第206話「分かった。案内よろしくね」

 それは瞬く間に芽を出したかと思うと、蔦を幾度も分裂させながら成長していく。

 幾重にも絡まり、強固に互いを支えながら、それは時の流れを加速させたように急成長する。

 ものの数秒で、無造作に投じられた小さな種が人数分の椅子が添えられた丸いテーブルの形に変貌していた。


「重要な話は座ってしたほうが良いだろう?」

「すごいわね。さすがはエルフって感じがするわ」


 椅子に腰掛けるソールに、ララは目を輝かせる。

 今まで見てきた魔法とは一線を画す、更に高等な技術のように思えた。


「あはは。そんなに感激してもらえると嬉しいよ。エルフの集落だと、こんなのやっても誰も褒めてくれやしないからね」


 全員が席に着くのを確認して、ソールは一つ頷く。


「それじゃあ、まずは自己紹介から。さっき言ったように、僕はソールという。君達の名前を教えて貰えると、嬉しいな」


 戯けたような台詞の後、ソールは促すように三人に目を向ける。

 全員が名前を伝え終わると、彼はうんうんと頷く。


「お互いに名前が分かったところで、僕が君たちをここへ案内した理由を――」

「拉致だろ?」


 未だにむすっとした表情のイールが言葉を挟む。


「あー、そうだね。僕が、君たちをここに拉致させて貰った理由を伝えよう。といっても、実に簡単で単純明快な理由なんだけどね」


 イールの言葉を素直に受け入れ、ソールは言い直す。

 彼は一度言葉を句切り、三人を改めて見た。


「君たちに、頼みたいことがあるんだ」


 ソールは強い視線で言う。


「勝手にこんな所まで連れてきてしまって言うのは卑怯だと思う。けれど、ゆっくり話せる場所を作る必要があった。ここは僕の個人的な場所で、誰にも邪魔はできないからね」

「とりあえず、その依頼の内容を聞かせてくれないか?」

「ああ、そうだったね。依頼と言っても、そんなに難しいものでもない。エルフの集落で、数日ほど暮らして欲しいんだ」

「エルフの集落!?」


 ロミが目を大きく見開いて飛び上がる。


「え、エルフの集落って、エルフが住んでる、あの、集落ですか?」

「まあ、そうだね。それ以外にあるのか、僕は知らないけど」

「ですが、エルフの集落というのは、今まであらゆる交流を避けてきたのでは……」

「そこさ。そこが重要なんだ。僕と長老は、エルフのそう言った排他的な部分を直したいと考えてる。彼らはみんな、見たこともない人間を恐れ、見下しているんだ。彼らがどんな姿をしていて、どんな言葉を話して、どんな表情をするのか、誰も知らない。だと言うのに、みんな一様に何の根拠もなく、人間はただの劣等種だと思い込んでいる」


 感情を言葉に乗せて、ソールは語る。

 知らず彼は固く拳を握り、語気も荒くなる。


「エルフは高慢だ。そして臆病だ。自分たちがいかに魔法が得意かと言う説明だけに言葉を使って、相手を知ろうともしない。村に蜂蜜を売りに来る妖精たちの方が遙かに多くのことを知っているだろう」

「えらく熱く語るな。ソールは人間と交流を持ってたのか?」

「……いや、僕も人間と話すのは今回が初めてだよ。今まではずっと姿を隠して色んな町を観察していたんだ」

「エルフは出不精って聞いたけど、どうやらそうでも無さそうだ」

「基本的にはそうだよ。誰も彼もが生まれた森から一歩も出ることなく一生を終える。変わり者が僕なのさ」


 説明しながら、ソールは自嘲して笑う。

 外界と交流を持とうと積極的に村を出かける彼は、エルフの中でも異端とされているらしかった。


「僕のことを理解してくれてるのは、長老だけだ。僕は長老の助言を受けて、こうして君たちに話しかけてる。数日間、僕の集落で滞在してくれるだけでいいんだ。村の皆に、まずは人間という存在について知ってもらいたい」

「数日ね……。あたし達にも色々予定はあるんだが」


 イールはあまり乗り気では無いようで、仏頂面で反論する。


「妖精鍛冶師と古代遺失技術を探してるんだろう? それなら、力になれるかも知れない」

「……なんだって?」


 ソールの言葉に、イールが反応する。


「実はこの案件には、僕らエルフよりも卓越した魔法技術を持つある方々も一枚噛んでいてね。もし、手を貸してくれるなら、見返りにそのあたりの話も聞いて貰えると思う」


 そう言って、ソールはどうだろうかと眼差しを向ける。

 イールは腕を組み、低い声で唸る。

 埒があかないと感じたのか、ララが彼女の肩を軽く叩いた。


「いいじゃない。依頼、受けようよ」

「そんな簡単に言うな。どれが真実かも分からん」

「とりあえず、今まで伝えた内容は全て真実だって言っておくよ」


 じっとりとして目でソールを見る。

 ソールは薄く笑みを浮かべたまま彼女の反応を待つ。


「……安全も保証してくれよ?」

「もちろんさ。大切な賓客を傷つける訳にはいかないからね。寝床も食事も提供しよう」


 食事は口に合うか分からないけど、とソールは冗談めかして言った。


「ありがとう。引き受けてくれて。感謝するよ」


 そっとソールが手を差し出す。

 イールは不承不承ながらもそれに答える。


「随分固い手だな」


 ソールの細い手を握り、率直な感想を漏らす。


「エルフは固いんだ。木みたいなものだから」

「それは知らなかった」


 手を解き、ソールは指先でテーブルの端を軽く叩く。


「片付けるから、ちょっと避けてね。早速村に案内しよう」


 するすると解けるように蔦が動き、やがてそれは落ち葉の中に消える。

 三人が椅子から立ち上がれば、それも消える。


「少し歩くから、詳しい事はそこで話すよ」


 ぱちんとソールが指を打ち鳴らす。

 落ち葉が下から盛り上がり、大きな木が生える。

 木の幹にはイールが余裕で入れるほどの洞が開いていた。


「流石はエルフですね……。凄い技術です」


 圧巻されてロミが言う。

 ララにはあまり実感が湧かないが、かなり高等な技術がいくつも使われているのだと言う。


「さあ、出発しよう」


 そう言って、ソールは洞の闇の中へと飛び込んだ。


「うわぁ、すっごい……」

「光るキノコに、苔の絨毯ですか」

「まるでお伽噺だな」


 ソールに続いて木の洞の中へと足を踏み入れた三人が目にしたのは、ずっと奥まで続く細長い廊下だった。

 壁は年代を重ねた樹皮のようで、足下にはふかふかと柔らかな苔が敷き詰められている。

 真っ暗な闇の中でぼんやりと光を放つのは、肉厚な傘のキノコだ。

 三人はその幻想的な光景に息を飲む。


「エルフの隠れ道さ。集落へはこれを使わないとたどり着けない」

「これも魔法?」

「まあ、そうかな。魔力を使うのは道を開く時だけだけど」


 そう言って、ソールは歩き出す。

 足下の苔が足音も全て吸収し、口を閉ざせばすぐに静寂に包まれる。

 儚い光のキノコのランプも数えるうちに曖昧になり、ララは時間感覚がぼやけていくように感じた。


「さあ、そろそろ村に入る」


 どれほどの距離を歩いただろうか。

 感覚が曖昧になっていたララには、長いようにも短いようにも感じられた。

 先頭を歩きながら、ソールが楽しげに言い、前方を指さす。

 よく見れば、遙か前方に光を取り込む穴が見える。

 三人が進むほどにその穴はだんだんと大きくはっきりとなる。

 来たときに入った物と同じ、木の洞のようだ。


「さあ、ようこそ僕たちの村、リエーナへ!」


 そう言って、ソールが洞を飛び出す。

 続く三人の眼前に広がるのは、緑と調和した森の中だった。

 木々が彼女達を取り囲むように立ち並び、小さな円形の広場を形成している。

 立ちこめる濃い緑の匂いを感じながら、彼女達は周囲を見渡す。

 木々の枝の向こう側に、広く開けた空間が見えた。


「すごい……。あれがエルフの村……」


 ロミが目を見開いて声を漏らす。

 巨木と一体化した家屋がいくつも並び、木々の間には蔓を編んだ吊り橋が架かっている。

 そこを歩くのは、ソールと同じ細長く尖った耳と薄く緑がかった肌をしたエルフ達である。


「いかにも自然との調和を第一に考えたって感じの村ね。家にお花が咲いてるわ」

「あたしもエルフの集落を見るのは初めてだけど、こんなに広いとは思わなかったよ」


 家屋の数は優に百は超えているだろう。

 一本の巨木に二つ三つと複数の建物が取り込まれているのも珍しくは無い。

 多層に重なる立体的な村だ。


「村の奥の方に一番大きくて太い木が見えるかい?」


 そう言って、ソールが真っ直ぐ指で指し示す。

 その先を追って行くと、確かに一際存在感を示す巨木が一本見える。


「あれがこの村の守護樹リエーナ。長老達はあの木の洞に住んでるんだ」

「守護樹っていうのがあるのね。ますます気分が乗ってくるわ」

「この村全体の濃密な魔力の根源は、恐らくあの木ですね」

「正解だね。あの木は丁度龍脈の真上にあって、常に膨大な魔力を吸い上げてる。僕らエルフはそれを使って村の領域を決める結界を構築するんだ」


 ララには魔力の流れや密度などさっぱりだったが、とりあえず頷いておく。

 要はあの木がこの村の心臓なのだ。


「そんなこと、私たちに教えていいの?」

「エルフが束になって本気の攻撃魔法を使ってもあの木には傷一つつかないからね」

「守護樹強いわね……」


 涼しい顔で言い切るソールに、思わずララは目を半分にした。


「それじゃあ、まずはアーホルン長老に会いに行こう。僕たちの唯一の味方だ」

「分かった。案内よろしくね」


 エルフの隠れ道と守護樹は村を間に挟んでもっとも遠い位置にある。

 一先ずはまだ堂々と村の中を突っ切ることはできない為、彼らは身を隠しながら進むこととなった。

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