ。ここがアーホルン長老のお部屋」


 先頭のティナが立ち止まって振り返る。

 彼女の隣には木の内壁に埋め込まれたドアがある。

 そこに掛けられたプレートの文字を、ララ達は読めなかったが、恐らくはアーホルンの名が書かれているのだろう。


「あたしが言うのもなんだが、すんなり入って良いのか?」

「大樹の結界を通れた時点で、あなたたちが敵ではないことは証明されてるわ。だから兄さんも無理に矢を放った訳じゃないんだし」

「私が射られた矢は一体……」

「あ、あれはティーナのせいでだな!」

「兄さんが矢を番えなければ良かっただけじゃない!」


 また兄妹喧嘩が始まりそうな雰囲気だったので、ララがドアを叩く。

 こんこんとよく響く木だ。

 すぐに中からドア越しのくぐもった声が返ってくる。

 それを聞いて、ララは遠慮がちにゆっくりと扉を開いた。


「失礼します」


 中は広い部屋だった。

 染料で染めた植物で編んだ敷物が中央にあり、その上にテーブルが置いてある。

 奥にはガラスが嵌まっていない窓が開かれ、左右には巻物が積まれた棚がせり出している。

 間取りだけ見れば、よくある執務室である。


「やあ、これは珍しい。耳が短い人を見るのは初めてかもしれない」


 存外に若い声が、彼女らを歓迎する。

 窓の前の椅子がくるりと反転し、一人のエルフが姿を現した。


「初めまして。ようこそリエーナの村へ。私はこの村の長老アーホルンだ」

「初めまして。私はララ。後ろがイールとロミ。ソールに誘われてやって来たの」

「ソールに。ふむふむ」


 ララの挨拶に、アーホルンは一瞬驚いた表情を浮かべ、面白そうに頷いた。

 彼は長老と言うにはかなり外見的に若く見える。

 長く纏めた薄緑の髪に知性を感じさせる青い瞳。

 柔和な笑みを浮かべて座る様子は、ソールとそれほど変わらないようにも見える。


「リエーナの結界が君たちを通したということは、エルフではなくても客人ということだな。私は君たちを歓迎しよう」

「ありがとうございます」


 ソールの言ったように、彼はエルフでありながら人間に敵対的な意識を持っていないようだった。

 目を細めて歓迎の意を示す彼に、ララ達も応じる。


「ソールから、話は聞いているかい?」

「さわり程度なら、一応って感じかしら」


 ふむふむ、とアーホルンは鷹揚に頷く。

 千年以上の時を生きた存在と対峙している実感が、ララにはいまいち湧かなかった。

 どちらかと言えば気の合う年の近い友人のような、親しみやすい柔らかな雰囲気を、彼の長老は纏っていた。


「それじゃあ僕からもう少し詳しく、依頼内容について話そう」


 ララ達をテーブルに促し、アーホルンは口を開く。

 ティーナとケイルソードも、彼の希望によって同室していた。

 執務室の中央に置かれた、大樹の切り株を磨いたテーブルを囲み、彼女達は顔を合わせる。


「まず、ソールからどれくらい聞いているのかな?」

「エルフが人間に慣れるために、しばらく村で生活して欲しいって依頼されたわ。報酬は魔導具作成の伝手の紹介と古代遺失技術への案内ね」

「うん。大体合ってるね。僕たちは、是非エルフの村で生活してもらいたいんだ。重要なのは、閉鎖的な村人達に、新しい風を吹き込むことだ」


 手短に答えるララに、アーホルンは満足げに頷く。


「君たちには二三日、できれば一週間ほどリエーナで暮らして欲しい」

「それは別にいいんだけどな」


 そう前置きして、イールが口を挟む。


「村に来たら早速そこのケイルソードに弓を射かけられたんだ。流石に村人全員がこんなに敵意を持っているとすると、命がいくらあっても足りない気がするぞ」

「なんだって!?」

「それは、お前らがこそこそ怪しい動きをしてるからだろ!」


 イールの言葉にアーホルンは目を見開き、ケイルソードが慌てて反論する。

 しかし事実は事実。

 アーホルンはうつむき、顎に手を添えて思考を巡らせる。


「そういうことなら、しょうがない。長老として命ずる。ケイルソードは三人が村に滞在している間、護衛を務めるように。ティーナは身の回りの世話をしてやっておくれ」

「ちょ、ケイルソードに護衛してもらうの?」


 アーホルンの指示に、ララが瞠目する。

 射かけた本人が護衛をするのはどうなのだ、と瞳で訴える。


「ララの考えももっともだ。でも、守護樹まで案内してくれたのもケイルソードなんだろう?」

「それはまあ、確かにそうだけど」

「ソールではエルフ相手に護衛は務まらないし、他の村人は信用できない。となれば、そこの兄妹に身を任せるのが一番安全だと、私は考える」

「消去法でそうなるか」

「そういうことだね」


 考えてみれば当然の帰結ではある。

 人間の彼女達から見ればソールも卓越した魔法の技術を持っているようだが、それもエルフから見れば平凡な実力に留まるようだ。

 反面、ケイルソードは村の警備もしているだけあってエルフの中でも実力はお墨付きである。

 出会いこそ鏃の飛び出す物騒な物だったが、守護樹までの道中で彼が襲う様子は無かった。


「……いざとなったら返り討ちにしてやるんだから」

「こっちこそ、お前らが妙な動きをしたら捕らえて牢屋にぶち込んでやる」

「兄さん!」

「ララ!」


 むっすりと唇を尖らせるララに、売り言葉に買い言葉で言葉をぶつけるケイルソード。

 二人はそれぞれの保護者に一喝されてしゅんと肩を縮める。


「うんうん。早速仲が良いようで結構。それじゃあ住居はどうしようかな」

「はいはい! どうせなら私たちの家に泊まって貰ったら良いと思います!」


 アーホルンの言葉に、ティーナが元気よく手を伸ばして答える。


「おや、良いのかい?」

「はい。うちは兄さんと私だけで、部屋は余ってますし。どうせ護衛とかするのなら一緒の建物の方が都合が良いですよね」

「もちろん。ティーナ達がそれで良いなら喜んで頼むんだけど」

「大丈夫ですよ! いつお客さんが来ても良いようにお家はピカピカですから!」

「……好きにしろ」


 瞳をキラキラと輝かせて力説するティーナ。

 ケイルソードも諦めたのか、諦めたように言い捨てた。

 アーホルンはうんうんと満足そうに頷く。


「良かった良かった。これでお家は確保できたね。食事やら買い物やらは村で自由にしてもらっていい。というより、積極的にしてくれた方が嬉しいかな。ただ、通貨は人間の使ってる物と違うから、事前に僕が両替しよう」

「村にはどんなお店があるんですか?」

「生活雑貨を置いてる店が一軒。料理屋が二軒。他にも魔法素材を売ってる店が一軒と大工が一軒あるね」

「村の規模にしては、お店が多いわね」

「あはは。そうかもね。何せ何にも無い村だから、皆何か働きたいんだよ」


 ララの言葉に、アーホルンは目を細めて言った。

 エルフがいかに排他的な種族といえど、人間同様に代わり映えしない風景には飽き飽きしているようだった。


「人間を見たことのある村人は殆どいない。かなり奇異の視線に晒されると思うけど、そこは耐えておくれ」

「それくらいなら私はへーきよ」

「あたしも、そう言った目線には慣れてるからな」

「うぅ、わたしも頑張ります」

「そう言ってくれると安心だ。それじゃ、早速ケイルソードに家を案内してもらうといい。分からない事があったら、何でも聞きに来てくれていいからね」


 話はまとまり、アーホルンが立ち上がる。

 一先ず一日分の生活費程度のお金をエルフの通貨と両替し、ララ達はアーホルンの部屋を出た。


「千歳を超えてるようには見えなかったわね」

「エルフ特有の美貌だな。エルフ自身の美醜の感覚は分からんが、とりあえず人間から見たらどのエルフも顔が良い」

「ケイルソードも、黙ってればカッコイイのに」

「うるさい! 余計なお世話だ」


 ちらりと先頭を歩くケイルソードの顔を見てララが戯けるように言う。

 そんな様子に、ティーナがクスクスと笑い声を堪える。


「でも、魔力は凄く濃くてはっきりしてました。魔法の腕も相当なんでしょうねぇ」


 アーホルンから漏れ出した魔力を見ていたロミが、恐ろしそうに言う。

 人間では到底到達し得ない領域を、エルフという種族は軽々と飛び越える。

 羨ましく、また恐ろしい種族だった。


「村に入ると、当然だが他のエルフが出歩いてる。妙な動きだけはしてくれるなよ」


 守護樹の洞の前で立ち止まり、ケイルソードが忠告する。

 ふざけていない真剣な声色に、ララ達も表情を固くする。

 ここから先、絶対の味方は彼とティーナだけだ。


「それじゃあ、行くぞ」


 短くそう言って、ケイルソードが足を踏み出した。

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