第203話「ええ、ばっちりよ」
レイラ、テトルとも別れたララ達は、アルトレットの町を出発した。
水面を銀色に光らせる海を背にして、なだらかな丘陵地帯を縫う太い街道を歩く。
中心地を抜け、建造物も疎らとなり、青々とした草を撫でる風がララの和毛を巻き上げる。
街道沿いには真新しく付け替えられた魔除けの柱が一定間隔で立ち並び、彼女達の旅の安全を見守っていた。
「結構歩いたわね。もう町があんなに小さい」
「ですねぇ。やっぱりちゃんとした道があると歩きやすいです」
ララが振り返り、小さな黒い影になった町を見る。
三人で取り留めも無いことを話しながら歩いていれば、気付かないうちに随分と時間が経っている。
塩の鱗亭を発った頃はまだ目線の高さにあった太陽も、気が付けば燦然と彼女達の頭上から温かな光を降り注いでいた。
『ララ様~、近くに魔獣の反応がありますよ!』
三人がてくてくと歩を進めていると、前方からサクラが浮遊してやって来る。
彼女は持ち前の小柄さと機動力を活かして斥候の任を請け負っていた。
「ん、了解。と言うわけでみんなも準備よろしく」
「おう。ちなみに魔獣の詳細は分かるか?」
剣を引き抜きながらイールが尋ねる。
ある程度大きさや腕の数などの特徴が分かるだけでも、戦いやすい。
『四足歩行の獣型です。大きさは私が五つ分くらい。固い毛皮に覆われて、灰色です』
サクラが手早く特徴を伝える。
ララにそっくりそのまま視覚情報を送信してもいいのだが、ララ自身もあまり魔獣の知識が無いため、結局判断はイールかロミに託される。
「それなら多分、グレイガーヴォルフですね」
「聞いたことない魔獣ね」
「最近になってポツポツ目撃情報が出てきた狼だ。他の狼型と違って群れない分、強さはお墨付きだぞ」
「一説では山脈を越えて、辺境の外からやって来たっていうお話もありますね。しかしアルトレット近辺にはあまりいないはずなんですが……」
訝しみながらも、ロミは白杖を構える。
呪文を詠唱し、準備を進める。
「生息域が広がったか、たまたま流れの一匹に当たっちまったか。どっちにしろついてない」
イールが苦笑する。
ララもハルバードを引き抜き、展開する。
『そろそろ見えると思います。もう対象はがっちり捕捉してこちらへ来てますので』
サクラの宣言通り、それは驚くほどの俊足でやって来た。
地表を覆う背の低い草をなぎ倒し、鋭く伸びた二本の犬歯を光らせる。
灰色の体毛に覆われた身体は動きを捉えづらい。
青い瞳だけが、尾を引いてこちらを見定めていた。
「『――揺るぎなき正義の心を具現し不壊の矢を放て』」
先制攻撃は、ロミによる魔力の矢だ。
白い一条の矢が空を裂き、狼へと飛来する。
「ガァッ!」
小さく声を上げ、グレイガーヴォルフは簡単なステップでそれを避ける。
ロミが不満そうに小さく声を上げた。
二の矢をつがえる間もなく、その狼は一線を越える。
太い四肢を動かし、鋭い爪を土に食い込ませる。
驚く程に機敏な動きは待ち構えていたイールの剣戟を軽々と避ける。
「ちぃっ!」
グレイガーヴォルフは大地を駆る。
白刃を避け、矢を掠める。
しかしその天性の戦闘能力を上回り、先の先を読む者がいた。
「まだ残ってるわよ!」
その先に立っているのは、己と同じ青い瞳をした白い少女。
無邪気な笑顔で喜ぶ少女に、グレイガーヴォルフは何を思ったのだろうか。
「グルァアアアッ!!」
怒りに毛を逆立たせ、渾身の力を振り絞ってグレイガーヴォルフは跳躍する。
瞳の先には、白い少女。
大きく口を開き、ずらりと並んだ鋭い牙が喉元を狙う。
流れが緩慢になった時間の中で、ララは薄く口元に笑みを浮かべる。
「――『
「ギャッ!?」
彼女の手の内に収まっていた銀色の小さな棒。
それは獣の眉間を狙い、閃光を放つ。
緻密に構成された機構が解放され、一瞬にして姿を変える。
ララの背丈ほどもある巨大なハルバードは、その鋭利な刃で狼の眉間を割る。
鮮血を吹き出し、獣は地に墜ちる。
「はい。いっちょかんりょー!」
「毎度毎度、その武器は冗談みたいな動きだな」
清々しい笑みで返り血を拭い取るララに、呆れた様子のイールが近寄ってくる。
彼女は腰のベルトに差したナイフを使い、手慣れた様子で狼の喉元を掻き切る。
「それじゃ、解体しながら調査するか」
今回はレイラから道中の魔獣の調査も依頼されている。
解体して素材に分けつつ、何か異変が無いか調べなければならない。
イールがナイフを逆手に持ち替えて、毛皮に切り込む。
「魔石の大きさもそんなに変わらないな。強いて言うなら牙が少し大きいが、個体差の範囲か」
「そうですね。極々一般的なグレイガーヴォルフって言った感じです」
イールの分析を、ロミが懐から取りだした紙に書き込む。
ピアほどではないが、彼女も魔物の鑑定をできる程度の知識は有しているらしい。
その手の知識はからっきしのララは、自分の仕事は終わったとばかりに草地に座り込み、二人の様子をぼんやりと眺めていた。
「ララ、その辺に深めの穴を掘っておいてくれ」
そんな彼女を見かねてか、グレイガーヴォルフの腹から内臓を引きずり出しながらイールが言う。
「分かったわ」
肉と内臓は腐りやすいため、捨てるのが普通だ。
特に、グレイガーヴォルフの肉は基本的にあまり食用には適さない。
ララは指示を受けると、早速荷物の中から折りたたみ式のスコップを取りだして、穴を掘り進めた。
道具が多少小さくても、ララの超人的な膂力を用いれば、まるで人間掘削機である。
『皆さんお疲れ様でしたー』
「サクラは戦闘能力ないのか?」
上空高くで待機していたサクラがふよふよと降りてくる。
むせかえる血の臭いに、眉間に皺を寄せながらイールが尋ねた。
『一応、自衛手段としてはいくつかあるんですが、最後の切り札的な物でして。一番使いやすいものでも、最低でも接触しなければ使えないほど射程が短いのですよ』
イールの疑問に、サクラは申し訳なさそうにランプを明滅させて答える。
コアAIであるサクラは、そもそも戦闘状態というものが想定されていないため、そのような機能は殆ど搭載されていなかった。
一応、子機ということもあって最低限の自衛手段は用意してあるが、リソースを多く消費してしまうため、できる限り使用は控える必要があった。
「そういうことか」
『ええ。ですので、戦闘時は基本的に邪魔にならないように離れて待機となっています』
「周囲の警戒とかしてくれてるんだろう? それだけでも大助かりだよ」
実際、戦闘中はあまり周囲に気を配る余裕がなくなる。
そのため、こうしてサクラが警戒してくれるのは負担が減って助かるのだった。
『えへへ。そう言われると嬉しいですね。これからも頑張りますよー』
褒めるイールに、サクラは嬉しそうに明るい色のランプを点灯させる。
表情豊かな機械である。
「うーん、なんだか私よりサクラの方がイールの好感度高い?」
そんな二人の様子を遠目に見て、ララが訝しむ。
「まあまあ。それより穴は掘れましたか?」
「ええ、ばっちりよ」
ロミがやって来てララの掘った穴を見る。
すっぽり彼女が収まるほどに深い穴があった。
「ちょっと掘りすぎかもしれませんね……」
その縁に立って、ロミは苦笑して言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます