第204話「逃げっ――」
「――疾ッ!」
ハルバードの刃が肉を立つ。
断末魔を上げ、獣が地に伏す。
「サクラ、周囲には?」
『追加の敵影はありません。群れ全部処理できたみたいですね』
お疲れ様でした、とサクラが労う。
ララはハルバードを地面に突き刺すと、ふぅ、と息を吐いた。
「まさかグレイガーヴォルフの次はブラックウルフの群れだとはなぁ」
「ほんとよ。なんでこんなに狼がいるんだか」
大剣にこびりついた血と脂を拭いながら、イールが苦笑して言う。
ララもそれに賛同し、草の上に転がっている黒い毛皮の狼を見る。
「二人とも、怪我はありませんか?」
「大丈夫。今度は油断しなかったし」
「こっちも大丈夫だ」
後方に待機していたロミが小走りでやって来て、二人の身を案じる。
グレイガーヴォルフを処理し、道を歩き出した彼女達が次に遭遇したのは、群れるタイプの狼の魔獣、ブラックウルフだった。
六頭ほどの比較的小規模な群れだが、それでもララ達の二倍の数である。
それなりに手こずってしまった。
ロミが拘束の魔法を用いて戦力をそぎ落とし、確実に各個撃破を続けて討伐することができた。
「狼型の魔獣はどれも縄張り意識が強いから、こんなに近くに二種類もいるのは少し珍しいな」
ブラックウルフの死体を一カ所に集めながら、イールが分析する。
「こんなに広い草原なんだから、お互い不干渉で暮らせば良いのに」
穴を掘りながら、ララがぼやいた。
「恐らくは、このあたりが良い狩り場なんでしょうね」
周囲を見渡せば、身を隠せそうな草むらや木が点在している。
少し離れたところには細い沢もあり、この分だと狼たちの餌となる草食動物も多いだろう。
「なんでそんな所が街道になってるんだか……」
「街道って言っても、こっち側はあんまり人も通らないからな。ハギル方面の道は結構人通りが多いし、その分傭兵の定期的な魔獣駆除も頻繁だ」
内蔵と肉を穴の中に投げ入れながら、イールが言った。
なんとも世知辛い理由に、ララは思わず眉を寄せた。
「こっち側の道の先には町はないの?」
「小さな村がいくつかあるとは聞いていますが、都市はないと思います」
「気候も過酷になってくるし、あんまり人が好き好んで住む土地じゃないからなぁ」
「なんで妖精鍛冶師とやらはそんな辺鄙な所に……」
「そんな辺鄙な所が好きだからだよ」
イールの無慈悲な回答に、ララはがっくりと肩を落とす。
「まあ、まだ辿り着こうとして辿り着ける分良心的だと思いますよ」
そんなララを見て苦笑しながら、ロミが言った。
「どういうこと?」
「例えばエルフなんかは特別な森を自分たちのテリトリーと定めて、そこに魔法を掛けてるんですよ」
「魔法って、森全体に?」
信じられない、と言った様子でララが聞き返す。
ロミは頷く。
「それができるくらい、エルフは魔力が多くて、魔法に精通してるんです。しかも魔法は一つじゃなくて、隠蔽、遮断、隔絶、幻影、転移などなど、何重にも掛けられていて、並の魔法使いでは太刀打ちできません」
「全力で引き籠もる種族なのねぇ。それだけ外界との交流を絶ってると、技術的に取り残されたりしないの?」
「一応、エルフと交流のある種族はいくつかあるんですよ。蜂蜜屋さんのミルトさんみたいな妖精族なんかがその代表ですね」
「へぇ。そういうのもあるのね」
単純にあらゆる外部の存在を突っぱねているだけでは無いようだ。
しかも、極々希に、それこそ数百年に一人ほどの確率で人間がエルフの森に迷い込むこともないことはない、とロミは続けた。
「まあ、その時は大体エルフから忘却の魔法を掛けられたりして、具体的なことは何も覚えていないんですが」
「なんか人間に恨みでもあるのかってレベルの嫌いようねぇ」
「昔に村でも焼かれたんじゃ無いのか?」
ララの台詞に、イールは冗談交じりに答える。
何にせよ、何か過去にエルフと人間の間で禍根があったとしてもそれは数えるのも億劫な程過去の出来事だろう。
「あいつらは寿命が何千年もあるらしいからな。あたしらと違って中々忘れられなかったりするんじゃないか」
「何千年の寿命ねぇ……」
もしかすると、自分がこの地に墜ちてきたところを見ていたエルフもいるのかもしれない、とララはふと思った。
もしそんなエルフがいるとするならば、是非話を聞いてみたい。
上手くいけば、散らばった宇宙船のパーツ集めも捗るだろう。
「よし、これで最後だ」
そう言って、イールが解体し終えたブラックウルフを穴に投げ込む。
ララがスコップを使って、土を元に戻す。
「何か気になるところはありましたか?」
「あんまり思いつかないな。大きさも普通だし、魔石もそんなに発達してる訳じゃ無かった」
「そうですか……。ま、異常が無いのが一番なんですけどね」
メモ帳を構えていたロミは、イールの言葉に少し肩を落とす。
特筆すべき事がないというのも、地味に辛いものがある。
「それじゃ、気を取り直して進みましょうか」
地面に刺していたハルバードを引き抜いて、ララは二人に声を掛ける。
随分と血の臭いが濃くなってしまった。
これではまた肉食魔獣がやってくるかもしれない。
「そうだな。さっさと進もう」
イールも頷き、ナイフを腰の鞘に仕舞う。
『ララ様ッ! 後ろッ!!』
その時、サクラの緊迫した声が響く。
一瞬呆けた後、ララは身を翻す。
「やぁ、珍しいな」
「なっ!?」
彼女の真後ろ、すぐ近くに、フードを目深に被ったローブ姿の人型が立っていた。
外見からは種族もなにも分からないそれは、若い男の声を発した。
「ララッ!」
イールの声に正気に戻り、ララは距離を取る。
三人は油断なく武器を構え、一点を見る。
「そんなに警戒しなくてもいい。ちょっと、来て貰いたいだけだ」
ローブがおもむろに右手を上げる。
ララはその瞬間、全身を固めるような重圧を感じた。
「ぐっ」
「う、うごけない……」
まるで重力が増したかのような負荷は、彼女達の行動を阻害する。
「まあまあ、落ち着いて。すぐに終わるから」
男が手を動かす。
三人の足下に、白く輝く魔方陣が展開された。
「逃げっ――」
「そんなに警戒しなくていいってば」
ぱちんっと指が打ち鳴らされる。
その一瞬で、視界が消えた。
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