第205話「とりあえず話くらい聞きましょう?」

「――う、ん」


 白く焼けた視界を庇うように、しっかりと閉じた瞼は光を通さない。

 だというのに、未だにじんじんとした刺激が目を貫く。


「んん……」


 倒れている。

 四肢は辛うじて動く。

 皮膚を伝う感触を見るに、下は柔らかな落ち葉のようだ。

 ガサガサと音を立て、バラバラに砕ける感触と、土になりかけた深い大地の香りがする。

 イールとロミは大丈夫だろうか。


「……サクラ、いる?」

『お側に』


 呼びかければ、頼れる相棒はすぐに答えてくれる。

 ララは未だ回復しない視界の下で小さく微笑んだ。


「周囲の情報を集めて。視界はリアルタイムで私に繋いで頂戴」

『了解しました』


 ウィン、と小さな駆動音がすぐ側で飛び立った。

 パチパチと火花が散り、視界が変わる。


「うわぁ、すっごい森の中……」


 サクラの視界を借りて周囲の色を入手したララの第一声はそれだった。

 太い幹の大樹が乱立し、遙か上空にまで聳えている。

 微かな木漏れ日以外に光源は無く、あたりはシンと静まりかえっていた。


「そうだ、二人は?」

『ララ様のすぐ側に。まだお二人共意識は戻られておりません』

「そう。バイタルは?」

『安定しております』

「とりあえず安心ね」


 木々の隙間をくぐり抜け、時に飛び出した枝を掠めながら、サクラは敏捷に飛翔する。

 サクラがカメラアイや各種センサーを通じて収集した情報は瞬時にララの電脳のデータベースに蓄積され、マップとして解析される。


「うーむ、どこまでいっても森ばっかりね」

『そうですねぇ。私には魔力がどういった物なのかよく分かりませんが、ブルーブラスト粒子の疑似反応が普段よりかなり高いです』

「となると、魔力密度の高い空間ってことなんでしょうね。そのあたりはロミが起きてくれなきゃ分かんないけど」


 ここは一体どこなのか。あの怪しいローブはなんだったのか。

 見当もつかないことだらけである。


「そろそろ私の視力も回復したかしら」

『ナノマシンによる自動修復は終わりました。平行して進めている対閃光耐性の獲得にはもう少し掛かりそうですが』

「とりあえず視界が戻ったのなら良いわ。サクラはそのまま調査を続行。視覚情報は直接データベースに送って頂戴」

『承りました』


 ぱっと視界が主観に戻る。

 落ち葉に半分埋もれていた身体を引き起こし、周囲を見渡す。


「良かった、二人ともいるわね」


 すぐ隣で眠るようにして意識を失っている二人を見つけ、ララは胸をなで下ろす。

 やはり自分の目で見るまではどこか不安がつきまとう。


「とは言っても、何にも分からないんじゃどうにもできないわね。……あ、遠話を使えば!」


 ララは自分の首に提げたペンダントを思い出し、服の下から引っ張り出す。

 ロケットを開き、封じられた魔法を起動する。


「……あれぇ?」


 しかし、ペンダントからはいつもの呼び出し音が発されず、ザーザーと砂交じりの風のような雑音が響くだけだ。


「圏外? 電波障害? え、そういうのあるの?」


 今まで、何の不自由もなく使えていただけに、彼女の混乱も大きい。


『ぎゃっ!?』

「どうしたの!?」


 その時、通信の続いていたサクラから驚くような声と何かにぶつかる衝撃音が届く。


『と、突然不可視の壁に激突しました。各種センサーにも反応なし。ただ、ブルーブラスト粒子の疑似反応だけはものすごく高いです」

「結界的な何かかしら……。となると、私たちは閉じ込められてる可能性も高いわね」


 ララは考え込む。

 サクラは一先ず帰還させた。

 状況がどんどんときな臭くなっている。

 恐らくはかなり魔法的な要素が絡んでいるのだろう。

 あのローブ男が生成した魔方陣しかり、周囲を取り囲む結界しかり、全てララの知識にはないものばかりだ。


「うぅ……」

「ここは……?」


 丁度その時、横たわって気を失っていた二人がもぞりと動く。


「二人とも気が付いたのね!」


 ララは慌てて駆け寄り、のぞき込む。

 二人ともまだ視界が安定しないのか、瞼を小刻みに動かしながらも、よろよろと身体を起こす。


「イール! ロミ!」

「ララか? ……先に起きてたのか」

「お二人共無事みたいですね」


 お互いの安否が確認されて、ひとまず落ち着くことができた。

 二人の視界が回復するのを待って、ララはサクラが集めてきた情報を話した。


「確かに、この場の魔力濃度はかなり高いですね」

「そんでもって、結界か。なかなかやってくれるじゃないか」


 ロミは素早く周囲の環境を確認して頷く。

 彼女達が倒れていたところを中心にして、ぐるりと取り囲むように強固な結界が張られているようだ。


「中々高度な結界ですよ。何層にもなっていて、わたしに分かるのは衝撃反射、遮断の結界くらいです。その奥、外側の結界についてはさっぱり……」

「ロミでも分からないとなると、相当ね」

「衝撃反射がついてるんだったら、下手に殴れないな。最悪、剣が折れちまう」


 コツコツと透明な壁を指の背で叩き、イールが苦々しい顔で言う。

 力尽くで突破することは難しいようだ。


「幸い、荷物は全部無事だ。水も食料も余裕はあるから、のんびり情報を集めよう」

「そうね……。そうしましょう」

「ここなら魔力の回復も早いので、それだけはありがたいですね」


 こういうときに頼りになるのは、やはりイールだ。

 彼女の号令で、三人の今後の方針が定まる。


「いや、その必要はないよ」


 しかし、突然彼女達の背後から、聞き覚えのある声が届く。

 瞬時に臨戦態勢に入りながら、彼女達が振り向く。


「おお、怖い怖い。そんなに警戒しなくても大丈夫さ。僕は何にもしない」

「出たわね、ローブ男」


 そこに立っていたのは、枯草色のローブを纏う男だ。

 舞台俳優のような大仰な動きで、彼は怯えたように手を上げる。


「どうしてあたし達をここに閉じ込めた?」

「理由かい? まあ、ちょっとお話がしたくてね」

「随分とシャイなのか、もしくは人との付き合いが分かってないのね」

「あはは。確かにね。人と話すのは何百年ぶりだろうね」


 ララの皮肉がツボに入ったのか、男は肩を震わせる。


「――あの」


 唐突に、ロミが男に話しかけた。

 笑い続けていた彼はふっと動きを止め、ローブの下の目を彼女に向ける。


「間違っていたら、申し訳ないんですけど。あ、えっと、間違ってると思います。その、そんな可能性はかなり低くて……。わたし、隣のお二人ほど頭が冴えるって訳でもないので……」

「随分と前置きするじゃないか。いいよ。言ってごらん」


 一拍間を置いて、ロミはぎゅっと杖を握りしめて口を開く。


「あなた、――エルフですよね?」


 場に静寂が満ちる。

 ロミの青い瞳が、強い意志を湛えて男を見定める。

 ローブの男は驚いたように目を見開いた後、面白そうに口元を緩めた。


「――くっ。あっはっはっはっは! 面白い! いいね! 第一声にそんなことを聞かれたのは初めてだ! だからこそ答えようじゃないか!」


 そう言って、男はローブを取り払う。

 枯草のような乾いた音と共に、影に包まれていた素顔が露わになる。


「ああ。正解だ。ボクはエルフ。人嫌いで偏屈で、頭の固い、時代遅れの種族。エルフ族のソールだ」


 ローブの下にあったのは、流れるような若緑の髪とエメラルド色の瞳だった。

 黄色がかった肌は一点の染みもなく、筋の通った鼻梁の下には白く輝く歯が覗いている。

 更に特徴的なのは、その両の耳だ。

 ピンと鋭角に尖った耳は少しだけ上向きに伸び、まるで木々の枝のようだ。

 清涼な笑みを浮かべ、ソールと名乗った青年は細くしなやかなな手を差し出す。


「ひとまずは、手荒な真似をしたことを謝ろう。そうするしかなかったとは言え、非礼は詫びないとね」

「ほんとにな。突然妙な魔法を使いやがって、その上訳も分からん結界の中に攫ったんだからな」


 そんな彼の前に立ちはだかり、眉間に皺を寄せるのは、今にも腰の剣を引き抜こうとするイールだった。

 彼女はかなり立腹の様子で、慌ててララが柄に添えている手を押さえる。


「まあまあ。相手も謝ってるんだし、とりあえず話くらい聞きましょう?」

「そ、そうですよ。何か事情があるようですし」


 ロミからの助け船もあり、イールは渋々といった様子ではあるが、一先ず猛る感情を抑える。

 ソールはほっと胸をなで下ろすと、再度感謝の言葉を述べた。


「ありがとう。君達が話の分かる人間で良かった。――それじゃあ、本題に入らせてもらおう。僕が君達を強引にここへ連れてきた理由、僕が君達に頼みたい事柄。そして、僕たちエルフという愚かな種族の現状を」


 そう言って、ソールはコートのポケットから小さな種を一粒、柔らかな腐葉土の地面に落とした。

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