第207話「兄さん! やめてっ!」
「さあ、こっちだ」
エルフ達の暮らす村の中心部を避け、ソールは森の中へと入っていく。
村の周囲は暗い森になっていて、姿を隠しながら進むのには苦労しない。
「魔法で姿を隠さなくてもいいの?」
「エルフは皆魔力には敏感だから、逆に見つかりやすくなるだけだよ」
ララの投げかけた疑問に、ソールは足音を殺して進みながら答えた。
「結界が強力なぶん、結界の内側は警備も手薄だ。村の人たちもまさか人がいるなんて思ってないだろうから、案外すんなりいけるかも」
「だといいがな」
木々の影に隠れながら、四人は村を迂回して守護樹を目指す。
ソールの予想通り、村人達は彼らに気付くことなく井戸端会議に興じていたり、買い物籠を持って歩いたり、幼い子供をあやしたりと、人間と同じような生活をしている。
「ああやってるのを見ると、人間と変わらないわね」
影から影へと移動しながらララが言葉を漏らす。
どこの世のどんな種族でも、主婦というのは話好きで、子供は無邪気なのだろう。
「別にエルフが邪悪って訳じゃない。ただ、時代遅れなだけなんだ」
「時代遅れねぇ。ここまでついてきたあたしが言うのもアレだけど、保守的なのも良いと思うよ」
「保守的とか、そういう次元じゃないのさ。僕は成人してすぐこの村を飛び出して、色んな国を見る旅に出たんだ」
森の中を歩きながら、ソールは語り出す。
村からはかなり離れ、見つかる心配はほぼ無いだろう。
「エルフの成人って何歳?」
「え、七十歳だけど?」
「ななっ!? ソールは今いくつなの?」
「丁度百二十歳だね」
「エルフの皆さんは時間の感覚が人間とは随分違いますねぇ……」
きょとんとした顔で言うソールに、一同は瞠目する。
エルフが排他的と言うよりも、エルフと他の短命な種族では感覚的な部分で相容れない所が大きいのかも知れない、とララは思う。
「まあ、それはともかく。旅の中で、僕は色々な事を学んだ。特に有益だと思ったのは、交易という概念だね。広く手を差し伸べて、多くの種族と協力することだ。人間はエルフの僕から見れば短命だし魔力も薄弱だから、はっきり言って弱いと思う。でも人間はそれを補ってあまりあるほど、他の種族との連携が上手い。他者を受け入れ、他者と協力する場面は数多く見たけれど、大体その中核を担っていたのは人間だった」
落ち葉を踏みしめながらソールは淡々と語る。
そこには、人間に対する尊敬が込められていた。
「エルフは確かに魔法的には強いかも知れない。でも種族的には脆弱すぎる。自分たちにできないことは全て守護樹頼みだ。それではいつか、滅んでしまう。事実、ここ二千年ほどでエルフの数は急激に減っているらしい」
ソールは言葉を句切り、後を付いてくる三人の方へと振り返る。
「つまり、エルフは今緩やかな絶滅の途にあるんだ」
沈黙が流れる。
ソールの宣言は、受け止めるにはいささか重すぎた。
イールでさえ口を噤み、驚いた様子でソールを見る。
「まあ、こんなことを言っても困るよね。とにかく、エルフの皆には、多種族と交流して協力する事の重要性と偉大さを知って欲しいんだ。従属でも支配でもない、対等な関係を、人間や他の種族と築いて欲しい」
「あの、ちょっと良いかな?」
言葉を重ねるソールに、ララが割り込む。
目線で先を促され、ララは続ける。
「エルフは確かに人間とは交流が無いみたいだけど、妖精族やレプラコーン族とは接点があるのよね?」
それならば既に多種族との交流はできているのではないか、と言外に訴える。
「確かに、リエーナ村には妖精族が蜂蜜を売りにやってくるし、レプラコーンとも知らない仲じゃない。でも、それは違うんだ。それは交流じゃない。交易とは違うんだ」
三人はそろって首を傾げる。
「妖精族やレプラコーン族は、祖先を辿ればエルフと同じなんだ。妖精族は三つの中で最も原始的な姿と生活を守っている種族。レプラコーンは妖精の身でありながら鉄への耐性と加工技術を身につけた種族。そして、エルフはより濃い魔力と強い魔法を身につけた種族なんだ」
「元は一緒なのか……。それは知らなかったな」
ソールの説明に、イールは驚いたように言う。
「当然かもね。この事実が判明したのはつい最近だし、エルフは特有の人嫌いを発揮して外部には中々知らされないから」
「この分だと、エルフだけが知ってることも多そうだな」
「かも知れない。というより、きっとそうだね。そう言った知識も、他の種族と関係を築く時には強力な橋になると思う」
エルフは長い人生を研究に捧げる者も多く、そのため魔法や歴史的な知識は膨大な物を蓄積しているのだという。
全く外部へ知らされないまま、それらは秘匿され、蓄積されていく。
「学院の人達が知ったら、是が非でもほしがるでしょうね」
ロミが少し冗談めかして言う。
研究狂いとまで言われるほどの学者達がそれを知れば、エルフの村は黄金の山よりも高価な物に見えるだろう。
「学院か。あそこも面白い所だった」
「ソールさんも学院はご存じなんですね」
「というより、生徒として在籍してたよ」
「ふええ!?」
さらりと投下された爆弾発言に、思わずロミが驚愕の声を上げる。
「魔法で正体を隠して、冴えない平凡な学生として通ってた。もう四十年前くらいかな」
「エルフが学院に通っていたなんて……。当時の教授達が知れば発狂しそうな事実ですね……」
「人間の常識とか文化とか、色々学べて良い体験だったよ」
予想よりも遙かに人の世界に溶け込んでいたソールに、三人は驚きを通り越して感心すらしていた。
この分であれば、他のエルフ達も案外スムーズに人間達を受け入れる事ができるのかも知れないと、ララは一縷の希望を垣間見る。
「おい、そこの四人!」
唐突に、低い男性の声が四人を呼び止める。
隠密行動中と言うことを忘れていた彼女達は、肩を跳ね上げ近くの木々に隠れる。
「やば、見つかった?!」
「ごめん、僕が油断してたせいだ」
「それならあたしたちも同じだ」
「すすす、すみません。わたしが大きな声を……」
木々を背に、四人は周囲を見渡す。
人影は見えない。
じっとりとした汗が、ララの白い肌を伝う。
「今更隠れても無駄だぞ、ソール」
「ぐあっ!?」
男の声が再び森の中に響く。
ソールの苦悶の声がそれに続く。
「ソール!」
ララが木の陰から飛び出し、ソールを探す。
彼は森の中で背中を丸めて地に伏していた。
そのすぐ側に立っているのは、長身痩躯のエルフだった。
ソールよりも濃い緑の髪に、茶色の瞳をした男のエルフだ。
背中には弓と矢筒を背負い、手には兎を持っている。
「見ない顔だな? ……貴様ら、人間か?」
男は目を向け、ララを睨む。
「どうやって……、って聞くのも野暮だな。どうせこの裏切り者が呼び込んだんだろう」
「ソールは裏切り者なんかじゃない。エルフの未来を案じて――」
「黙れ。ここはエルフの森だ。どう理由を取り繕おうが、エルフ以外の種族は部外者なんだ」
男は語気を荒くしてララの言葉を遮る。
彼は背中の弓を取り、矢をつがえる。
「ちょ、ちょっと……」
「エルフ以外は全員侵入者だ。許可無く侵入した奴は、駆除しないとなぁ」
切っ先がララの方を向く。
ギリギリと弦が引き絞られ、力を蓄える。
「ララ!」
「ララさん!」
イールとロミが出てきて武器を構える。
それに構うこと無く男は狙いを付け、口角を上げ――
「兄さん! やめてっ!」
そこへ第二の知らない声が乱入する。
「ティーナ!?」
男も予想外の展開らしく、彼は視線を声の方向へ向け、驚きに見開く。
ビュンッ、と風を切る音が響く。
しまった、と男が振り返る。
限界まで引き絞られた弦の力を余すこと無く受けて、矢は一目散にララへと飛び出した。
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