第202話「仲間だからな」
「は、恥ずかしすぎて死ぬかと思いました……」
羞恥に顔を赤く染めたロミが、弱々しい声で言う。
着替えもなく身ぐるみ剥がされて風呂へと連行された彼女は、結局備え付けのバスタオルを使って身体を隠して廊下を走り抜けた。
「いやぁ、ロミがあんなに早く走れるとはなぁ」
「笑い事じゃないですよ! うぅ、まだ恥ずかしい……」
脳天気な台詞を投げるイールに、ロミはぷっくりと頬を膨らませる。
今はもうしっかりといつもと同じ白い神官服を身に纏っているが、それでも羞恥心は消えないようだ。
「うぅ、絶対レイラ様楽しんでました……」
ロミは隣の部屋にいるはずの上司を壁越しに睨み付けて言う。
「そういえば、お風呂場でレイラから聞いた話は覚えてるの?」
「ふぇ? ああ、魔獣調査のお話ですね」
どうやら寝ぼけていても仕事の話はきちんと覚えていたようだ。
ロミは一つ頷き、詳細を話した。
「以前のウォーキングフィッシュの件もあって、今一度生態系の調査をしているようなんですよ。私以外にも何人かの武装神官に指示を出して、辺境一帯をざっと洗い直すんだとか」
「なんだ、思ったよりも大規模なんだな」
「教会ってそういう所あるんですよ。勢力が大きいからか、そもそもの気質なのかは知りませんけど」
そのせいで末端に仕事が多くなるのだ、とロミが少しぼやく。
どうやらまだ少し根に持っているらしい。
「ともあれ、用事が増えたんならそろそろ出発した方がいいな」
「もう出発か。早いわねぇ」
イールが窓の外の太陽を見て言う。
昼のうちにできるだけ距離を稼ぐのが旅の基本ということもあり、出発は早朝が望ましい。
彼女の一声で、ララ達は荷物を纏めた。
「忘れ物はない? なら行きましょっか」
最後にざっと確認して、部屋を出る。
立つ鳥跡を濁さずがモットーである。
「あ、ララ達ももう出るのか」
廊下に出ると、荷物を纏めて鞄を携えたレイラとテトルが廊下を歩いていた。
「ええ。二人も?」
二人が頷き、ララ達と合流する。
レイラはむっすりと頬を膨らませてこちらを見る弟子に、思わず笑みを浮かべた。
「そんなに怒らなくても……。どうせ今宿には女の子しかいないんでしょ?」
「そういう問題じゃないです! これは、人としての尊厳がですね!」
「流石に私も、アレはやり過ぎだと思いましたわ」
「ちょ、テトルもそっちに回っちゃうの?」
そそ、と少しだけ身をララ達の方へと寄せるテトル。
レイラ対その他の勢力になる。
「ま、ちょっとやり過ぎた。ごめんなさい」
「……むぅ」
すんなりと自分の非を認め、レイラは謝罪する。
そうなればロミもそれ以上追求せず、渋々ながらも受け入れる。
「レイラさんのそういうすっぱりしたところ、好きですわよ」
「突然愛の告白とは、テトルは大胆だな」
「誰も愛の告白なんて言ってないですわ!」
テトルの言葉にレイラがからかうように言う。
長い赤髪を揺らして怒る彼女を見て、レイラは面白そうに笑った。
「ねえ、レイラって人を怒らせるのが好きなの?」
「困らせるのが好きなんだろ」
そんな二人の様子に、ララ達は生温かな視線を送る。
「あら、勢揃いね。もう出るの?」
一行が食堂に入ると、すでにシアがテーブルの準備をしていた。
「ああ。今まで世話になった」
「うふふ。そんなに改まらなくてもいいのに」
シアはテーブルを拭く手を止めて、五人を見る。
「随分と沢山ね。一気にいなくなっちゃうと、寂しくなるわ」
「この宿ならすぐに人気が出るよ」
「それとこれとはまた別なのよねぇ……」
慰めるつもりで放ったイールの言葉に、シアは困ったような笑みで応えた。
「そういえば、朝ごはんは食べないの?」
「途中で露店で買おうかと考えてるが」
「ちゃんとしたもの食べないと元気出ないわよ。ミルに頼んで何か作って貰おっか」
「心配には及びません! すでに作ってあります!」
シアが厨房へ向かおうと後ろを振り向くと、そこにはどや顔で立つミルとミオがいた。
「簡単にお弁当作っておきました。これならすぐに食べられるかと思いまして」
そう言いながら、ミルがいくつかの紙袋をララ達に渡す。
「ミオさんと一緒に作ったんですよ!」
「アイディア出しはミルちゃんですよ」
「要は二人の合作って事ね。ありがとう」
しっかりと袋を抱え、ララが二人に言う。
「そんな、感謝したいのは私たちの方ですよ。ララさん達のお陰で、この宿も私も、凄く成長できたんです」
「ええ、ほんとに。私もここで包丁を持つことができて嬉しいんです」
ミルとミオはそう言ってはにかむ。
ミルの耳がぴこぴこと揺れる。
「それじゃ、ありがたく頂くわ。三人も元気でね」
最後に三人を見渡し、ララが言う。
口々に惜別の言葉を交わし合い、彼女たちは分かれる。
残る者と、去る者。
必ず訪れるこの瞬間だけは、どうしてもしんみりとしてしまう。
「少し羨ましいですね」
塩の鱗亭を背にして歩きながら、ぽつりとテトルが呟いた。
不思議そうにするララ達を見て、彼女は言葉を重ねる。
「私は旅をしたことがありませんから。今ではしようと思ってもできないのですけれど」
「あんな風に別れを惜しんでくれる人と出会えるのは、良いことだ」
テトルの声に、レイラが重ねる。
彼女達はある意味で、ララ達と対極に位置する存在だ。
自由であるが故の苦しみも、彼女達には眩しかった。
「多分、旅とか関係無いわよ。私だって、レイラやテトルがいなくなったら嫌だもの」
「そうですねぇ。わたしもレイラ様と離ればなれは少し悲しいですから。……一緒の時ももう少し抑えて欲しいとは思いますが」
「人間、そういうもんだろ。旅人とか神官とか、秘密結社の天辺とか、そういうのは多分関係無い」
ララ達の言葉に、テトルははっとする。
「……そういうもん、ですか。私も皆さんと別れるのは寂しいですものね」
「いくら遠話の首飾りがあるとはいえ、こうして目を合わせて話すのとはまた別よね」
「――これからまた寂しくなるな」
イールが微笑んで、そっと手をテトルの頭に乗せた。
彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに気持ちよさそうに目を細める。
「また、少し離れるな」
「神殿のある町なら、俺達も行ける。何かあったら、すぐに言ってくれ」
神殿長特権よ、とレイラが猫のように笑う。
「ああ、その時は頼らせて貰うよ」
「せっかくの【赤髪同盟】だもんねー」
ララの言葉に、イールが頷く。
「仲間だからな」
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